第3話 勇者誕生!!

 受け入れがたい話だと思うけれど、もっとミクロの世界ではそこにある何らかの量子りょうしってのは誰かが観測かんそくした場合によってのみ“そこにある・そこにない”ってことが決まるという摩訶まか不可思議ふかしぎな話。

 物凄ものすごくおおざっぱに乱暴に説明すると、ラーメン屋の行列に並んだ際に確実に自分の後ろに誰かが続けて並んでいるって状態は、直接振り返って見てみないと“決まらない”ということ。並んでいるかもしれないし並んでいないかもってのは見てないから“分からない”んじゃなくて、その“並んでる・並んでない”は“その状態を観測かんそくする人が後ろを振り返った時に決まる”という、おっそろしい程意味が分からない量子りょうしの世界ってのはでしか決まらないという話。 

 最も、その法則がマクロな世界で有効になっていないから話はさらにややこしい。マクロの世界の行列の後ろには、無数の個々意識の相互そうご補完ほかんによって(“俯瞰ふかん”に置き換えても可)確かに後ろに誰かが“いる・いない”が明確に確かめられるのに。

 話はひるがえって、王様の話がこれ本当なら俺は元の世界で死んでいる状態とこっちの世界で生きてる状態を同時に、しかも自分でそれを確認(あっち側の自分を体感出来ていないけれど)出来てるって話でそんな馬鹿な! そこまで具体的な思考実験+ファンタジーならもう“シュレディンガーの猫”で十分でしょ!

 「こちら側の我らは、お前がいたあちら側の世界ののみ認識しることが分かった。しかし時間の流れがこちらとあちらでは全く違うのだ。ほとんどそちらの世界はの世界であってな。だが、確実にゆっくりと動いている“らしい”のだ。この関係において相対そうたい速度そくどなど気にしても仕様しようがないのだが、こちらから見ればそちらはほぼ0に近い時間が流れている様にしか見えない。そして、そのことに関する記述きじゅつが、この城の宝物庫に眠る古文書こもんじょにあったのだ」

 昔のタイプリープ物ってのは時間軸を一つの存在だと仮定して過去と現在、未来とを一直線の流れと見立てて、その線上でのみお互いが影響しあうって考え方が主流だったから行ったり来たりが自由自在(因果律いんがりつに影響を及ぼすから同じ人物が出会うのはNG)。

 でも、最近はどの時点かにおける歴史の改変から未来がたくさん枝分かれする様になっちゃったからまあ大変。昨日に戻った俺が選ぶ未来と昨日にいた俺が進む未来に訪れた過去と未来の俺だとかもう何もかもがごっちゃごちゃ!! 今の俺がどうしてこうなったのか、それは果たして多次元たじげんのどの俺が犯人だ! って登場人物が実質じっしつ1人で済むみたいな話の上に“誰が一体オリジナルなんだ”って設定が面白いかどうかは別として成り立つ訳で。つまり、時空間における一定の情報量は変わらないと見做みなしてた世界が、いやいや幾らでも増設ぞうせつオッケーみたいに変わっちゃったって話で、物語の始まりは1つ(主人公の数も多次元のどこからを起点にでも出来るからそれすらも無限)でもエンディングが無限にあってしかも絶対に終わらないみたいな推理ADVアドベンチャーですらほぼ自動で作成されるってのがいわゆる“マルチバース的”な考え方。犯人はお前だし君であって彼女でありあいつであってまさかの自分であるみたいなことがに存在するってこと。

 異世界とこちら側で時間の流れが違うって設定だって、もう現実問題地球においたってある場所によって時間の流れが違うってことだって証明されてる訳だし(重力によって)、秒速30万キロ(光)に近い速度で動いてるものを観測すると止まって見えるって話だから、そういう説明で何とかこの異世界転移ファンタジーの下ごしらえも大丈夫なはず

「私もずっと幼いころから“この絵”を見ていた。見慣れぬ異界、異国のちに身を包む男女が向かいあう人物像だと。しかし、この絵こそが異世界のある一部をことが分かった。つまりここにえがかれた“事象”はずっと“動いていた”のだ」

