第36話 もう大丈夫です

 アーヴィン様の指示で、大司教様からハーブ調合者の募集がなされ、多くの人が集まった。


 重症者の治癒を終えたお義母様が、その選定も請け負われていた。


 万が一にも報酬に目がくらんだ偽物が紛れ込まないように、聖女の力で選定されていた。流石ロズイエ王国一の聖女様。


 私がいるテントに出来ていた行列は、次第に他のテントにも割かれ、助っ人が徐々に増えていく様が嬉しかった。


 そして三日三晩、ハーブティーを処方し続け、オスタシス全土の人々に渡ると、まだ癒やしの力を受けていない人々に向けて、儀式が行われることになった。


 ハーブが行き渡ったので、まとめて治癒するためでもあるけど、ティナの存在をきちんと示すためでもある。


 国民が「王家が聖女を独占していた」という思い込みを利用して、ティナは国王陛下によって拘束されていた、ということになった。その陛下はジェム殿下と幽閉が決まり、国の危機に帰国したアーヴィン様が王座につくことも国民に説明されると、国中が安堵に包まれたらしい。


 今回の件でオスタシスは滅亡の危機に陥った。ハーブの重要性が再び国民の間に説かれた。またオスタシスにハーブの活気が戻って来るだろう。


「しかし、あんな派手にする必要あったのか?」


 王都の広場に設置された祭壇は、花で華美に飾り立てられている。


 癒やしの力を全土に広めるために儀式を行うことになったけど、王都中がお祭り騒ぎだ。


「ティナがこれからもこの国で聖女として生きていくためには必要なことだって、アーヴィン様が」

「そうか……」


 私の説明に、オリヴァー様は納得いかない表情で祭壇を見つめていた。


 ジンセン伯も、お取り潰しが決まっていた。


 元々、あまり裕福ではなかったジンセン伯家。お義母様の散財で経営は火の車。


 私の支度金も借金で消えていったらしい。


 でも、ティナが自身の宝石を手放し、王家のために聖女として働いて来た他国からの報酬を領地のために差し出した、とアーヴィン様から聞いた。


 ジンセン伯領はしばらくは王家預かりになり、いつかは他の貴族へ割り当てられるのだろう。


 ティナは教会預かりになった。


 ロズイエに帰ってしまう私にとって、ティナの行く末は気掛かりだったので、安心した。


 考え事をしているうちに、わあっ、と広場に歓声が起こった。


「始まったみたいだな」


 オリヴァー様が祭壇の方へ視線を向けると、聖女の扮装をしたティナが登場していた。


 ふわりと聖女のドレスを翻し、祈りを捧げるティナ。その姿が美しい。


 いつも何かに怯え、焦っているかのようだったティナ。


 今は余裕の表情で、聖女に相応しく美しい表情をしていた。


 良かった。


 私はティナにずっと重たい荷物を背負わしてしまったんじゃないかと心配していた。


 幸せじゃなきゃいけないかのように、幸せを取り繕うティナが心配でたまらなかった。


 今のティナは、吹っ切れた表情をしている。


 ティナの祈りにより、彼女の手から、癒やしの力が振り撒かれる。


 それは綺麗な虹のように。キラキラとオスタシス全体に拡がっていくのが見えた。


 人々の歓喜の声が響き、それはそれは綺麗な儀式だった。


「これで、オスタシスは大丈夫ですよね」

「ああ」


 キラキラとした虹の痕跡を見上げながら呟いた私に、オリヴァー様は肩を抱き寄せて返事をした。


「オリヴァー様、私の我儘に付き合っていただきありがとうございました。私、ロズイエに嫁げて本当に幸せです!」

「エルダーのためなら何だってやるさ。さて、癒やしの聖女の力が振る舞われたのならもう大丈夫だな」

「何をーー?」


 私がオリヴァー様にお礼を言うと、彼はずっと口に当てていた布を取り払う。


 何が大丈夫なのか聞く前に、私の唇は彼の唇によって塞がれてしまった。


「オリヴァー様?! こ、こんな街中で…!」

「ずっと君に触れたかった」


 儀式から離れた場所にいるし、皆ティナの方を見ている。……とは言え。


「は、恥ずかしいです……」


 こんな人が大勢いる所で……。そう思って、顔が真っ赤になる。


 後ろに控えているロジャーが、気配を消していてくれているのがわかって、増々恥ずかしい。


「エルダー、可愛い……」

「もう! オリヴァー様!」


 恥ずかしいと言っているのに、そんな甘い言葉で私を抱き締めるオリヴァー様。


「オスタシスに来て、君に惚れ直して、触れたい衝動を今まで我慢していたのだから、褒めて欲しいくらいだけどな?」


 私に顔を近付けると、オリヴァー様は更に甘い言葉を重ねた。


「君はさっき、ありがとうと言ってくれたけど、俺はお礼よりもこっちが欲しい」


 オリヴァー様はそう言うと、更に顔を近付けて、再び唇を重ねた。


 恥ずかしいって言っているのに、私を見つめるその愛おしそうな顔に、こちらまで蕩けてしまいそうで。


 私は諦めて、その甘いお礼をオリヴァー様に捧げるのだった。

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