第20話 この味は……(オリヴァー視点)

「殿下、お疲れ様です」


 自室で書類の処理をしていると、ロズが部屋に入ってくるなり、ハーブティーを机の上に差し出した。


「これは……?」


 怪訝な顔でロズを見れば、彼はしれっとした顔で答えた。


「エルダー様が殿下のためにブレンドしたものです」

「エルダー嬢が……」


 差し出されたカップにはレモンイエローのハーブティーが注がれ、ふわりと優しい香りがする。


「殿下が眠れないことを話したら調合してくださいました」

「……お前っ……!」

「何ですか?」

「……!」


 ロズがエルダー嬢に俺が眠れないことを話したと聞いて、余計なことを、と思って睨むと、彼はしれっと返してきた。


 ロズに睡眠をちゃんと取れ、と口煩く言われていた俺は、彼の返しに黙ってしまった。


 ロズも俺を心配してくれているのだ。


 しかし、エルダー嬢に相談するとは。二人はかなり親密なのか?


 しかし、お互いに情を持たないようにするため、離縁までなるべく顔を合わせない、と取り決めをしたのに。


 こんな非情な俺のために調合してくれるなんて、エルダー嬢は優しい心根の女性らしい。


 オスタシスで『魔女』と呼ばれていた所以についてロズに調べさせているが、彼女が貶められたことは間違いなさそうだ。


「殿下、冷めますよ」

「あ、ああ」


 考え事をしていた俺にロズが声をかけてきたので、慌ててカップに口を付ける。


「……美味い……!」

「それは良かったです。エルダー様も喜ばれるでしょう」

「美味い………」

「どうしました?」


 ハーブティーを飲み進め、固まった俺をロズが怪訝そうに見ている。


 この味は………。


 いや、そんなはずはない。


 何度頭の中で否定しようとも、俺の脳裏に浮かび上がったのはサンブカの顔。


 彼女は俺の好みを知り尽くしていた。


 その時の悩みに合わせてかつ、俺好みに見事にハーブを調合してみせる。


 そんな彼女の癖を、味を、俺が間違えるはずもない。


 これは、サンブカの味だ。


「ロズ、これは本当にエルダー嬢がブレンドした物か?」

「? そうですが……何か気になることでも?」

「いや、買ってきた物とかいう可能性は……」

「……! エルダー様に失礼ですよ、殿下! これは確かにエルダー様がブレンドされております。王妃殿下もご覧になっております」

「そ、そうか、すまない」


 ロズに怒られ、慌てて謝ると、ロズは訝しげにこちらを見ていた。


「な、何だ……?」

「殿下、何か気になることでも……?」

「い、いや……」

「エルダー様とお話しされてみてはいかがですか?」

「!」


 考え込む俺を見透かすように、ロズが俺に提案をした。


 もしかして、もしかしなくても。ロズは何か知っているのだろうか。


「いや、しかし……お互いの部屋を超えない約束が……」

「ドア越しでも良いじゃないですか」

「そ、そうか……?」


 エルダー嬢との約束に躊躇しながらも、俺の中にある確信めいた物を明らかにしたい。


 ドア越しなら話をしても……


「ロズ、お前、俺に隠し事してないか?」

「さあ」


 その前にロズに探りを、とストレートに尋ねてみれば、しれっと知らぬ素振りをされてしまった。


 ………これが答えのような気もするが。


 側近といえど、ロズは幼い頃からずっと一緒にいる兄弟のようなもの。お互いの信頼関係は強固だ。


 そのロズが俺に言わないということは……。


「その、ロズ……、前に俺が言ったことだけど……」

「どれのことでしょう?」


 俺の言いたいことを察知しているくせに、ロズは涼しい顔で聞き返してきた。


 ロズには口では敵わないのはわかっている。


「その、エルダー嬢をお前が幸せにしてやれってやつだけど……」


 俺は何であんなことを言ったんだ。


 俺の予感が当たっているならば、とんでもないことを言った。


 自分を殴りたい気持ちでロズに切り出せば、ロズは悪魔のように微笑んだ。


「ああ。そのことでしたら、殿下がお望み・・・・・・でしたら、とお答えしました」


 笑っているのに、笑っていない。灰色の瞳が凍てつくように冷たい。


 俺の側近が怖い。


 俺は、『お前が望むなら力を貸そう』と言った。


 ゴンッ


「殿下?!」


 俺は書類で山積みの机に自身の頭を打ち付けた。


 先程まで表情を凍らせていたロズも流石に慌てて駆け寄ってくる。


「すまないロズ。俺は、お前が望もうが、力を貸してやれそうもない」


 隣に駆け寄ってきたロズに、顔を上げてキッパリと宣言をする。 


「………私は殿下の幸せを第一に願っております。……エルダー様も」


 やれやれ、といった表情で、ロズが眉尻を下げて笑った。


「殿下が好きな相手にはポンコツだということがわかりました」

「ポ……?!」


 好き勝手言ってくれる。……しかし、その通りすぎるので言い返せない。


 その後もロズに、散々に言われた俺は、彼が部屋を出て行ってから、しばらくげんなりとしていた。


 俺は、何をやっているんだか。


 サンブカと初めて出会った時から、俺は彼女の優しさに惹かれた。


 頻繁に会うようになって、仕事に一生懸命な所、ハーブが好きで、ハーブの話になると笑顔で語ってくれる所。


 その笑顔を見るたびに、俺が幸せにしてやりたいと思っていた。


 俺は机の上に置いたカップを手に取り、残り少ないハーブを一気に飲み干すと、立ち上がり、続き部屋に目をやる。


 とにかく、話がしたい。その一心で足が向く。


 コンコン、気付けばドアをノックしていた。


「エルダー嬢? 起きてますか?」

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