第37話 誕生、カリファ聖王国の王


 アリアの治療を終えたルウが、俺の手を取る。


「ラクター、どうぞこちらへ~」

「なんだ。どこへ連れていくつもりだ」

「こんな立派な聖域が完成したのですから、ぜひあなたがそこに立つべきです~」


 そう言って、俺を窪地から引っ張り上げる。

 斜面を登り切った俺は、復活・生長した森の偉容に改めて感心した。


 広い荒れ地に過ぎなかった場所に、巨大な樹が鎮座していた。周囲の樹々が寄り集まり、一本の巨木になっているのだ。大神木ほどではないにしろ、じゅうぶんに圧巻だ。


 そこでルウが言った言葉を思い出す。


「聖域? ここが?」

『ラクター様の力によって生まれた新しい楽園、ということなのでしょう』


 アルマディアが感慨深く言う。


『私の【楽園創造者】の力ではなし得なかったかもしれません。ついに私の想像さえ超えたのですね。ラクター様』

「いや、さすがにそれは言い過ぎだ。もともとカリファ聖森林には、これだけのポテンシャルがあったってことだろ」


 肩をすくめて答える。


 ルウが大木の幹に手を当てると、大神木のように人の乗れる葉が降りてくる。とても便利だ。俺は彼女を褒めた。


「さすが。この森のことならルウにお任せだな」

「いえいえ~。今のわたしはラクターの力でここにいますから~。このくらいのことは、ラクターでも簡単ですよ~」


 のほほんとのたまう。本当かよ……。


 葉っぱに乗り込む。音もなく上昇を始める。

 巨木はビル五階分ほどの高さがあった。上に行くほど幹が太くなる不思議な構造をしている。

 これまたでかいに到着。ルウに促されるまま中に入る。


 ――ここは要塞かと思った。


 入り口もでかければ内部もでかかった。学校の体育館か、それ以上の広さがある。

 幹から生えた枝がなんとも上手い具合に絡まり合い、大小いくつもの部屋を形作っていた。

 内部の壁際には窓のように穴が空いている。それも等間隔に、四方をカバーするように、だ。ご丁寧にも身を隠せる場所まである。

 壁となっている幹の表面を叩く。ひどく硬かった。


「主様! 主様! きた、きたよ!」


 例によって好奇心で辺りを駆け回っていたリーニャが、外を指差し叫ぶ。

 直後、窓から何羽もの鳥が飛び込んできた。猿のような生き物も枝を伝って入ってくる。

 こいつら、見覚えがある。大神木の結界に保護されていた動物たちじゃないか。


「ついてきたのか……」

「ラクター」


 ルウが要塞部屋の中心に立つ。カリファ聖森林全体を守護する大精霊は、俺を迎え入れるように両手を広げた。


「ここは現在いまから、あなたの王国です~」

「は? なにを言ってるんだ、ルウ」


 ルウの微笑みが深くなる。彼女の隣にリーニャも立った。ふたりの真っ直ぐな視線が俺に向けられる。


「ラクターの働きによって、カリファ聖森林をむしばんでいた元凶は断たれました~。あなたは、この森に生きるすべての者にとって救い主なのです~。皆を代表して、お礼を言わせてください。本当にありがとう~、~」

「まあ取り返しが付かなくなる前に解決できてよかったよ――って、『王』だと?」


 はい~、といつもの間延びした声でうなずくルウ。


「ここにいる森の動物たち全員の希望です~。ここはあなたの王国で、あなたは王国の主となりました~」

「なりました、ってお前な」


 軽い。冗談で言ってるのかといぶかしむ。


 すると、要塞内にいる動物たちが一斉に鳴き声を上げたり、床を叩いたりし始めた。全方位から音の圧を受け、圧倒される。

 ひときわ大きな一羽の鳥――なんと翼が三対もある――が、なにかをくわえて俺の元へ飛んでくる。細い茎の先に、琥珀色の綺麗な花がついている。まるで工芸品のようだ。


「それは~、大神木の頂上でのみ咲く『大神木の新花しんか』です~。森に生きるものたちにとってそれは『王たる証』なのですよ~」


 戸惑っていると、アルマディアが声をかけてきた。


『間違いなく本物です。そして新花をくわえたあれは、神獣オルランシア族に次ぐ力を持つ神鳥の一族。唯一、大神木の頂上まで飛び上がることができるものたちです。彼らが新花を摘んで手ずから持ってきたことは、ルウの言うとおり、ラクター様が王として認められた確かな証拠と言えるでしょう』


 しかるべき格を持った者が、しかるべき品を授ける。

 権威なんて苦手だし避けてきた俺だが……これが彼らにとって最大級の敬意の表れだということはわかる。

 俺は肩の力を抜いた。


 すると、リーニャが神鳥の隣にやってくる。


「貸して。主様を王様にするの、リーニャがやる」


 この役目は絶対に譲らんと言わんばかりのリーニャに、神鳥は大神木の新花を託す。心なしか、神鳥は苦笑しているように見えた。

 新花を受け取ったリーニャが、俺の前に立つ。長く細い茎を俺の首に回し、ネックレスのように結びつける。


 不思議な感覚がした。まるで長年愛用しているような『しっくりくる』感じ。俺は自分の中にある神力が、大神木の新花と共鳴したのだと悟った。

 ……でもこれ、すぐに落としてしまわないかな。いい加工方法がないか、レオンさんにまた聞いてみるか。


「にゃふふ。ばっちり似合ってる。主様」


 目の前に嬉しそうなリーニャの顔がある。俺も笑って、神獣少女の頭を撫でた。

 新しい王の誕生です~と暢気に拍手するルウ。アルマディアが鼻息荒く告げる。


『それでは、新しい王国の名をラクター・パディントン超神王国としましょう』

「おいやめろ。後で絶対後悔するやつだろソレ。頼むからやめろください」

『仕方ありませんね。ではカリファ聖王国はいかがでしょう』


 笑ってやがる。初めから決めてた上でからかったな、こいつ。


「では~、新たな王に盛大な祝福を~」


 ルウの音頭で再び湧き上がる動物たちの声。力いっぱい抱きついてくるリーニャ。

 俺は頭をかきながら思った。


 まさか、こういう結果になるなんてな。

 転生前は社畜、転生後も底辺扱いだった俺が――皆から望まれて王様になる、か。

 人生、わからないものだよ。ホントに。


 祝福してくれる皆を見回す。

 ふと――俺は振り返った。

 要塞出入り口から、地上を見る。


 意識を取り戻したアリアが地面にへたり込んだまま、まぶしそうに俺を見上げていた。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る