第65話 王 VS 勇者 ①


 ――やはりお前か、スカル・フェイス!

 後ろから斬りかかってきた黒ずくめの男を、俺は睨んだ。

 どこかで見ている、いつか来る、そう思っていた。

 だけど、こうまで予想通りの、ここまで最悪のタイミングで来るとはな!


「ラクター!」

「主様!」


 アリアとリーニャが、俺の様子に気づいて叫ぶ。

 背中が熱い。痛いっつーか、熱い。

 こりゃあ、派手に斬られたな……。


 俺は黒ずくめの男――スカルから目を離さない。

 かつて勇者と呼ばれた奴は、今は盗賊のように黒のマントに身を包んで気配を殺し、血走った目で俺を見上げている。

 モンスターを屠ってきた聖剣は、俺の血で赤く染まっていた。


 歯ぎしりの音がした。スカルだ。


「……ラクターぁ……!」

「へっ。お生憎だ。俺はもうお前のパーティじゃない。だから――お前が喜ぶ表情なんか見せてやらないんだよ」

「うおおおおっ!!」


 聖剣を振りかざす。

 俺は転がって斬撃をかわす。

 立ち上がろうとして、失敗した。膝に力が入らない。くらりと来た。


『ラクター様。無理はいけません。後は私が貴方の身体を動かして――』

「いや、いい。まだ大丈夫だ」


 俺は神力を高める。

 幸い、頭の方は良い感じに沸騰している。背中の激痛を気合いで無視するなんて、我ながらとんでもない脳筋になったもんだ。変態騎士を笑えない。

 それぐらい、目の前のコイツを野放しにしたくない。


 手の中に『種』を生む。


「シード・レインウインド」


 種に封じ込めた力を解放。回復効果のある光の雨が降り注ぐ。

 痛みが急速に治まってくる。

 すぐさま大精霊ルウが駆け寄り、俺に追加の回復魔法をかけた。


 立ち上がる。血が一時的に足りなくなっているのか、まだ少々ふらつく。

 構うものか。


 スカルの姿を探す。奴はリーニャとアリアの猛攻を受けていた。特にリーニャの攻撃が苛烈だ。文字通り、喉笛を噛み切る勢いで飛びかかっている。

 そこへ、筆頭騎士スティアも参戦した。


「勇者スカル・フェイス殿! こちらの方はカリファ聖王国の王ラクター・パディントン陛下です! いかに貴方であろうと、一国の主に刃を向けるのは言語道断ですよ!」

「……王、だと?」


 スカルの動きが一瞬止まった。

 その隙にリーニャが攻撃を仕掛けるが、スカルは素手で神獣少女の頭をつかむと、そのまま騎士の方へ投げ飛ばした。

 間髪入れずアリアが黒魔法を放つ。これも奴は防いだ。聖剣で一刀両断だ。


「ルウ。俺はいいから、リーニャたちを看てやれ」

「ですが~」

「行け。どうせ奴の狙いは俺だ」


 やや躊躇いつつ、ルウが離れる。

 俺は大賢者と視線を交わした。

 ――状況はヤバい。油断すんな。

 するとアリアはムッとした表情をした。自らの胸をドンと拳で叩く。

 さしずめ――『誰にモノ言ってんの?』ってところか。頼もしいぜ。


 さて――。


 前方にはキレにキレた勇者サマ。

 サイドには勇者装備のリビングアーマー。

 加えて、街のあちこちから悲鳴と騒音が聞こえてくる。


 俺は口元を引き上げながら、限界まで神力を練った。

 GPを使い尽くしても構わない。絶対に乗り切ってやる。


「ぶっ倒れたら後は頼むぜ女神さん」

『まったく貴方は。……ええ。承知しています』


 今回ばかりは、アルマディアの飄々とした受け答えが心地よかった。


 ――スカルはうつむいて震えている。


「王? 王だと? 貴様が、無能のラクター・パディントンが……王?」

「そういえば、名乗ってなかったな」


 俺は背筋を伸ばした。


「カリファ聖王国、国王。ラクター・パディントンだ」

「……」

「俺としては、友好を結びたい隣国のゴタゴタは望んじゃいない。ましてや」


