第16話1.16 やっぱり楽しいよね

「マモル様」


 誰かが呼ぶ声を聞いてマモルはもぞもぞと体を起こす。すると正座するルミナの姿が目に入って来た。


「おはよう」

「おはようございます」


 ルミナが手をついて頭を下げる。マモルは大きなあくびをしてから問いかけた。


「今何時?」

「はい。間もなく11時でございます」

「そう、か……」


 マモルは頭をぼりぼり掻きながら、寝不足でぼーっとする頭で、何かあった気がするな、と考える。しばらくして。


「あ!」


 昨日、懸命にあるものを作っていたことを思い出した。


「シラユキ様は⁉」

「朝からスカイリザードを3体狩ってこられた後、今はクッキーを召し上がっておられます」

「そうか、スカイリザード3体も狩って来たのか。期待しているってことだよな」

「はい。朝からマモル様はまだ寝ているのかと、しつこく聞かれましたし……」

「そうか。起こしてくれたらよかったのに」

「起こしましょうか、と申し上げたのですが、まだ期限はあるから、と」

「意外と律儀だな」


 ルミナは、こくり、と頷く。それを見ながらマモルは大慌てで着替えを始めた。



「お待たせしました。シラユキ様」


 マモルがシラユキの部屋に行くと、彼女は山盛りのクッキーをバクバクと食べていた。


「おほいのじゃ。まもむ!」

「シラユキ様。飲み込んでからで結構です」

 

 苦笑交じりのマモルの返答を聞いたシラユキはクッキーをゆっくり噛み砕いてから飲み込んだ。

 

「遅いのじゃ。マモル。我はもう対価を用意したのじゃぞ!」

「はい。伺っております。私の方も用意できております」


 にやりと笑みを浮かべるシラユキに対してマモルも笑みを返しながらあるものを渡した。


「これは?」

「遊ぶときに着る水着です」

「水着を着て遊ぶのか?」

「はい。濡れてしまいますから」

「分かった。着替えるのじゃ」


 シラユキは、おもむろにワンピースを脱ぎだす。なんとなくルミナから冷たい視線を感じたマモルは部屋の外で待つことにした。自らも水着に着替えながら。


「水着も知っている感じだったな。ルミナも知らなかったのに……」


 マモルとルミナはシラユキの部屋に来る前に一度、ウォータースライダーの確認に行っていた。その時、ルミナが聞いてきたのだ。裸で遊ぶのか? と。

 そこでマモルが水着のことを説明したのだがルミナは首を傾げるだけだった。


「システムでは作ることが出来た」


 困ったマモルがシステムを探すと食事アイコンの近くに衣服製作の項目があった。その中に水着もあった。日本語版の端末にしか表示されていないようだったが。


「どれだけ長く生きても、異次元の世界である地球の文化を知れるわけないよなぁ」


 シラユキが次元の壁を越えられるなら可能性があるが、それよりも彼女がスカイハイランドと縁があったと考える方が自然だった。そう考えるとシラユキがスカイハイランドのエネルギー源がエーテルであることを知っていても不思議ではなかった。


「年数も合うし」


 創造主が死んだのが1000年近く前、そしてシラユキの母が死んだのも1000年ぐらい前、出来すぎだった。さらに言うと。


「シラユキって、日本人が好みそうな名前だし……」


 マモルは深いため息をつく。そこに。


「よし、速く案内するのじゃ!」


 青い生地で出来たワンピース型水着、いわゆるスクール水着を着たシラユキが現れた。後ろにピンクのビキニ型水着を着たルミナを引き連れて。


「なぜ、ルミナまで」

「ん? 皆で遊んだほうが楽しいじゃろ。ほれ、案内するのじゃ」


 シラユキがマモルの背中を押す。マモルは大きな胸を隠すように歩くルミナをちらちらと見ながら足を進めた。


―――


 時は少し遡り、マモルがシラユキの部屋から出て行ったあと。


「ふむ、こんなものかの」


 シラユキはすぐに着替えを終えていた。


「では、行ってらっしゃいませ」


 シラユキの脱いだワンピースを畳んでいたルミナが声をかける。だが、シラユキは動かなかった。


「あの、シラユキ様?」

「ルミナ、お主も着替えるのじゃ」

「私も、ですか? ですが、ウォータースライダーはシラユキ様のために作られた物ですので……」


 ルミナは俯いてしまう。そこに驚くべき言葉が発せられた。


「ルミナよ、我が来たためにマモルと共におる時間が減って寂しいのじゃろ?」

「え⁉」

「顔に書いてあるぞ。もっと触れ合ってキスしたい――いや、もっと違うことをしたい、かの?」

「えぇ⁉」


 ルミナの顔がみるみる赤くなっていく。シラユキは小さくため息をついてから続けた。


「お主を見ておると、古い友人のことを思い出すのじゃ。共にご主人様に仕えた友人を。その友人もお主と同じじゃった。我も含めて他の誰かがご主人様のそばに居ると遠慮しておったわ」


――アンドロイド族の初代もな


 内心でだけ付け足したシラユキは苦笑いを浮かべる。


「もっとも、女心を分かっておらんマモルも悪いのじゃが、な」

「い、いえ、マモル様は何も悪くは……」


 ルミナは消え入るような声で反論するが――


「よいよい、我のご主人様も同じじゃった。まぁ、そこが魅力だったりもするのじゃが」

「……はい」


 シラユキの言葉にも理解できる部分があったのかルミナは軽く頷く。


「じゃからこそ、水着じゃ。マモルに気付かせるのじゃ。お主の魅力を。さすれば……」

「さすれば?」

「マモルがお主の寝所を訪れるはずじゃ!」

「‼‼‼‼‼‼」


 湯気が出そうなほどルミナの顔が真っ赤になった。

 

「ククク、なるほど。お主、まだ生娘じゃったか。二人しか居らぬ島にいるというのに、聖職者のごとき理性じゃの……」

「……はい」


 ルミナは蚊の鳴くような声で返す。


「それで、お主はどうしたいんじゃ?」


 シラユキは挑発するように聞いた。


―――


「我から行くのじゃ!」


 ウォータースライダーの最上段でマモルを押しのけシラユキは叫んでいた。


「えーっと、説明は不要ですか?」

「滑るだけの遊びに説明は必要ないのじゃ!」

「まぁ、そうですね。シラユキ様が怪我するとは思えませんし」

「そういうことじゃ」

「では」


 どうぞ、とマモルは先を譲る。

 すると長い白髪をまとめたポニーテールを揺らしながらスライダー上部に座ったシラユキはすぐに滑り始めた。


「うひょーーーー、なのじゃーーーーー!」


 じゃぱーーーん!


 歓声と共に着水する音が聞こえる。

 マモルはルミナの方へ顔を向けた。


「先行く?」

「……いえ、どうぞ」


 水着姿を見られるのが恥ずかしいのか大きな胸を両手で隠したルミナが首を横に振る。


――そうされると、余計に胸が強調されるんだけどなぁ


 マモルは内心で苦笑しながら、お先に、とウォータースライダーに座ろうとする。そこに――


「もう一回じゃ!」


 シラユキが戻って来た。


「はっや」

「何をいうか、この程度の距離、我にとってはひとっ飛びじゃ!」


 にやりと笑ったシラユキはマモルを押しのけ滑り始める。


「気に入ったみたいだね」

「はい」


 マモルとルミナはシラユキを温かい目で見ていた。

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