 ジャニズー王が指差す祭壇さいだんの向こう、教会のステンドグラスの間中央に掛けられた一枚の大きな絵……絵? いやでもこれ一方の人物って俺じゃねどう見ても? それでもってもう他方たほう由衣ゆいがいて……それもこれ絵じゃなくて、このリアルなまんまはどう見ても写真なんだけど? 今もその体感が続くさっきまでいた校舎裏でまさしく俺が一大決心告白の最中さいちゅう構図こうずだし。でも、これを王様が幼少ようしょうの頃から見てた? 互いの世界を比較ひかくしたさいの時間の流れはさっぱり理解出来ないけれど、百歩ゆずってフォトリアルをきわめた伝説のたくみ級の宮廷画家がいた絵とかじゃなくて? 他人の空似そらに物凄ものすご確率かくりつえてここに現れたとか?

長年ながねん議論していたのだ。この“絵”が何を表わしているのか」

 いやだってこれさっき、俺が清水きよみずの舞台から飛び降り自殺したみたいな凄惨せいさんな事故現場の証拠写真(絵)なんだけどさあ!! どうなってんのこれ!? ホントにさっきまでいた場所の光景がこの世界のもっとずっと昔から存在してるってなるほどこれが特殊とくしゅ相対性そうたいせい理論りろん!?

元老院げんろういんだい賢者けんじゃ、師バーンのその博覧はくらん強記きょうき聡明そうめいさによって“これはの地における男女の求愛行為であろう”と結論付けられたのだ。そして古文書こもんじょからこの絵に関する資料が見つかり『やがての地よりこの絵の男が現れ勇者となりこの地を救うであろう』とそこにしるされていたのだ」

 ……あの、俺さっきフラれたばっかりなんですけれど? 絶賛ぜっさん傷心しょうしん旅行中がこんなわけの分からない異世界探訪たんぼうで、挙句あげくにもう死んでるんでしょ? ゾンビなんでしょ? 量子りょうし的に俺の存在を説明するならゾンビだよね? 一体ゾンビが何をすくうって言うんですか? 墓荒らしから墓地でも守れみたいなストラテジーゲームでもやらせようって?

「そして、お前を見て確信かくしんしたのだ、この絵の男はお前だと。お前こそが勇者だと。仮にお前に起こった事象じしょうを“量子りょうし転生”とでも呼んでおこう」

 おお……何かちょっと新しい感じが悪くないかも? それにしても俺が勇者だなんて……いや、そうは言っても元の世界には未練みれんしかないし、一撃いちげきカウンターの言葉で死んでしまったんだとしても、やっぱりあのあとの言葉は気になるし……いやいやでもでも由衣ゆいの次の言葉が“め”だったりなんかしたら再度さいど転生してしまう自信しかないしなあ……かといって元の世界には帰りたい……。

「いや、いつでも元の世界に帰れるぞお前なら」

 ……お、王様? 今なんと?

「勇者であるお前はいつでもあちらの状態(世界)に戻れると古文書こもんじょしるされていた。もどったと同時に向こうのお前は生き返ることが出来る。それに加えてこちらの世界でどれだけとしを取っても、あちらに戻ればその年齢ねんれいもその時点に戻り、さらにまたこちらに転移てんいすることも可能だが、その場合はもう一度死ななければならない。そして、それを延々えんえんと繰り返すことも出来るらしい。ある意味で不老ふろう不死ふしともべるが、お互いの世界における時間の流れの違いには注意しなければならない」

 ええええええええ!! あれあれっ!? こっちの世界を救ってあっちに帰ろう! みたいなTHEファンタジー+SFみたいな話じゃなかったの!? え? 何これ? そんな自由なの? 不自由に制限せいげんされた中から活路かつろ見出みいだす異世界RPGとかじゃないのこれ!?

