第7話 三河侵攻

 永禄9年(1566年)8月。


 三河侵攻軍5000が長篠城を発った。


 躑躅ヶ崎館からは馬場信春、飯富昌景、三枝昌貞率いる2000を援軍にもらい、合わせて7000の軍が徳川領三河に侵攻を開始した。


「我らは岡崎城及び三河東部を攻めるゆえ、信春には吉田城を任せる」


「はっ」


 三河南部に位置する吉田城の攻略を馬場信春ら信玄直臣に任せると、義信率いる本隊は家康の篭もる岡崎城へ向かった。


 一方、家康は織田からの援軍に賭けているのか、籠城の構えをとった。


「此度の戦い、長期戦になるぞ……!」






 吉田城に強攻をかける馬場信春の元に、伝令の兵がやってきた。


「雑兵たちが略奪をしたいと騒いでおります。士気にも関わりますゆえ、略奪の許可を頂きたく……」


「ならぬ」


 伝令の言葉を遮って、信春が首を振った。


「我らは名門甲斐源氏武田の旗を背負って戦に赴いている。我らの一挙手一投足に、武田の誇りがかかっていると思え」


「ははっ! 申し訳ございませぬ!」


 信春に咎められ、伝令の兵はその場に頭を下げるのだった。






 岡崎城の包囲に入った義信の元に、配下の将から伝令の兵が寄せられた。


「若様、雑兵たちが略奪をしたいと騒いでおります。士気に関わりますゆえ、略奪の許可を頂きたく……」


 義信にギロリと睨まれ、伝令の兵が震え上がる。


「…………お前たち、まだ略奪してなかったのか?」


「申し訳ございませ…………えっ?」


 伝令は耳を疑った。いま、義信はなんと言った?


「略奪こそ戦の楽しみだろう! それをおあずけしては、兵のやる気に関わるというもの……。すぐに村々を襲え」


「よ、よろしいんですか? あまり略奪しては、若様の統治に支障が出てしまいましょうに……」


「そもそも、この戦に勝てなければ、統治もクソもあるまい。……ゆえに、私は勝つために全力を尽しているのだ。略奪を許すのもそのためよ」


 伝令の兵と共に陣を出ると、義信が自軍の兵たちの前に躍り出た。


 兵たちの注目を浴びる中、義信が声を張り上げた。


「お前たち! 三河の田畑や村々を見ただろう! ……これだけ豊かな土地なのだ。多少奪ったところでバチは当たらん! 存分に奪ってこい!」


「大将……!」


「あんたって人は……!」


 雑兵たちの目に涙が浮かぶ。


「奪え! 金銀財宝から種もみまで、すべて奪い尽くせ!」


「「「オオオオオオ!!!!!」」」


 それから数刻と待たず、義信の激励を受けた兵たちが村々に押し寄せるのだった。






 その日の夜。義信軍では略奪した米が兵たちに振る舞われていた。


 雑兵が粥をすすり、満足気に息をつく。


「うめェなあ! やっぱり略奪した米は一味違うぜ……!」


「ああ。だがよ……」


 昼間とはうってかわり、夜は気温が下がり一気に肌寒くなっていた。


 山から吹き付ける冷たい風に、雑兵が身体を震わせる。


「うう、冷えるなあ……。火も弱くなっちまったし……」


 暖を取ろうと手を伸ばすも、薪が尽きたのか焚き火は消えかけている。


「なにか燃えるもの、っと……」


 雑兵たちがこっそりと一軒の家に群がると、壁板や柱を剥がし始めた。


「おい、いいのかよ。勝手に家壊して……」


「だから見つからないようにやってるんだろ」


「多少壁やら柱を壊したくらいで、バレないバレない……」


 雑兵たちが壊した柱を運ぼうとすると、見覚えのある影が立ち塞がった。


「お前たち、なにをやっている」


「あっ、大将……」


「ち、違うんです。これは……」


 突如現れた義信に動揺する兵たちをつっきって、義信が壊れかけの家屋の前に躍り出た。


「まったく、お前たちときたら……暖を取りたいなら、家くらい燃やせ」


 義信が松明を放り込むと、壊れかけの家に火が燃え広がった。

 雑兵たちを、義信を煌々と照らす。


「おわ……」


「あったけェ……」


「燃え尽きたら、また新しい家を燃やしていいからな」


 それだけ言い残して義信が去ると、燃え上がる家屋に暖を取ろうと雑兵たちが群がった。


「あったけェ……義信様の軍、あったけェよォ……」


「ああ。こんなにいい大将、他にいねェよ……!」


 略奪を許してくれるどころか、寒さに凍える兵を心配して見回りまでしているとは……。


 末端の兵一人一人に気にかける姿を見て、兵士たちは義信の元で戦う決意を新たにするのだった。

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