第6話 山師の手口

 飯富虎昌と共に長篠城に入った長坂昌国が大きく伸びをした。


 新たに手に入れた長篠統治の傍ら、義信に申し付けられた仕事もこなした長坂昌国は、思わず息をもらした。


「まったく……若様も無茶なことをおっしゃる……」


「若がどうしたのだ」


「説得に使うゆえ、至急今川家重臣や国衆が内応を約束する書状を偽造しろと……。

 まったく……それがしの字では、他の今川家臣に容易く見破られてしまいましょうに……」


「……………………」


 首を傾げる長坂昌国をよそに、飯富虎昌はどこか嫌な予感がしていた。


 果たしてそれは、本当に今川家の調略に使うものなのか、と。







「ニセの書状!?」


 曽根虎盛の頭が真っ白になる。


 嘘? あの書状が、すべて嘘だった!?


 未だ混乱する曽根を尻目に、義信がクククと笑った。


「父上を言い包めるには、あれくらいした方が間違いないだろう」


 万が一、長篠だけでは足りない時の保険のつもりだったが、信玄の反応を見るに間違いなく効果があった。


 事実、最後のひと押しになったらしい。


「そのようなことをして……バレたら大目玉を食らいますぞ……!」


 義信は不敵に笑った。


「嘘を真にすれば問題なかろう」


 結果的に信玄を騙す形になってしまったが、これも勝つためである。


 現在の兵力での三河攻略には不安も残る。

 そのため、信玄からの援軍はなくてはならないものだった。


 また、調略もこれから進めれば問題ない。

 すでに今川家臣団は動揺しており、氏真を見限り徳川につく者も少なくないという。


 徳川につく者がいるくらいなのだから、徳川より力があり、名門の家柄である武田家につく者が現れてもおかしくない。


「今川はこれだけ弱っているのだ。……三河を完全に掌握すれば、向こうから話が来よう」


 事実、三河侵攻を抗議する今川家とは別に、すでに遠江の国衆の一部から戦勝祝いが届いている。


 このまま流れが武田に傾けば、労せず調略。ないし、今川家の切り崩しが進むのは目に見えていた。


「……勝利を確かなものにするべく、父上から援軍の約束も取りつけたのだ。次の戦で三河を獲るぞ!」


「はっ!」


 義信が次の目標を宣言すると、曽根虎盛が頷いた。




 長篠城に戻ると、戦で荒れ果てた領地を治めるのと同時に、三河平定に向け徴兵を開始した。


 高遠城から用意した兵力がおよそ3000。

 長篠から徴兵した兵が2000。


 いずれもかなり無茶な徴兵だったが、この一戦で三河を獲れるのなら安いものだ。


「準備はいいな、じい


「はっ! 我が赤備えにて、徳川の若造を蹴散らしてみせましょうぞ!」


 飯富虎昌が槍を高く掲げると、赤備えたちが雄叫びを上げる。


 士気は十分らしい。


「いくぞ! この戦に勝てば、私は三河の国主だ!」


 永禄9年(1566年)8月。

 三河平定に向け、義信率いる武田軍が長篠城を出陣するのだった。

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