第45話 『元』大賢者アリア
「やり直すための『墓参り』……か」
「うん。ごめんね。また騒がせちゃった」
「まったく、そんなボロボロになるまで気張りやがって。立ち直っても無茶するのは相変わらずなんだな」
俺は苦笑しながら言う。
――昔のアリアなら、そんなことは絶対しなかった。
ミスは隠して他責思考。いかに自分が叱責やプレッシャーから逃れるかを考える。それが俺の知る、かつての大賢者アリア・アートだ。
やり直したい。そのために立ち直った。
アリアの意志は本物なのだと、俺は思った。だからこそ、口から出た『立ち直っても』の一言には、特別に感慨深いものがあった。
そんな俺の口ぶりになにかを感じたのか、アリアは照れたようにまた、頬をかいた。
空になったカップを隣のローテーブルに置くと、アリアはベッドから起き上がる。慌ててイリス姫が寝かせようとするが、元賢者はやんわりと断った。
「もう大丈夫。一眠りしたらだいぶ回復したから」
「ですが……」
「ホントに大丈夫だってば。……まあ、強いて言うなら」
アリアは自らの格好を見る。
汚れた服の代わりに、今は純白のワンピースを着ている。仕立ての良さそうな、上品な逸品だ。
ただし。
「これ、姫様の服だよね……? 一部、すっごい違和感があって大丈夫じゃないんだけどなあ?」
立ち上がったせいで、その『一部』の差が如実にわかるようになっている。あ、心なしかアリアの顔に生気が蘇ったな。笑いながら怒ってやがる。
俺は女騎士スティアを振り返った。
凜々しい側近は、鼻息荒く断言した。
「さすが姫様」
「おいアリア。コイツが犯人だ」
容赦なく指摘すると、元賢者は指を鳴らしながら俺の隣に並んできた。
「ふつー、さ。主君の衣服を行き倒れ相手に持ち出したりしないよね……? ワザと? ねえワザと?」
「よくお似合いです」
「ねえコイツぶん殴っていい!?」
アリアが涙目で訴えてくる。
まさか勇者パーティのひとりに同情する日が来るとは思わなかった。まあ、アリアはもう『元』勇者パーティだが。
とりあえずこれ以上アリアが爆発しないように、スティアには退室させた。ついでに別の服を見繕ってくるよう指示する。不安なので別の人間も一緒に付けた。
気を取り直して、アリアを見る。別の気になったことを、尋ねた。
「なあ、アリア。お前、まだ力は戻っていないのか?」
「……どうしてそう思うのよ」
「あれだけイラっとしたなら、魔法の一発や二発かましてたんじゃないかって思ってな」
誤解なら悪かった、と付け加える。
アリアはしばらくうつむいてから、答えた。
「そうよ。まだ本調子じゃない。というか、そもそもの力がごっそり抜け落ちちゃった感じね。たぶんだけど、前の十分の一以下。もしかしたら百分の一かも」
魔法の詠唱文も、ほとんど頭から消えちゃった――と彼女は笑う。イリス姫が「そんな……」とつぶやき、青ざめていた。
これは俺がアリアを打ち倒した反動か。それとも、彼女を蝕む聖女の呪いか。
アリアが顔を上げた。
「ま、こういう状況になって初めてわかったことがあるわ。ラクター、あんたってすごかったのね」
「ん?」
「自分ひとりでサバイバルするのがこんなに大変とは思わなかった。そっち方面ってあんたの役割だったじゃない。私たち、あんたに頼りっぱなしだったってワケね」
元大賢者が俺と正対した。
「今更だけど、お礼を言いたい。ありがとう、ラクター。それから、今まで本当にごめん」
「アリア……」
人は、変わるときは変わるもんだな――と思った。
――それから俺たちは、滞在施設内の食堂に集まった。あらかじめ、姫の同行者たちが食事を作ってくれていたのだ。
アリアの服装は、結局、騎士用のつなぎで落ち着いた。体格的にだぼついているが、イリス姫のワンピースよりか百倍ダメージは少ないらしい。
固形物もしっかり食べているところを見ると、アリアは順調に回復しているようだ。ルウや医官には感謝しないといけない。
「それにしても、不思議なモンね。こんな森の中に、いったいどうやって建てたのかしら。こんな立派な施設」
もぐもぐとハンバーグを頬張りながらアリアが首を傾げる。
隣に座ったイリス姫がすぐに答える。
「これはラクターさんのお力なんですよ!」
「え? マジで?」
「はい! こう、『建物できろー』みたいな感じで、パパッと!」
姫、得意げである。
元賢者はじっとりとした視線を俺に向けてきた。
「あんた、姫様になんかしたんじゃないでしょうね」
「なんでだよ」
「あの聡明なイリス・シス・ルマトゥーラの語彙力が死んでるじゃない」
「……」
「否定しなさいよ」
アリアが言う。何気に落ち込んでいるイリス姫の背中を、よしよしと撫でていた。
俺は言った。
「アリア。元気が戻ったようで嬉しいぞ」
「うっさいわ」
ぴしゃりと反撃された。
『おお。ラクター様に心を開きつつ、ここまで強く言えるとは。これはこれで貴重な人材です』
なにやら女神が感心していたので、俺は確固たる意志を持って無視した。
――食事が一段落付く。
「さて、それじゃあラクター。私、なにをすればいい?」
「なに、とは?」
「行き倒れたところを助けてもらった上に、食事と衣服まで恵んでもらったのよ。さすがになにもしないわけにいかないじゃない。なにか、できることある?」
「気にするなよ」
汚れた皿をアリアと一緒に運びながら答える。
「俺はスカルに追放されたときから決めてるんだ。一生懸命頑張る奴をリスペクトしようって。アリア、お前は歯を食いしばってここまで来たじゃねえか。やり直すために。俺にとっちゃ、それだけでも十分、お前を尊敬する理由になる」
「ラクター……」
アリアはうつむいた。
それからしばらく彼女は無言だった。考え事をしているようだった。
やがて、意を決したように口を開く。
「ラクター。迷惑ついでに、お願いしたいことがある」
「なんだ?」
「この森を探索する許可がほしい」
俺は怪訝に思い、眉をひそめる。
アリアの表情は真剣だった。まるで、これから魔王でも討伐しに向かうかのように。
「私には、まだやり残したことがある。カリファ大森林に遺棄された、私の実験の成れ果て……今はまだ眠っているはずの召喚獣を処理してくる。もう二度と、この平穏な森に被害が及ばないように。これは、私がやらなきゃならない後始末なんだ」
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