第67話 王 VS 勇者 ③


 戸惑いながらも、俺は表情を引き締める。避難キャンプ地に集まった人々へ手を振った。

 この格好で出てきた以上、はある程度覚悟していた。

 途端に歓声やら拍手やらが沸き起こったのは、完全に予想外だが……。

 どう見ても、『お飾りの王』に対する反応ではない。


 しかし、俺自身にはどうも覚えがないのだ。アルマディアは、俺が救った、と言っていた。

 俺が意識を失っている間に何があったのか。


 そのまま皆に応えていてください――とアルマディアが前置きして、説明を始める。


『ご覧の通り、彼らは皆、王都スクードから逃れてきた避難民です。無論、避難せざるを得なくなった原因は勇者による暴挙です』


 俺は心の中で答える。――つーことは、大馬鹿野郎の必殺技を俺は防げなかったってことか。クソッ。


『それは半分正解で、半分誤りです』


 怪訝で眉をひそめる俺。


 すると、脳裏に映像が浮かんできた。これ、アルマディアから『楽園』のヒントを貰うときと一緒だ。

 女神の記憶の投影。

 一人称視点で、王都の様子が映っている。

 頻繁に左右を確認する視界には、目抜き通りに長い列を作って移動する人々の姿があった。


『勇者――いえ、スカルの凶行により、王都は非常に危険な状況になりました。そこで、王国の協力のもと、急遽、全住民をカリファ聖王国まで避難させることにしたのです。映像は、当時の私のものです』


 お前の?


『意識を失ったラクター様のお身体をお借りしました』


 なるほど、納得だ。

 女神は俺の願いを忠実に叶えてくれたのだ。

 感謝するしかない。助かったぞ、アルマディア。


『大声で指示を出したり、激しい動きはできませんでした。スカルの剣による魔力侵食もありましたから。その点、事前にパレードでラクター様の姿を皆に見せておいたのは正解でしたね。身振りとともに姿を見せているだけで、大きな効果がありましたから』


 ……みたいだな。

 映像を見ても、王都の住人たちがパニックになった様子はない。


『後でスティアとキリオ姉弟きょうだいに盛大なドヤ顔をされました。ご確認になりますか?』


 見なくてもわかるからいいです。


 だがアルマディア。これだけ大量の避難民を脱出させるだけの時間、よく稼げたな。

 スカルの一撃は一帯を焦土に変えてもおかしくないと思ったし、リビングアーマーだって討伐できてなかったんだぞ。


『覚えていませんか』


 アルマディアが言う。同時に、脳裏の映像も動いた。

 人々の列から、建物の様子へ。ぐるりと視界が回る。


 建物の向こうに、いくつも白い柱が立っているのが見えた。よくよく目をこらせば、目抜き通りのみならず細い路地にも白い光が薄く立ち上っている。


『ラクター様が意識を失う直前に放った【楽園創造者】の力……白い光はあなたの切なる願いを反映したものです。スカルを始め、恐ろしきモノたちは封印し、罪なき人々には歩む力を与える。あの光の道は、家財を運ぶ住人の負担を極限まで軽減する画期的な結界です』


 なんとまあ……我ながら、便利なものを。


『一生懸命生きようとする者たちにリスペクトを――あなたが普段から心がけていることが形になったのですね。パレードでの堂々とした姿、そして、この光の道。王都の人々の心をつかみ、導くには十分な奇跡です。私は楽な仕事でした』


 俺自身はぶっ倒れていた。実際の功績は現場の奴ら、お前や、避難誘導した王国の人間のものだ。後は、俺の忠告に耳を傾けてくれたルヴァジ王の判断、だな。


『それでも、人々はあなたに感謝している。あなたを、『英雄王』と称えています』


 意識が現実に引き戻される。

 キャンプ地の皆は、飽きることなく俺に声を送り続けていた。

 女神アルマディアが言う。


『私も、ここに集う人々と同じ気持ちです』


 俺は唇を引き締めた。

 一歩前に出る。皆に、より姿が見える場所まで行く。


 ――転生前も、転生後も。

 希望だけで食っていけるわけではないことを俺は知っている。

 だが同時に、希望が今の苦難を耐える力になることも、俺は知っている。


「カリファ聖王国、ラクター・パディントンだ!」


 楽園を与える者として、王として、まずは言葉にしなければならないと思った。


「この国を統べる王として、約束する。皆は必ず、家に帰す。温かで平穏な暮らしを、必ず取り戻す!」


 大きく息を吸う。

 キリオみたいに小難しい修辞は使えない。だからいつも言っていることを、胸を張って言う。


「だから――大丈夫だ!」


 そう、それだけだ。

 これまでで一番の歓声が、耳を打った。


 ――それから俺はキャンプ地を離れ、カリファ聖王国の国境に向かった。

 つまり、森の出入口。街道に一番近い場所だ。


 王都と聖王国を結ぶ街道は、今もなお避難民の列が続いている。脱出開始から丸一日以上経過しているが、王都の全住民を避難させるのは、やはり簡単ではない。

 誘導の人出が足りない分は、森の動物たちが代わりに担っていた。


「ラクター陛下。王都からの脱出は八割が完了です。一両日中には、全ての人々をキャンプ地で保護できるでしょう」

「わかった。ご苦労さん」


 ほぼ……か。


 視線を王都に向ける。

 巨大な街を囲む城壁。その向こうには、まだ白い光の柱が立ったまま。『楽園創造』の封印は生きている。

 だがそれも、いつまで保つかわからない。

 相手は――あのスカル・フェイスだ。


 腕組みをした俺の周りには、頼もしい仲間たちがいる。

 神獣少女リーニャ。

 大神木の精霊ルウ。

 神鳥を始めとした、森を生きる上位種族たち。

 王国側では書記官キリオ。


 ……全員が揃っているわけではない。


「確認だ、キリオ。お前の情報は間違いないんだな?」

「肯定です、陛下。姫様の鳥が伝言を運んできました。我が姉の報告とも一致します」


 書記官は眼鏡のフレームに指をかける。


「ルヴァジ陛下、ローリカ王妃様、イリス姫様、大賢者アリア様。そして我が姉を含めた一部の側近は、いまだ王城にて耐えています」

「……キリオ。お前は引き続き、避難の陣頭指揮を執れ。聖森林のすべての生き物が味方になる」

「御意。陛下は?」

「決まってるだろ」


 リーニャとルウが、俺の隣まで来る。神鳥たちが高らかに鳴いた。

 自分でも凄まじいカオをしていると自覚しながら、書記官を振り返った。


「取り戻すんだよ。あのクソ勇者からな」


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