第43話 大空のデート
イリス姫の安全確保。
勇者パーティの聖女エリスが、姫に危害を加えようと企んでいる。
……まったく。呆れるほど簡単に納得できてしまう。
「詳しく教えてくれ。キリオ文官」
「自分の場合は書記官ですね、陛下」
ちょっとめんどくせえな。
「じゃあ書記官殿」
「姫様の伴侶となられるのですから、どうぞ、キリオと呼び捨てにしていただいて構いません」
「めんどくせえな!」
「いけません陛下。姫様の御前でそのように強い言葉を発しては、あの淑やかで穏やかなご性格上、ひどく狼狽えてしまいます。夫婦になるのですから」
「……お前さ。もしかして王族の婚姻手続きを勝手に進めようとか考えてないよな?」
「不可能を可能にするのが日々の努力です」
俺は姉騎士を見た。
凜々しい表情のままじっと弟の隣に立っている。うなずくでも、否定するでも、弟をたしなめるでもなく、ただじっと立っている。
……話、聞いてない目だな、これ。
『やはり稀有な人材ですね。姫が典型的な姫なので、周囲が少々暴走気味の方がバランスが取れるのかもしれません』
女神アルマディアがしみじみと言う。
これはイリス姫を労うべきだなと俺は強く思った。
――気を取り直し、今度こそ詳細を聞く。
キリオの話によると、聖女エリスは当初から姫を快く思っていなかったらしい。これは俺も知ってる。時々、愚痴ってたからな。聖女のくせに不敬な。
「様子が変わってきたのは十日ほど前です。賢者アリア様が、突然賢者の位を返上するとおっしゃり、王都から姿を消されました。以後、相対的に聖女様の存在感が増し、それに伴ってイリス姫様への当たりも強くなってきたのです」
「いよいよ邪魔者を排除したいと思い始めたんだな……」
「聖女様の内心はわかりません。我々下々の者には、あまり感情を動かさない方ですので。ただ、最近の姫様は見違えるほどたくましくなられた。以前ならば聖女様の強い言葉に萎縮していたであろうところ、堂々と相対できるようになられていました」
それが面白くなかったんだろうな。
自分が下に見た女が面と向かって刃向かってくるの、一番毛嫌いしそうだもんな、あいつ。
「自分や姉も、聖女様が取り巻き達と何か密談している様子を目撃しています。国王陛下に陳情したところ、今回の『視察』が実現したというわけです」
「王様に陳情? お前たちが? ずいぶん大胆なことをするな」
「陛下も我々と同じく、姫様推しですので」
横でうんうんとうなずく姉騎士スティア。
ルマトゥーラ王国……実は上も下もそこそこ緩い……?
「国王陛下は内心後悔なさっているのです。イリス姫様がずっと苦しみながらも耐えていた状況から救えなかったと。だから今は、できるだけ好きなことをさせたいとお考えのようです。王城抜けだしを喜んでもいました」
「やっぱ緩いな王国……」
「ですので」
キリオが眼鏡のブリッジに指をかけ、ずいっと迫ってきた。ついでに姉騎士も迫ってきた。
「姫様の安全確保と精神の健やかな
「……具体的には?」
「「
ぴったりハモりやがったよ、この双子。
――それから数十分後。
「あわわ……! た、高いです……!」
「しっかりつかまってるんだぞ、イリス姫」
俺は姫様を連れ、大空を飛んでいた。
魔法――ではない。
三対の翼を持つ神鳥にふたりで乗せてもらったのだ。
神鳥にはそういう特殊能力が備わっているのか、上空をかなりの速度で飛んでいるのに、風圧も冷気もほとんど感じない。快適そのものだ。
ちなみに、神鳥に追随してもう一羽、大きな鳥が飛んでいる。背中にはリーニャが乗っていた。
俺が頼んで付いてきてもらったのだ。護衛兼監視役である。例によって「主様。鳥、食べていい?」と聞いてきたので強めの口調でたしなめておいた。
今現在。心なしか、耳が下がってしょぼんとしているように見えた。
