第46話 これからも頑張り続けられる未来


 手にした皿が、かしゃんと音を立てる。無意識のうちに立ち止まってしまったからだ。


「召喚獣? 後始末、だって?」

「うん」


 アリアはうなずく。真剣な表情を崩していない。

 俺は首を振った。


「立ち話もアレだ。部屋で聞こう」

「わかった。それと、イリス姫様には内緒にしてもらっていい? これ以上、心配をかけたくない」

「……私が、どうかしたのですか?」


 振り返る。

 同じく汚れた皿を手にした姫が、すぐ側に立っていた。眉を下げて、アリアを見つめている。

 強ばったままのアリアの顔を見たのだろう。元大賢者が誤魔化そうと一言二言声をかけても、その場から頑として動こうとしなかった。


 俺はため息をついた。


「とにかく座ろうぜ。そこの食堂でいいか?」

「そう、だね。ここにいる皆に聞いてもらった方がいいかも、ね」


 アリアはそう言って、口元を引き締めた。


 ――それから俺、アリア、イリス姫を中心に、主立ったメンバーが食堂に集まった。カリファ聖王国からはリーニャやルウ。ルマトゥーラ王国側は双子を筆頭に姫の随行者がひととおり顔を揃える。

 アリアは語り始めた。


「今から二ヶ月くらい前、かな。カリファ大森林に遠征にでかけたことがあった。私と、勇者スカルと、聖女エリスの三人。ラクターは、そのときいなかったよね」


 無言でうなずく俺。二ヶ月前といえば、もう勇者パーティ内で俺の立場が限りなく低くなっていた頃だ。俺を放置して勝手に冒険に出かけたことは一度や二度ではない。


 アリアの話では、そのときの遠征でパーティは『大暴れ』したらしい。

『カリファの聖森林』はルマトゥーラ王国で一種の聖地と言われている場所。もとより一般人が気軽に立ち入れるところではない。

 手つかずの自然は、そのまま手つかずのお宝や発見があることを意味している。


「特にスカルの奴は、自分の力を持て余していた。だから目に付く強そうな個体を見つけたら、手当たり次第に戦いを挑んでいった。それを私は止めなかった」


 自嘲の笑みをこぼす。


「聖森林の生き物たちは、私にとっても格好の研究材料であり素材の宝庫。魔法の開発にきっと役立つ――そんなことだけを考えていたわ。同類も同類よ」


 アリアが顔を上げる。彼女の視線の先には、オルランシア族の神獣少女がいた。

 リーニャの尻尾は逆立ち、歯をむき出しにしている。今にも飛びかかって、喉元を食いちぎりそうな勢いだった。


 アリアの話は、俺が見てきた森の惨状と一致する。つまり、リーニャの一族をほふったのは間違いなく勇者で、この元大賢者もその一端を担っていたのだ。


 そして今。射殺しかねないリーニャの視線を、アリアは真正面から受け止めている。迫力に当てられ、血の気が引いても、唇が震えても、元大賢者は視線を外さなかった。


 俺はリーニャを呼んだ。隣に来た神獣少女の片手を握り、空いた手で彼女の頭を撫でた。

 緊張で立っていた獣耳と尻尾が落ち着くまで、無言でそうした。


「続けてくれ、アリア」

「……ごめん。ありがとラクター」


 小さく息を吐き、アリアは渇いた唇を湿らせる。


 ――スカルは戦いの興奮。エリスは貴重な鉱石や香料の素材。

 そしてアリアが手に入れようとしたのは、召喚獣だった。


「カリファの生き物には強い魔力の備わった個体が多い。彼らの力を元に、新しい召喚獣が創造できないか考えた。けれど、失敗した。未知の冒険で興奮してて、ろくな準備をしていなかったものね。いかに大賢者と言っても、思いつきと勢いだけじゃ成すものも成せない。で、例によって私はその失敗を認めなかった。のよ」

「それで埋めた、と。大神木の近くにいた、あの崩れかけたドラゴンのように」

「ええ。その通りよ」


 さすがに二度も失敗したら、イライラして面倒になったのよね――とアリアは付け加える。つまり、彼女が生み出した召喚獣の成れ果てはその二体だけということだ。


「私には、自分がしでかしたことへの責任がある。残された召喚獣の残骸は、私が処理する。ラクターや姫様たち、この森に住むたくさんの生き物に、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないんだ」

「……」


 俺はテーブルの上に肘をつき、手で顎を支えた。


 アリアの決意は固い。それは目と態度を見ていればわかる。

 針のむしろ状態であっても、彼女は語りきった。


 だが――。


「失礼。書記官のキリオと申します。ひとつ、よろしいでしょうか」


 ふいに、キリオが口を開いた。眼鏡のブリッジを触る。


「召喚獣の残骸をご自身で処理されるとのこと。お伺いしたい。いったい、?」

「……」

「失礼ですが、あなたは全盛期の力をほとんど失ったと承知しております。そんなあなたが、成れ果てとはいえドラゴンに匹敵する召喚獣相手に、ひとりでどうやって対処するおつもりですか」


 忖度そんたくない質問だった。

 ルマトゥーラの国王に直訴する度胸は、本物であった。


 アリアはしばらく無言だった。自らの両手を見て、手を閉じたり開いたりした。


「そうだね」


 力みも気負いもないつぶやき。


「今の私じゃ、召喚獣をこの世から消し去るだけの力はないかも。将来的にそれができれば良し。できなければ、ずっと監視を続けるよ。まかり間違って、召喚獣が暴れ出さないように」

「一生、ですか?」

「うん。一生」


 場がシンと静まった。

 短い一言に、元大賢者の覚悟を皆が感じ取ったからだ。


 心からの決意だろう。だが俺はその言葉に、諦めの気持ちも混ざっているのではないかと思った。


 俺は胸元にしまっていた大神木の新花ペンダントを引っ張り出した。

 これは、カリファ聖王国を統べる者の一種の証。


「話はわかった。アリア」

「ありがとう。それじゃあ私、準備でき次第ここを出て――」

「いや、俺たちも行こう」


 え……とアリアが目をみはる。

 俺は言った。


「遺棄された召喚獣。カリファ聖王国にとって見過ごせない状況だ。だったら、危険性の排除に俺たちが動くのは当然のことだろ」

「で、でも。これは私がっ」

「じゃあこうしよう」


 指を立てる。


「アリアは聖王国の平穏のために重要な情報を提供した。俺は聖王国のため、この場でお前を雇う。、アリア・アート。報酬は――

 



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