第37話 オリヴァー様は魔女の方がお好きなようです

 ティナによる聖女の儀式は成功した。


 重症者だった人たちは後は安静にして体力を戻すだけ。国全土にティナの力が行き渡ったと、各所領から連絡を受けたとアーヴィン様が言っていた。


 そして、国王陛下は既に王城の離れに幽閉され、ジェム殿下は辺境領に幽閉されることが決まった。


 幽閉の護送当日、私たちも立ち会うことになった。


「え…? ジェム殿下?!」


 騎士に挟まれ、馬車に乗り込む直前、私は変わり果てたジェム殿下を見て驚いた。


「病で少しお痩せになられたみたいですが、お姉様がロズイエに行ってからは、今よりも酷い姿だったのよ」


 驚く私に、ティナが辛辣な言葉を吐くので、ぽかんとする。


 あんなにジェム殿下に夢中だったのに。


「あんな姿、百年の恋も冷めるでしょ?」

「ティナ……! お前!!」


 しれっと答えたティナに、ジェム殿下がこちらに気付いて、今にも掴みかかりそうになってやって来た。


 騎士たちに静止されているので、ティナは安全だけど、なおも抑えられながらジェム殿下は叫んだ。


「ティナ!! なぜ僕を先に治さなかった!! お前が僕を優先していれば、こんなことには!!」


 叫ぶ殿下にティナはふう、と息を吐くと、真っ直ぐに彼を見て言った。


「殿下、私にはその力がありませんでした。聖女の力に溺れ、お姉様を他国に追いやり、オスタシスを滅ぼしかけた。その罪を私も貴方も償わなければなりません」

「なっ……」

「私はこれから聖女として、今度こそ、国のために尽くします。あんたたち、王族の金儲けのためじゃなくてね!」

「なんだと?!」


 聖女らしく淡々と話していたティナは、最後は彼女らしく、叫ぶように宣言した。


 その言葉にジェム殿下がカッとなり、顔を赤くしていた。


「聖女・ティナ、王族が私益に走らないことは私が国民に誓おう」


 後ろからアーヴィン様が進み出て、ティナに言った。


「私も国のために尽くしますので……よろしくお願いします」

「くそ! くそ! ツイてない! お前みたいなバカな女! 僕の言うことだけを聞いていれば良いものを! お前みたいな能無し、婚約破棄だ!」


 ティナとアーヴィン様が向かい合って握手をしていると、それを見たジェム殿下が暴言を吐き始めた。


「聖女もまともに出来ないバカ女ーー」


 バシッ!


「私の妹は、立派な聖女です! あなたにバカにされる覚えはありません!!」


 気付けば、私はジェム殿下の前に出て、彼の頬を叩いていた。


「お、お姉様?」


 ティナも叩いてやろうと思っていたのか、驚きでその右手が宙で止まっている。


「それに、殿下とティナの婚約はとっくに破棄されています。あなたとなんて、こっちから願い下げです!!」


 叩かれた頬を手で抑えながら、わたしに言われるままだったジェム殿下は、フルフルと震えていた。


「まさか、エルダーにこんな苛烈な一面があったなんて」


 ぽかんとするティナを尻目に、オリヴァー様がクツクツと笑いながら私の肩を抱き寄せた。


「お前……、オリヴァー王子か?」

「どうも、ジェム王子。もう廃嫡されるので王子ではないのかな?」


 王族同士、見知った顔だったようで、二人は顔を見合わせると直ぐに話しだした。


「お前もそんな『魔女』なんかを娶らなくてはいけなくて災難だったな」


 ふん、と鼻を鳴らし、ジェム殿下がオリヴァー様に嫌味っぽく言った。


「あなたには感謝しなくてはね、ジェム。エルダーと婚約破棄をしてくれてありがとう。おかげで私は最愛の人を手にすることが出来た」

「なっ……? 魔女だぞ……?」


 ジェム殿下にきっぱりとお礼を告げたオリヴァー様に、殿下は困惑しながら言った。


 それでもオリヴァー様は迷いなく、きっぱりとジェム殿下に言った。


「あいにく俺は、『魔女』に惚れているんでね」


 自信たっぷりにジェム殿下を見据えたオリヴァー様に、殿下は口を開けて何も言えなくなってしまった。


 そして騎士に促されて、ジェム殿下は馬車に乗り込んだ。そしてその馬車は、辺境の領地へと出発した。


「あの、オリヴァー様……ありがとうございました」


 馬車を見送りながら、私は肩に置かれたオリヴァー様の手にそっと自分の手を重ねた。


 『魔女』と呼ばれて、悲しいと思うときもあった。その私をオリヴァー様は好きだと言ってくれた。


「俺は本当のことを言っただけだけど?」


 オリヴァー様はそう言うと、私の頭にキスをした。


「オリヴァー様……いちいち甘いです」


 そんなオリヴァー様に私はまた赤くした顔を、両手で覆うのだった。


「ちょっと、そこのバカ夫婦!」


 オリヴァー様がそんな私を後ろから抱き締めていると、ティナがこちらに声をかけてきた。


「ティナ、大丈夫だった?」


 私はオリヴァー様から離れて、ティナに駆け寄った。


「ふん! 私が叩いてやろうと思ったのに、お姉様に先越されちゃったわ!」

「そっか、ごめんね」


 ふん、と横を向いたティナの顔が少し赤い。


「……お姉様でも、怒ることあるんですね……」


 顔をこちらに向けて、ティナはポツリと言った。


「大事な妹をバカにされて黙っていられないでしょ?」

「……そんな所が……」


 ティナに微笑んで返すと、彼女は俯いてしまった。


 あれ、やっぱり嫌われているのかな?


「そんな所が、嫌い?」

「! ち、違……、」


 私がティナにそう問うと、ティナは顔を勢いよく上げて、否定しようとした。


 あれ?


「そ、そういう所が眩しすぎて、私には無くて、勝手にイライラして………! それでもお姉様が私を想ってくれているのがわかって、嬉しいんです……!」

「ティナ……」


 目に涙を浮かべて、ティナは想いを吐き出してくれた。


 初めて聞くティナの心の内に、私も涙ぐんでしまう。


「私にもバカにされてきたくせに、私なんか庇ってバカみたい!!」


 泣きじゃくるティナを、私はそっと抱き締めた。


「ティナは可愛い私の妹だもの。また昔みたいに仲良くしたいな?」

「おねえ、さま……ごめんなさい」


 ティナはしばらく私の胸で泣き続けた。


 オリヴァー様が眉を下げてこちらを見守ってくれていた。その表情はとても優しかった。

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