 大きく息を吸い、言葉をぶつけた。


「勇者と言われていい気になっている大馬鹿野郎の我がままになんぞ、付き合ってられないんだよ!」

「我が儘……」


 俺は眉をひそめた。

 怒りにまかせて斬りかかってくると予想し、備えていたが、逆に奴はだらりと腕を下げた。


「我が儘。そうだな、その通りだぜラクター。我が儘だ」


 周囲の喧噪に、スカルの笑い声が不気味に響いた。


「なにを遠慮していたんだ、俺様は。我が儘でいいんだよ。俺は勇者だ。なのに、いつの間にか俺は暗がりでくすぶっていたんだ。どこの世界に、凡人に遠慮して道をあける勇者がいる? ひざまずくのはお前らの方だろ……?」

「スカル。分かってないようだから、もう一度言ってやる」


 一歩、前に踏み込んだ。


「貴様は大馬鹿野郎だ、スカル・フェイス!」

「俺は勇者だ! 勇者の前にひざまずけ、ラクター・パディントン!」


 言葉が空中でぶつかる。

 その余韻が消えないうちに、スカルが斬りかかってきた。

 練った神力の一部を防御に振り分ける。


「グロース・アダマンテ」


 女神の力により硬度を増した短剣が、聖剣を弾く。

 振りかぶった奴の腹に向けて、カウンターを仕掛けた。


「グロース・メイスエア」


 風の塊を受けて吹き飛ぶスカル。


 追撃。


「シード・ウェイブドラム」


 大賢者や聖女を戦闘不能にした音圧爆発を叩き込む。

 スカルは吠えた。奴の魔力が聖剣を通して拡散し、俺の魔法を相殺する。


「俺は勇者だ! 勇者はすべてにおいて最高なんだよ!」


 高らかに叫ぶ。近くでアリアが言った。


「なんてタフネス……これが本気でブチ切れたスカル。気をつけてラクター。こうなったアイツは、何をしでかすかわからない」


 俺はうなずいた。

 だったら、別の手を使うまでだ。

【楽園創造者】の力で、奴を隔離してやる。

 神力を限界まで高めた。


 そのとき。


「ラクター!」

『ラクター様!』


 賢者と女神の声が重なった。

 俺たちの猛撃で一度は動きを止めていたリビングアーマーが、再び動き出したのだ。


 拳を振り上げ、見境無く振り下ろす。

 俺とスカルの間の石畳に、リビングアーマーの拳が突き刺さる。


 距離を取ろうと足に力を入れる。できなかった。歯を食いしばるが、崩れ落ちる身体を支えられない。

 背中が、猛烈にうずいていた。

 傷口から、何かが全身を蝕もうとしている。


 リビングアーマーの拳が地面から離れる。再びスカルの姿を見た。

 黒ずくめの格好の上に、どす黒い魔力が奴を覆っている。特に聖剣から強く濃い魔力が次々に溢れている。


 この嫌な気配……。

 俺の身体を這い回っているやつと同じ……。

 聖剣に宿っていた魔力が、毒みたいにむしばんでいるのか。


「……あれのどこが、聖剣、だよ……」


 意識が遠のく。

 仲間たちの声が遠くなっていた。


 スカルは魔力をどんどん高めている。声は耳に入ってこないが、わらっていた。

 直感で悟る。このに及んで、大技を放つ気だ。

 敵も味方も、戦える者もそうでない者も関係ない。一切合切を飲み込む『必殺』の技――。


 スカルが黒く輝く聖剣を掲げる。

 俺は神力を解放した。

 一時的でもいい。仲間を、住人を、街を、国を――一切合切、護る。



 ――『楽園創造』。



 薄れゆく視界が真っ白に染まる。

 神の力がもたらす効果を見届ける前に、俺は指一本動かせなくなった。

 

 ――アルマディア……。


 女神に告げる。


 ――王都の皆を、聖王国へ避難させろ。


 返事が聞けないまま、俺は意識を失った。

 


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