第66話 王 VS 勇者 ②


 ――俺が次に目を覚ましたとき、そこは屋内だった。

 木肌色の滑らかな天井を、ぼんやりと見つめる。

 麻酔から覚めた直後みたいに、記憶が曖昧だ。


「ここ、どこだ……?」


 つぶやく。自分の声を自分の耳で聞いて、少しずつ頭が回り始めた。

 不鮮明な記憶がくっきりとしてくる。


 確か……そうだ。俺は、俺たちはスカルの館に行って、そこで馬鹿でかいリビングアーマーと遭遇して。

 俺はクソッタレな勇者に不意打ちされて。

 奴と戦って。

 全身を巡るスカルの魔力にやられて、意識を――。


「アルマディア。おい、アルマディア! 返事をしろ、何があった。おい!」


 口に出すだけでなく、心の中でも何度も呼びかける。

 しかし、返事はなかった。

 いつもなら、即座に返事がある。どんなときだって、空気を読まずに割り込んでくるのに。


 俺は身体を起こした。

 腹の底でずっしりとした重さを感じた。まるで一日中働いた後のようだ。

 ただ、傷の痛みはない。

 スカルから受けた、あの魔力の気持ち悪さもほとんどなくなっている。


 自分の格好を見た。見慣れない寝間着にきちんと着替えられている。微妙に丈が合っていない。


 それから俺は辺りを見回した。

 シンプルな内装。床の上には分厚い書物がいくつか積み上げられている。市井の宿には珍しく、柱や梁は壁や天井の中に埋め込まれているようで、部屋はきっちりとした四角い空間に――。


 そこまで観察したところで、俺は気づいた。


「ここ……もしかして、レオンさんの研究所か?」


 他ならない俺自身が【楽園創造者】の能力で創りだした地下空間。俺が転生する前の現代日本をイメージした内装。見覚えがあるはずだった。

 片手で額を押さえる。


 つまり……俺は意識を失った後、王都を脱出して聖王国まで運び込まれたということか?


 リビングアーマーの巨体、スカルの狂ったような嘲笑がフラッシュバックする。

 皆が、心配だ。


 アルマディアが沈黙しているのは気になるが、ここでずっと眠っているわけにはいかない。

 身体のだるさを無視してベッドから立ち上がる。

 ちょうどそのタイミングで、部屋の扉が開いた。


「おおっ、ラクター君! 目が覚めたんだね。よかった!」

「ラクターおにいちゃーん!」


 レオンさんが安堵のため息をつき、アンが俺に抱きついてきた。

 見慣れた顔に俺もホッとしながら、すぐに状況を確認する。


「心配かけた。で、教えてくれレオンさん。俺が寝ている間、何が起こった。どのくらい俺は眠っていたんだ」

「ラクター君がここで横になってから十時間、聖王国に到着してからはざっと三十時間といったところです」

「……もう少しわかりやすく頼む」


 俺は困惑した。学者肌のレオンさんらしいと言えばそれまでだが……三十時間? それって丸一日以上経過しているってことだよな? で、俺が横になるまでの二十時間はいったい……。

 レオンさんが口を開く前に、もう一人、来訪者があった。


「おはようございます~。お加減はいかがですか~」

「ルウ! お前も無事だったか」

「はい~、おかげさまで~」


 いつものほんわかした笑みを浮かべたまま、ルウが俺に近づいてくる。


 彼女は俺の胸に手を当てると、魔力を込めた。大神木の精霊らしい、神力に似た強力な力が、俺の中に流れ込んでくる。

 癒やしの魔法だ。

 数秒ほどしてから、ルウが満足げにうなずいた。


「もう大丈夫そうですね~。勇者の魔力は無事に除去されたみたいです~」

「それだ。勇者スカル。奴はいったいどうなった。それに、女神アルマディアだ。お前なら、あいつの気配も感じ取れるだろう?」

「う~ん」


 顎に指先を当て考える仕草をする。

 そのまま数秒。

 それから、にこやかにパンと両手を合わせる。マイペース!


「それは~、外に出てみた方がよくわかるかと~」

「は?」

「ラクター君。僕も同じ意見だよ。まずは、君の無事な姿を見せてあげるのが良いと思う。君自身も、それで状況がつかめるはずだ」


 レオンさんまでルウに同意する。

 俺は肩をすくめた。


 それから、俺は綺麗に洗濯された服に着替えた。よく見れば、王都にパレードしたときと同じ格好である。

 王として振る舞え――そういう意味だと理解した。


「こちらへ~」


 ルウに先導される形で、レオンさんの研究所を出る。

 一歩、外に出た瞬間、俺は目を見開いた。

 前庭として整備されていた広場には、複数のテントが張られていたのだ。

 しかもあれ、騎士団御用達の立派な奴じゃないか……?


 テントの周囲には、制服を着た人々が忙しなく動き回っている。書類、資材、器具、持ち運んでいるモノも様々だ。

 まるで進軍拠点のような緊張感と活気である。


 俺とルウの姿に気づいた一人が、「ラクター陛下!」と叫んで敬礼した。周囲の人たちも足を止め、次々とならう。


 テントのひとつから、文官姿の男が飛び出してきた。

 イリス姫の書記官、キリオだ。


「陛下、もうよろしいのですか。今少し休まれては」

「いや、いい。それより状況を知りたい」

「は。は順調に進んでいます」

「難民?」


 思わず聞き返してしまい、キリオに怪訝な顔をされる。

 するとルウが俺の手を取った。


「こちらですよ~」


 手を引かれるまま歩き出す。キリオも無言でついてきた。

 以前はなかった簡易的な道の上を歩く。


 脇道から一匹の狼が現れた。ルウも、キリオも驚いた様子がない。

 狼は俺たちの前に立ち、先導を始めた。

 予感が、次第に確信に変わってくる。


 やがて、前方からざわめきが聞こえてきた。

 道を抜け、広場を望む丘の上に出る。


 ――おびただしい数の人々が、身を寄せ合っていた。


「こちら、第一キャンプ地となっています」

「……難民、か」

「はい。ラクター陛下のご指示どおり、王都からの避難民はカリファ聖王国の各キャンプ地に誘導しております」


 難民。王都からの避難民。

 人々は皆、着の身着のままといった様子だった。幸い、大きな怪我をした人はここにはいないようだが……それでも。

 俺は唇を噛みしめた。


 ――避難民と視線が合う。


 ざわめきが広がった。彼らは丘の下まで集まってくると、口々に声を出し始めた。


「ラクター様!」

「陛下ァ!」

「カリファ聖王国!」


 信じがたいことだが――避難民たちは皆、喜びの笑顔だったのだ。

 そして俺の名前や聖王国の名を連呼して……これは、称えている、のか?


『ラクター様』

「アルマディア! 無事だったか!」

『申し訳ありません。回復に時間がかかりました』


 確かに疲れを感じさせる声ながら、きっぱりと女神は言った。


『今は彼らにお応えください。皆、貴方様が救った者たちです』




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