第42話 側近姉弟の言葉
「ししし、失礼しました! お見苦しい姿をっ……!」
我に返ったらしいイリス姫が平謝りに頭を下げてくる。
こう言ってはなんだが……少しホッとした。ちょっと天然混じりにアタフタする様子。以前、レオンさんの研究所近くで見た姫のイメージのままだ。
精神的に成長したところもあれば、変わらないところもあるということか。
それはそれで親近感が湧く。
俺は小さく笑いながら「気にしないでくれ」と手を振った。
まだ気恥ずかしさが抜けずにこちらを見てくれないイリス姫へ、軽い口調で声をかける。
「今日は視察をしたいと聞いてる。ま、見ての通り森と動物たちがここの主役だ。スクードの街みたいに遊ぶところも美味しいデザートを出すところもないが、ゆっくりしてってくれ」
「あ、はい。お心遣い、ありがとうございます」
「だから、そういう堅苦しいのはいいって。おっと、そうだ。大事なものを忘れてた」
俺は姫様一行を見る。
イリス姫とパテルル、そしてお付きの騎士や文官たち。彼ら十人あまりの滞在場所がない。
カリファ聖王国の国王だなんだと肩肘張っていて、すっかり頭から抜け落ちていた。
「部屋を創るよ。どんなのがいい?」
「はい?」
「だから、皆が寝泊まりできる部屋。いくらなんでも、一国の姫様とその同行者を地べたに寝かせるわけにはいかないだろ」
「今から、ですか?」
「事前に気を回せなかったのは俺の落ち度だ。悪かったな」
イリス姫、しばらく目をぱちくりしていたが、やがて表情を輝かせた。これまで何度も手紙のやり取りをして、俺の力について伝えている。『目の前で見られる!』と期待の眼差しだ。
一方、後ろに控える同行者の方々は一斉に戸惑いの表情を浮かべた。
一行の中からふたり、前に進み出た。背の高い女騎士と、眼鏡をかけた文官男性。よく見ると、顔が瓜二つだった。
双子のきょうだいで姫に仕えているのか。ちょっと珍しいな。
文官男性が言う。
「陛下。尊い姫様の
……丁寧な口調でなに言ってんの、この人。
イリス姫が真っ赤になって慌てる。「な、なにを言っているのですか、キリオ!」――まったく同感だ。
今度は女騎士が口を開く。
「陛下。もし人手が必要ならおっしゃってください。このスティア・オルドー、イリス姫様のためなら百万人分の働きを百年続けてみせましょう」
「いや、そこまで気張らんでいい」
死ぬ気かこの騎士様。
ふたりともキリッとした綺麗な顔立ちなのに、言うことがぶっ飛んでいる。
大丈夫かこのふたり、と少々心配になってイリス姫を振り返る。彼女は赤い顔のまま首を横に振った。
「ごめんなさい、ラクターさん……。ふたりとも優秀なのですが、その。私のことになるとどうも見境がなくなるようで……。あ、紹介が遅れましたね。騎士の女性が姉のスティア、文官服の男性が弟のキリオです。ご覧の通り、双子なんですよ。すごいですよね」
律儀に身内の紹介をするのはイリス姫らしい。どこか嬉しそうな表情。姫にも安心できる味方ができたということか。
「陛下。同衾の件はいかに」
「百万人では足りませんか」
「……姫。今後はもう少し味方の人選に気をつけた方がいいんじゃないかね」
「……すみません」
消え入りそうな声だった。
――気を取り直し、俺は王樹を出た。姫様たちも一緒だ。
王樹の前に広がる平地に、彼らが滞在できる建物を作るのだ。
文官や騎士たちは戸惑い続けている。ま、何もない更地を見せられたらそんな表情になるもの無理はない。
「そうだな。できるだけ慣れ親しんだ部屋がいいだろ。イリス姫の部屋はどんな感じなんだ?」
……失言だった。
言いよどむ姫の代わりに、姉騎士のスティアがペラペラとすごい勢いで説明を始める。なんか俺が聞いちゃいけないような情報まで平気で暴露しそうになったので、慌てて止めた。
イリス姫、パテルルの身体に顔を埋めて唸っている。耳まで赤くなっていた。
『なかなか有望な人材が揃いましたね。楽しそうでなによりです』
――やかましい。
俺は雑音を振り払い、集中した。
これまで王宮で見てきた内装と、スティアの話――半分くらいは省略した――を元に、イメージを固めていく。
神力を開放。
――『楽園創造』。
ただの更地だった場所が、にわかに隆起していく。石壁の模様も美しい二階建て。屋上には大小の木々や花々が根付いていく。
レベルが上がったせいか、大神木の新花のペンダントを身につけているせいか、ほとんど疲労感を覚えることなく、立派な滞在拠点を創り上げることができた。
『お見事です。ラクター様』
「これが慣れって奴かな」
『この調子なら、カリファ聖王国に人の街を創ることもさほど難しくないでしょう』
そりゃさすがに無茶な相談だ。
重厚な正面扉を開け、内装をざっと見渡す。うん、おおよそイメージ通り。これなら短期滞在くらい、なんとかなるだろ。
後は、そうだな。姫様一行の滞在施設として相応しい豪華さ? 格? まあそんなものが必要なら、文官たちに聞いて追加してあげよう。
「こ、これは」
声に振り返る。
滞在施設に入ってきた姫様一行が、目を丸くして辺りを見回している。
文官のキリオが言った。
「なにもない場所から、一瞬でこのような見事な建築物を……。これは陛下のお力なのですか?」
「そうですよ、キリオ。これこそラクターさんが神から授かった力、【楽園創造者】の力です」
俺が答えるより先に、イリス姫が淑やかに言った。得意げである。俺は肩をすくめた。
「とりあえず、人数分の部屋は用意してある。まずは荷物を置いて、
「同衾……」
「百万人……」
さっさと上がれトンデモ
姫を先頭に、一行が各々の部屋に散っていく。俺はようやく肩の荷を下ろした気持ちで、建物を出た。
エレベーター代わりの王樹の葉に足をかけたとき、後ろから俺を呼ぶ声がした。
あの双子姉弟である。
正直無視したかったが、待つことにした。
「陛下、このたびのご厚意、感謝いたします」
例によって丁寧な口調でキリオが言う。
「これほどの力をお持ちであれば、イリス姫様のお相手として申し分ありません。ぜひ、姫様との縁談を真剣にご検討くださいませ」
「イリス姫様はめっちゃ可愛い。おすすめです。陛下」
「お前らな……」
深い深いため息をつく。
――だが、話はこれで終わらなかった。
「陛下。縁談とは別に、実はお耳に入れておきたい情報がございます」
「あん?」
「我が国に滞在されている勇者様ご一行。そのうちのおひとり、聖女エリス・ティタース様が、姫様に対し、なにやら良からぬことを企んでいるようなのです」
キリオの言葉に、眉をひそめる。
側近の文官は眼鏡のブリッジに指を添えた。
「今回の来訪。姫様の強いご希望による視察という形を取っていますが、聖女様から身を隠すという目的もございます。どうか、イリス姫様の安全確保にご協力いただきたい」
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