第68話 信長の最期

 武田義信との戦に敗れると、信長は一目散に岐阜城を目指していた。


「……美濃にはろくに軍を残しておりませなんだ。今ごろは、もう……」


「まさに、八方塞がりといったところですな」


 信長の後に続いていた小姓が弱音を吐く中、信長が口を開いた。


「おれバカだから難しいことわかんねぇんだけどさ〜。八方塞がりなら、逆に足掻いた方が得なんじゃねぇの?」


「なっ……」


 絶句する小姓たちに信長が続ける。


「どうせ今のおれたちはまな板の上の鯉なんだ。

 ……なら、足掻いて足掻いて足掻きまくれば、まな板ごとひっくり返せるかもしれないだろ」


 このまま何もしなくては状況が好転することはないが、足掻き続ける限り希望は持てる。


 信長は暗にそう言っていた。


 小姓たちの顔がどこか明るくなる。


「我らもお供しますぞ、殿」


「どこまでもついて参ります」


「お前たち……」


 この期に及んで自分についてきてくれる者がいることに、信長は胸を熱くさせるのだった。






 尾張と美濃の国境までやってくると、岐阜から逃げてきたらしい人が列をなしていた。


「おい、何があった」


 小姓に尋ねられ、町人と思しき男が答えた。


「岐阜城が武田軍に落とされました」


「なっ……」


「その話、間違いないのか!?」


「間違いないもなにも、この目で見たんだよ。武田軍が城を落とすところを」


 それだけ言い残すと、男が去っていった。


 残された小姓たちが絶句する中、信長が歩き出した。


「行くぞ」


「殿、どちらへ……」


「城も落ちた。兵もいない。残るは僅かな手勢のみ……」


 美濃には信玄の軍が。尾張には義信の軍が展開されており、信長の首を取るべく追手を送り込んでいる。


 このままでは、捕まるのは時間の問題と言えた。


 戦に敗れ、帰る場所を失い、再起も難しい。


 信長の心中を慮り小姓たちがかける言葉を失う中、信長はふらふらと明後日の方向に向けて歩き始めた。


「殿!」


「おれとて武士の端くれだ。……死に場所くらいは、自分で選ぶ」






 信長は尾張と美濃の国境にある寺に入った。


「殿……」


「介錯を、頼む」


「はっ……」


 小姓が刀を抜くと、静かに構えた。


(今川義元を討ったおれが、義元の娘婿に敗れる、か……。因果なものだ……)


 信長が短刀を抜く。


「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」


 信長が腹を切ると、小姓が刀を振り下ろした。


 尾張の大うつけと呼ばれた男、織田信長。

 今川義元を討ち、武田義信を苦しめた戦国の英雄としてその名を刻み、35年の生涯に幕を下ろすのだった。



あとがき

明日の投稿はお休みして、1/3に投稿しようと思います。

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