第18話 約束です
「ここだよ」
オリヴァー様に連れて来られたのは、街から少し離れた薔薇園。
アーチ状の黒い門の奥には、色とりどりの薔薇が咲き誇っている。
「薔薇がこんなに!」
「ここは鑑賞用なんだけど、サンブカ気に入ると思って」
「うん! 連れてきてくれてありがとう!」
オリヴァー様に興奮してお礼を言えば、彼は口に手を当てて俯いてしまった。
「オリヴァー様?」
「! 中に入ろう!」
気付けば繋がれたままの手を引かれて、薔薇園に足を踏み入れる。
近くに寄ると、薔薇の甘い香りが一気に鼻をかすめた。
「幸せ……!!」
「そうか、良かった」
食い入るように薔薇を見つめる私に、オリヴァー様は嬉しそうに言った。
「ハーブとして加工される薔薇は、多くの領で栽培されている。この近くだと、マーク領かな」
「! 希少な薔薇も作る所だね!」
オリヴァー様の話に思わずキラキラした目で見てしまう。
「……いつかサンブカを連れて行くよ」
「本当?!」
「ああ。約束だ」
薔薇を見れる嬉しさに思わず嬉々として答えてしまったけど、社交辞令なんじゃないのかな?そうふと考え直す。
「約束だ、サンブカ」
オリヴァー様は真剣な瞳で私の手を取った。
「う、うん。ありがとう……でも、私、オリヴァー様に充分すぎるくらいしてもらったよ? 私にもう時間なんて割かないで、もっと大切な人に……」
真剣すぎる瞳に耐えきれず、私は何かを話してないと落ち着かず、一気にまくしたてる。
真剣なオリヴァー様の瞳が一瞬、揺れた。
「サンブカ、俺は結婚した……。けど……」
大切な人、を『エルダー』だと私に勘違いされたと思ったのだろう。彼の表情は暗い。
好きな人がいるのに、友人に勘違いされるのは辛いかもしれない。
「オリヴァー様、奥様を愛していないんですね……。 私で協力出来ることがあれば言ってくださいね」
「!」
『エルダー』としては身を引くことしか出来ないけど、平民の『サンブカ』なら出来ることもあるかもしれない。お相手もオスタシスの平民らしいし。
「サンブカ……! 俺は……」
私の言葉にオリヴァー様は泣きそうな表情をしていた。
『エルダー』の存在が彼を苦しめているのだと、胸が痛んだ。
「俺が好きなのは………!」
「オリヴァー殿下」
オリヴァー様が私に何かを伝えようとしていたけど、それはロジャーによって遮られてしまった。
「お前……! どうしてここに……!」
「殿下の行動は把握しております」
ちっ、とオリヴァー様はロジャーに舌打ちをすると、私の手を開放した。
「サンブカ、どうやら時間のようだ」
「はい」
「約束、忘れないで」
「はい」
眉を下げて笑うオリヴァー様に私は何とか笑顔で返事をした。
『俺が好きなのは……』
その続きは?
ーー聞きたくない。オリヴァー様の好きな人なんて、知りたくない。
ロジャーが来てくれて良かった。
私はドキドキする心臓を押さえ、ふうー、と息を吐いた。
「私がサンブカ様を送って行きます」
「……頼む」
オリヴァー様はそう言うと、「またな」と護衛と一緒に薔薇園を後にした。
私は彼の後ろ姿が見えなくなるまでぼんやりと見つめていた。
「エルダー様も戻りましょうか。一旦お店に顔を出しますか?………っ!」
私の方を向いたロジャーが固まる。
私が涙を流していたからだ。
「ご、ごめん……何でもない、から……っ」
心配そうな表情をするロジャーに私は慌てて目を擦る。
ロジャーは私の手を取って、擦るのを止めさせると、そっとハンカチを押し当てた。
「エルダー様……いえ、サンブカ様、率直に聞きます」
「何……?」
ハンカチで涙を拭いながら真剣に問うロジャー。
「あなたはオリヴァー殿下……ロズのことをどう思っていたのですか?」
「!」
本当に率直すぎた。
思わず涙が引っ込んでしまう。
でも、ロジャーの真剣な問いに、私も正直に話すことを決した。
「……最初は良い友人だと思っていたの。思っていた、けど……彼に想う人がいると知って、悲しい」
口にすると、涙か再び溢れてきた。
「さっき、オリヴァー様が想い人のことを友人として打ち明けてくれようとして、嫌だと思ってしまったの……!」
決壊したように涙が次から次にと溢れ出す。私の想いも口にしてしまうと、もう止まらない。
「私、ロズが……! オリヴァー様が、好き……!」
言ってしまうと、感情が溢れ出て、私は子供のように泣いた。
ロジャーは何も言わず、ただ涙を拭いながら、そこにいてくれた。
『エルダー』として彼と仮初の夫婦を過ごした後は、友人の『サンブカ』に戻る。
彼の幸せを願っている。それは嘘じゃない。
でも胸がこんなにも痛む。
オスタシスにいた頃とは比にならない。報われない想いがこんなにも辛いものだと、私は初めて知った。
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