「お前は“量子りょうし勇者”。死んでいる状態と生きている状態じょうたいを同時にあわせ持つ稀有けうな存在。そしてさらにお前だけが、どちらの状態をもみずからの意志で選択出来るだ見ぬ新しい理論“量子りょうしもつれない”の生き証人しょうにんでもあるのだ」

 おおおお!! “量子りょうしもつれない”!! ……いや“もつれない”ならそれってただの古典こてん力学りきがくてきなもんなんじゃ……。

「旅の支度したくととのえるが良い、量子りょうしもつれない勇者龍ノ介よ。いつでも元の世界の状態にはもどれる。さあ、お前のモチベーション次第しだいでこの世界を救うのだ」 

 そんなこと言われてどういうテンションでここから進めばいいか全然分かりませんけど!

 転生・転移勇者だったり量子りょうし勇者だったり量子りょうしもつれない勇者だったり! もうなになんやら!

 いや待てよ? そうだ転生・転移ボーナスは! 忘れてた! これこそ異世界ファンタジーの醍醐味だいごみ、圧倒的スキルで無双むそうする勇者特権! 

「転生・転移に月給もボーナスもある訳がなかろう。“勇者”の時給は600円からになっている」

 そのボーナスじゃないけど時給やすっ!! 今時そんなのってある!? 待って、勇者って正社員扱いでもないの!? 仮にも伝説の存在とかそんな感じの説明を今まで受けてた気がするんですけれど!? に加えてこっちも通貨単位が円って! 分かりやすいからまあいっか!!

「装備にかる費用もそこから天引てんびきだ。“勇者”なんぞとまつっておきながら、実は私もその存在には少々懐疑かいぎ的でもある(←じゃあさっきまでの確信かくしんちた説明は何だったのさ!?)。しかし、この国に受けがれし“勇者装備”は“なんでも鑑定団”という南方なんぽうに住むドワーフ達手練てだれの旅団りょだんもらったところ、貨幣かへい価値かち換算かんざんで大体300億円程らしいとの話だ。お前に対する国からのサブスク装備ということで、ただの貸し出しに過ぎないからな。これは仕方がない、勇者特権で月額1490円だ(←これがスキルボーナス!? だし相場がネッ〇フリックスと同じだし!)。いちじるしく傷付けた場合にそなえ、なんなら保険に入っておくか? こちらは月額4000円だ(←こっちは車の任意保険位って!)。完全に破損はそんした場合は(検閲)に行って(検閲)に(検閲)をしてもらうことになる」

 異世界にモラルなんかないってことが今ハッキリ分かったってことで!!!

ただし」

 ただし?

「この世界で死んでしまった場合はその存在がそのまま消滅しょうめつするらしいとも古文書に書かれていたのだ。つまりこちらで死んであちらに戻ることは出来ない。何時いつでも行き来は出来るが、こちらで死んでしまった場合はその限りではない。こちらのせいがあちらの死とついになっているからだと理解している」

 成程なるほど、ということはこちらの世界には蘇生そせい魔法は存在しないと。

「いや、ここは教会(大聖堂)だ。お前以外は蘇生そせい出来る」

 勇者の存在価値!! おかしいでしょ!? おかしくない!? 勇者特権に今の所なにも実利じつり見出みいだせてませんけれど!!

「お前は“量子りょうしもつれない勇者”だ。それ程特殊とくしゅな存在であるということだ」

 あっちの世界に戻ったら絶賛ぜっさんフラれが続行ぞっこうちゅうで! こっちの世界では天引てんび天引てんびき! 挙句あげくに誰でも生き返れるのに俺だけそくゲームオーバーっておかしいでしょ!! せめて何か身代みがわり護符ごふみたいなのないのかなあ!!

「さあさあ勇者よ。お前の給与振り込みに使う口座こうざも私が作っておくから、あとで城の者からカードをとどけさせよう。帝国への所得税しょとくぜいと、キョウトウへの住民税じゅうみんぜいも引かなくてはいけないしな。所得しょとくに関わらずお前は勇者であるから非課税ひかぜい世帯せたいには永久にならないことを覚えておくが良い。出来るだけの成果せいかを期待しているからな。城下じょうかまちへ行きこの世界のことをずは学ぶことだ」

 王様にそううながされて(急がされて?)、俺ははからずもこの異世界を彷徨さまようことになったんだけど、右も左もさっぱりな俺にせめて何らか控除こうじょ特例とくれい位あってもいいんじゃない!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る