第19話 エルダーとして

 散々泣いた私は、スッキリした。


 まだ胸は痛むけど、初志貫徹! この国で一人生きていけるように、これからも努力するのみ!


 何とか切り替えた私は、お店に戻り、エミリーと打ち合わせを済ませると、『エルダー』の扮装に着替えた。


「そういえば、オリヴァー殿下はお疲れのように見えたけど、忙しい中様子を見に来てくれたのよね?」


 お城に向かう馬車の中。ロジャーにそう問えば、彼は目を丸くさせてこちらを見た。


「ロジャー?」

「まったく……あなたという人は」

「え?」

「何でもないです」


 ロジャーは小さくため息をつくと、困ったように微笑んだ。


 私、何か変なこと言ったかしら?


 切り替えが早くて呆れてる……?


「殿下はここの所、まともに睡眠を取られておりません」

「そんなにお忙しいの……」

「自ら忙しくさせていると言いましょうか……。公務の他に銘産商品の視察、」

「それに、私のお店、よね?」

「……はい。少しでも睡眠を取って欲しいと申し上げると、『眠れないんだ』と」


 オリヴァー様は自身の仕事をこなしつつも、想い人のために未だ無理をしながら頑張っているんだ。


 持ち直した胸が、またツキリと痛む。そんな痛みを何とか奥に追いやり、私はロジャーに笑顔で言った。


「それなら、私の出番ね」


◇◇◇


 夕食はいつも一人だった。


 本当は夫婦で取るものだけど、オリヴァー殿下とは結婚式以来、顔を合わせていない。お互い仕事で時間が合わないというのもあるが、情を持たないように顔を合わせない、とロジャーを介して取り決めたこと。


 そんな一人ぼっちの夕食を済ませ、私は調合室でオリヴァー殿下のために、ハーブのブレンドをしていた。


 眠れないのは、仕事のしすぎで神経が高ぶっているからだろう。短い睡眠時間でも、熟睡して欲しい。


 今日は忙しいのに『サンブカ』にも時間を取ってくれた。


 この国の王子様なのに、いまだ友人として変わらないでくれるオリヴァー殿下を思い出し、胸がじわりと温かくなる。 


「エルダーちゃん?」


 私がハーブのブレンドを終えると、王妃様がひょっこり顔を覗かせた。


「お義母様?!」


 お義母様は護衛を入口で制すると、調合室に入ってきてにっこり笑った。


「オリヴァーのために調合してくれているんですって? ありがとう」


 母親の顔で優しく微笑むお義母様にほんわかとしていると、お義母様は急に話題を変えた。


「そういえば、今王都で話題になっているハーブのお店があるの知ってる?」

「う、噂では……」


 急に自分のお店の話題を振られ、心臓が跳ね上がる。


「オリヴァーがオスタシスからスカウトしてきたらしいの」

「そ、そうみたいですね……」


 急にどうしたのかしら?


 ドギマギしながらも、お義母様に相槌を打っていると、じっと私を見つめるお義母様。


「……無理はしちゃダメよ? 同じ・・聖女として、母親として心配だからね」


 そう言うと、私を見つめていたお義母様は、私の頭に手をやり、そっと撫でてくれた。


「? ありがとうございます……」


 お義母様の意図することがわからず、とりあえずお礼を言うと、お義母様はウインクをして微笑んだ。


「あの子は真っ直ぐすぎるくせに鈍いから、上手くやるのよ」


 意味深な発言を残して、お義母様は部屋を出て行ってしまった。


 ……気付かれてる?!


 まだ決定的なことを言われている訳ではない。


 でも、お義母様のあの言い方は、『サンブカ』が私だと知っているような言い方だった。


 ……聖女だとわかるものなのかしら?


 とにかく、お義母様は『上手くやるのよ』と言ってくれた。少なくとも、私を応援してくれていると取って良いのだろう。


 はあ、ロジャーに相談しよう……


 とりあえずこの問題を後回しにした私は、自室に戻ることにした。


 オリヴァー殿下は執務室から自室に書類を持ち込み、未だ仕事をしている、とロジャーから聞き出した。


私は先程調合したハーブティーを蒸らすと、ロジャーにそれを託した。


 そして部屋に戻り、自ら調合したハーブティーで一息ついていると、ありえない音がした。


 コツコツと音を立て、ドアの向こうから足音が近付き、コンコン、と続き部屋のドアをノックする音。


「エルダー嬢? 起きてますか?」


 ドア越しにオリヴァー殿下の声が聞こえて、どきりとする。


 お互いに顔を合わせない。その約束を守り、オリヴァー殿下がドアを開けることは無かった。


 突然の訪問に驚きつつも、ロジャーに託したハーブティーのことを思い出す。


 慌ててドアに近付き、コンコン、とノックを返す。


「寝る前にすまない。ロジャーからあなたが調合してくれたハーブティーを受け取りました。」

「……………。」


 コンコン、と返事の代わりにドアを叩く。


「美味しかった。ありがとう」

「良かった……」


 オリヴァー殿下の好みは『ロズ』と友人だった私は知っている。彼が飲みやすいように、熟睡用にブレンドしたから、口に合ったことを確認出来て、ホッとして、思わず口にする。


 ………!喋ってしまった!


 ばれてないよね……?


 恐る恐る、ドアの向こうにいるオリヴァー殿下の言葉を待つ。


「……あなたは、ハーブに携われればそれで良いと言いましたが、どうしてそこまで……」


 私の心配をよそに、ぽつりと聞こえてきたのは意外な言葉だった。


 労るような、優しい声。


 その声に促されるように、私もポツリと話し始める。


「……ハーブのブレンドは母が私に教えてくれた大切な物なんです。『エルダー』という名前も母がハーブから付けてくれたんですよ」

「そうなんですか」


 いつの間にかドア越しで私たちは会話を始めていた。


 エルダーとして殿下と言葉を交わすのは初めてといって良いくらいかもしれない。


「どういうハーブなんですか?」

「え?」

「あなたの名前のハーブは……」


 何気なく話したことに、殿下は優しい声で尋ねた。エルダーに、仮初の妻なのに、少しでも歩み寄ろうと、知ろうとしてくれているその姿勢に、胸が温かくなる。


「お守りハーブと言われるハーブの一つで、身体を温めてくれるハーブです」


 私は母がつけてくれたこの名前が気に入っている。だから偽名の『サンブカ』も、このハーブの学術名なのだ。


「まるであなたのようですね」

「!」


 思わぬ言葉に心臓が跳ねる。


 社交辞令だとしても、嬉しい言葉だった。


「こ、このハーブは冬の流行り病に備えるだけじゃなく、打ち勝つハーブとしても万能で……」


 私は嬉しさを隠すように、自分に付けられたハーブの良さを延々と語った。


 殿下は静かに私の話を聞いてくれていた。

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