「ラクターさん! 王都が見えます。ほら、あれ!」
イリス姫が興奮したように指差す。森の向こうに、大きな街スクードと立派な王城が確かに見える。陽光を受けて、城は美しく輝いていた。
どうやら、空の旅も慣れたようだ。【ビーストテイマー】の能力を持つ彼女。鳥に乗って空を飛ぶことに喜びこそすれ、抵抗はなさそうだ。
連れてきてよかった。
苦労しているであろう姫を労うと決めたからな。
――一時間ほど前。
双子姉弟に引っ張り出されるようにしてやってきたイリス姫に、俺は「ふたりで空の旅をしないか」と持ちかけた。
双子が「逢い引きですよ逢い引き」とはやし立てたので姫は大混乱していた。俺が否定しなかったのでさらにパニックになり、最後はパテルルに追い立てられるように神鳥の背に乗った。
姫が前。俺が後ろだ。
自然と、イリス姫を後ろから抱きかかえるような姿勢になる。
……神鳥の特殊能力とはいえ、多少の風は吹いてくれたほうがよかったかもしれん。
姫の髪の匂いがふわりと漂い、落ち着かない。
飛び立った直後は、緊張しているのかガッチガチに固まっていた姫様。
不敬とは思いつつ、何度か頭を撫でてやった。
すると途端に早口でいろいろまくしたて始めたので、俺は
ま、それからだな。リラックスして空の旅を楽しんでもらえたのは。
遠慮も消えたのか、彼女の背中と俺の胸はぴったり密着している。
まあいいか、と俺は思った。
――俺たちが向かうのは大神木。その天辺だ。
結界を抜け、大神木の偉容を目の当たりにしたときは、さすがの姫も言葉を失って見入っていた。
神鳥はさらに高度を上げ、枝葉を越え、大神木の天頂部にたどり着く。
大きな葉っぱの上に神鳥が降り立つと、俺は先に降りて足場を確認した。それから姫に手を差し伸べる。
「すごい……」
姫は辺りを見回しながらつぶやいた。
「まるで世界全体を見ているよう」
「ああ。俺もここまで上がったのは初めてだ。すごいよ」
しばらくふたり寄り添い、世界を見下ろす。
ふと、姫の手が俺の腕に触れた。
「今、この森すべてがラクターさんによって治められているんですよね」
「治めてる実感は皆無だがな」
「自信、持ってください。私にはわかるんです。森の動物たち、そして私たちを運んでくださった神の鳥。皆が、あなたのことを認め、慕っています」
イリス姫は「やっぱり、――」とつぶやいた。最後の方は聞こえなかった。彼女の横顔を見ると、赤くなっていた。
直後、すぐ足下で、がさんっ――と葉っぱの散る音がした。
「リーニャ聞こえた。イリス、見る目ある」
下から駆け上ってきたリーニャが、天辺に飛び出しながら言った。
首を傾げる俺に、慌て出すイリス姫。
「なにを聞いたんだ? リーニャ」
「イリス言った。やっぱり主様が勇者様だって」
「リリリ、リーニャちゃん!」
リーニャの口を塞ごうとする姫。だが、オルランシア族の敏捷性には敵わない。そのままその場にへたりこんで、姫はうーうー唸りだしてしまった。
まあ、何というか……光栄、と思うことにしよう。
「主様」
唸る姫を放置し、リーニャが側にやってくる。
耳打ちしてきた。
「言われたとおりしっかり探した。……居る」
「本当か」
――空の旅にリーニャを連れてきた理由。目的地に大神木を選んだもう一つの理由。
それは、この森で最も高い場所にある大神木の天辺から、侵入者の気配を探すためだ。
リーニャの鋭敏な感覚は、その役割に相応しい。
その彼女が、侵入者の気配を捉えたという。
「けど、知らない匂いじゃない。前に見たことある」
「なんだって?」
「この気配。匂い。少し様子が違うけど……主様がぶっ飛ばした、あの帽子女で間違いない。近くまで、来てる」
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