第17話 これは報酬です
「薔薇のお店が沢山! やっぱり自国は違うわね!」
オスタシスには一件しかなかった、薔薇を使った美容品のお店。このロズイエの城下町には区画ごとにその姿を見せた。
『サンブカ』の感覚に戻った私は、すっかりオリヴァー様にいつもの調子で話しかけていた。
「ねえ、ロズーー……オリヴァー様」
うっかり『ロズ』と呼んでしまうけども。
そんな私を温かい目でオリヴァー様は見てくれていた。
「サンブカのおかげだ。ハーブティーに使われているのは知っていたが、この国では愛でることでしか使われていなかった薔薇をこんなふうに活用出来るなんて」
「それは、ロズイエの加工技術が凄いからよ!」
お互い、仕事の話になるとつい白熱してしまう。
それすらも懐かしく感じる私は、嬉しくてはしゃいでしまう。
「入ってみようか」
「いいの?!」
私たちは、オリヴァー様の勧めで、近くにあった薔薇のお店に立ち入った。
ドアを開けると、薔薇の芳香な香りが鼻をかすめた。
「いらっしゃいませ……あ、オリヴァー殿下!!」
店の主人がすぐにこちらに気付いて駆け寄る。
「新作のミストも好評ですよ! 殿下のおかげで薔薇園は潤い、加工技術者も仕事が増え、お店も増えています! 雇用率も上がったとか……! おや、そのお嬢様は?」
オリヴァー様に興奮してまくし立てていた30代くらいの女性は、ようやく後ろにいた私に気付いて、首を傾げた。
「ああ、薔薇の有効活用について助言してくれている、サンブカだ」
「あなたが!!」
オリヴァー様に紹介され、店主にお辞儀をすると、その女性は私の手を掴み、目を輝かせた。
「あなたのおかげで、私もお店を持つことが出来たの!! 多くの女性が綺麗になったと喜んでいるし! 本当にありがとう!」
しっかりと手を握りしめ感謝を伝える店主に、私もお礼を言う。
「お役に立てて良かったです」
こんなにもハーブのことで感謝されるなんて、今日一日で今までのやるせない想いが晴れていく。
「ロズイエは安泰ですね。あ! そうだ、オリヴァー殿下、ご結婚おめでとうございます!」
嬉しそうに話す女性が突然思い出したように、オリヴァー様に祝辞を述べる。
「あ、ああ。ありがとう」
ぎこちないながらも笑顔で応えるオリヴァー様。
オリヴァー様に想い人がいて、奮闘されていることは、平民の間では知られていないらしい。あくまで、王宮内での噂に留まっていると、ロジャーが教えてくれた。ティナが知っていたのも、ジェム殿下伝いにだろうと。
『サンブカ』のお店が軌道に乗れば、オリヴァー様の恋の成就に役立つかしら?
そんなことを考えながらお店を見て回っていると、端っこに少しだけアクセサリーが置いてあった。
薔薇を形どったピンクの小ぶりのブローチ。
可愛い!
「ああ、それは貝に薔薇の染料を付けてみた試作品だ。試しに置いてみているんだ」
「そんなことまで……」
ロズイエの技術に感嘆しながらも、ブローチを見つめる。
「気に入ったのか? なら俺がプレゼントしてーー」
オリヴァー様は頭を掻きながら照れくさそうに言った。けど。
「だめです!! 奥様がいらっしゃるのに、アクセサリーなんて受け取れません!」
私はオリヴァー様にキッパリと断りを入れた。
……奥様は私なんだけど。
そんな突っ込みを心の中でしつつ、オリヴァー様のために変な噂を立ててはいけない、と私はしっかりお断りをした。
オリヴァー様は軽い気持ちで言ったのだろうけど、何がオリヴァー様の望みの邪魔をするかわからないもの。
「あ…、そ……」
オリヴァー様は視線を漂わせ、何か言いたげにこちらを見ていた。
「薔薇の件でサンブカは報酬を断っただろ! その代わりだと思ってくれれば良い!」
「ああ、なるほど」
オリヴァー様は念を押すように力一杯に言うと、薔薇のブローチを差し出した。
私はアイディアを出しただけだし、報酬はお断りしていた。オリヴァー様はずっとそのことを気にされていたのだ。
「ではありがたく頂戴いたします」
突き出されたブローチを受け取ると、オリヴァー様は安堵の表情を見せた。
アクセサリーを受け取ることに変に勘ぐる人がいるかも、と過剰に反応しすぎたのかも。
これは報酬なのだ。
受け取ったブローチをエプロンのポケットにしまうと、オリヴァー様がしゅんとした顔で言った。
「……つけないのか?」
「いやいや、流石にそれはまずくないですか?!」
オリヴァー様に小声で言いつつ、ちらりと店の主人の方を見れば、ニコニコと私たちのやり取りを見守っていた。
「貸して!」
ポケットに入れた手をグイ、とオリヴァー様に引っ張られ、手の中からブローチを引き出される。
「オリヴァー様?」
彼は私の前に立つと、ブローチの留め具を外した。
「じっとしてて」
「は、はいっ」
思わず反射的に直立すれば、オリヴァー様は私のエプロンにブローチの針を通し、留具をカチリとかけてくれた。
「うん、サンブカにぴったりだ」
「可愛いですよ! ハーブを扱うあなたにぴったり!」
オリヴァー様は私を見ると、満足そうに笑った。
店の主人も変な勘ぐりはせず、純粋に褒めてくれた。
私たちは彼女にお礼を言うと、お店を出た。
「うん、可愛い」
「!」
お店を出るなり私を見たオリヴァー様は、そんなことを言ってきた。
私は思わず赤くなって俯いてしまったけど、彼にすぐに手を取られ、歩き出す。
「あ、あの、オリヴァー様!」
私の手を引っ張り前を歩く彼に声をかければ、彼は、少し顔を赤くして、とびっきりの笑顔で振り返った。
「サンブカに見せたい場所があるんだ!」
オリヴァー様の手の温もりとその笑顔にドキドキしながら、私はただ彼についていった。
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