第34話 アーヴィン様登場です

「アーヴィンっ……、何故ここに……」

「ロズイエの方たちが帰国の手筈を整えてくれたのです」


 驚く陛下にアーヴィン様は説明しながらも、コツコツと歩みを進める。


 第一王子のアーヴィン様は、確か外国に留学されていたはず。


 王太后様が亡くなられてすぐのことだったので、私も数えるほどしかお会いしたことはない。


「大司教」

「準備は整えております」


 アーヴィン様が、隅に控えていた大司教様に声をかけると、彼は前に出て頭を垂れた。


「よし、すぐに重症者から診てもらえるように手配するぞ」


 アーヴィン様は大司教の言葉を聞き、すぐに切り替えて指示を出し始めた。


「エルダー様、お詫びはまた後で。教会にも少しばかりのハーブの蓄えがあります。全て貴方のお店で購入した物です。使ってください」


 アーヴィン様は私に近付くと、頭を下げながら言った。


「待て、アーヴィン! 勝手は許さないぞ! 王族を優先するのだ!」

「国民あってのオスタシスです! それに父上、国がこうなってしまったのは貴方の責任です!」

「何だと……!」

「ここは私が指揮します。父上はお下がりを」

「国王は私ぞ……!」


 処置に急ぐアーヴィン様を引き止め、なおも王族を優先しようとする陛下。


 アーヴィン様が来てくださって良かった!


 王太后様に似た、優しい空気を纏いながらも、毅然とした態度は、まさに上に立つ者として相応しい。


「王太后様譲りの性格の殿下を遠ざけるために、王太后様が他界してすぐに留学と称して国王陛下が他国に出したそうですよ」


 ロジャーがボソリと教えてくれた。


 この国王陛下は、自分に都合の悪いものは全て排除してしまうようだ。なんて愚かなんだろう。


「オスタシスの悲劇とはよく言ったものだな」

「そんなこと言われてたんですか……」


 オリヴァー様の言葉に、そんなことを言われていたのかと目を瞬く。


「国王陛下はそのお役目を直ちに第一王子であるアーヴィン様にお譲りください」

「何だと……?」


 お義母様の言葉に陛下がこちらを睨む。


「それが、ロズイエがオスタシスに手を差し伸べる条件です」


 きっぱりとそう告げると、陛下は何かを言い返そうとして、口を噤んだ。そしてその場に足から崩れ落ちてしまった。


 アーヴィン様の指示で、陛下とジンセン伯のお父様、お義母様は騎士たちに連れて行かれた。


 ティナだけがその場に残された。


「ティナ……」


 拘束された縄を解かれても、ティナはその場に座りこんだまま。


 アーヴィン様は指示するために騎士を連れて王宮の外へ。お義母様とロジャーは、大司教の案内の元、教会へ向かった。オリヴァー様は謁見の間の外で私を待ってくれていた。


 時間が無いのに、私とティナのために二人きりにしてくれたのだ。


「ティナ、大丈夫?」


 座り込むティナに近づき、肩に手をやると、彼女は鋭い眼差しを私に向けた。


「……何しに来たんですか……」

「ティナ……」


 ティナの肩は震えていた。


 捕らえられ、縄で縛られ糾弾され、怖い思いをしたに違いない。


「頑張ったね」

「!」


 私はティナの頭をそっと撫でた。彼女の肩が僅かにびくりとするのを見る。


「私のこと笑いに来たんでしょ」

「助けに来たのよ」

「私はお姉様の助けなんて必要無い!」


 ティナは目を逸すと、全身で私を拒絶した。その身体は震えている。


 強がることでしか立っていられない、私の可愛い妹。


「ティナ、一人で頑張ったね」

「………!!」


 まだ震えるティナの肩を後ろからそっと支えると、彼女が泣いているのがわかった。


「どうして……どうして! いつもお姉様は……!」


 泣き叫ぶように。振り返ったティナは私の胸に飛び込んで来た。


「どうして私なんか……!」

「だって私の可愛い妹だもの」


 泣きじゃくるティナの頭をよしよししながら、彼女を抱きしめる。


「私……私はっ……あなたのことなんて……」

「こんな私をずっと『お姉様』って呼んでくれるティナが可愛くて、嬉しいの」

「……!」


 目に涙をいっぱい溜めながら、私を見上げたティナは、鋭い目つきが、みるみると垂れ下がる。


「お人好し! 偽善者!」

「ええー、私、大切な人にしか優しくないよ?」


 ティナは泣きながらも、私の胸の中でずっと悪態をついていた。


 オスタシスを出る前の、冷えた空気は今は無くて。ただただ、姉に甘える妹のように、ティナの文句は続いた。


「ティナ、このオスタシスを救うためにはあなたの力も必要なの。手を貸してくれる?」


 ティナの文句と涙が止んで、私がそう言えば、彼女は勝気な笑顔で答えた。


「当たり前でしょ! 私は聖女なのよ? 国民はお姉様じゃなくて、私を求めているのよ。私を!」

「ふふ、それでこそティナ」


 ティナの言葉に笑顔で返せば、彼女は照れたような怒った表情になった。


「お姉様は変わらないのね」

「え?」

「何でもない! 時間、ないんでしょ? 行くわよ!」

「うん!」


 ティナが呟いた言葉は聞き取れなかったけど、彼女の表情を見れば、何だか吹っ切れているようだった。


 ティナに急かされ、私たちは謁見の間を後にした。

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