第15話1.15 どうしろって言うんだ

「エーテル、足りておらぬのじゃろ?」

「ど、どうして、そ、そのことを……」


 あたふたするマモルが面白いのか、くくく、とシラユキはひとしきり笑った後で続けた。


「すまん、すまん。我は長生きゆえにの知っておっただけじゃ。で、だ、欲しいのであろ、エーテル、もしくは魔物が持つ魔核」

「……はい」


 しばらく正直に答えていい物か悩んだマモルだったが、嘘をつくこともためらわれた為正直に答える。すると。


「我が用意してやろうか、ん?」


 シラユキはマモルの肩に頭を置いてマモルの顔を見上げてくる。マモルは、しばらくシラユキの顔を凝視した後、恐る恐る口を開いた。


「……対価には何をご希望で」

「くくく、同じじゃ」

「同じ?」

「そうじゃ。甘味然り、温泉然り。我を楽しませてみるのじゃ! さすれば対価としてエーテルを用意してやるのじゃ」


 シラユキは、にやりと笑みを浮かべる。


「分かりました。シラユキ様を楽しませるために全力を尽くします」


 マモルは、そう答えることしかできなかった。



 風呂上り部屋に戻ったマモルはルミナを前にして頭を抱えていた。


「何がいいかなぁ。3日やるって言われたのにサラリーマン時の癖で、1日で考えます! って言っちゃったんだよ。ルミナ何かいい案無い?」

「……」


 マモルの問いかけに普段なら分からないなりに言葉を返してくれるルミナが何も返さない。マモルはルミナの態度に疑問を覚えた。


「えっと、ルミナ。どうしたの?」

「何でもございません」


 つんと唇を尖らせてルミナはそっぽを向く。


――なんでもない顔じゃないだろう。いったい何が……


 マモルは温泉に来てからの出来事を思い出していく。そして一つの結論に達した。


「ルミナ、おいで」

「……」


 返事はないけど近づいてくるルミナの体をマモルはそっと抱きしめる。そして、尖ったままの唇を塞いだ。


――今日はあんまりエーテル結晶作ってないからだな


 マモルはルミナの態度がおかしい原因をキスが足りないからだと考えた。


――大事なスカイハイランドの為だものな


 結晶作成に十分な時間キスをした後、マモルは唇を離す。

 ルミナは一瞬、寂し気な表情を浮かべた後、すぐにエーテル結晶作成を行った。


「出来た?」

「はい」

「ごめんね。遅くなっちゃって。結晶作成時間には気を付けていたつもりだったんだけど……」


 マモルは申し訳なさそうに頭を掻く。

 

「いえ、あの、そういう事ではないのですが、こちらこそ申し訳ございません」


 そんなマモルを見てルミナは慌てて頭を下げる。そして。

 

「それよりも、シラユキ様のご希望にお答えしましょう」


 頭を上げて、ぎこちない笑顔を見せた。


「そうしよう」


 完全に元通りでないにしても笑顔に戻ったルミナを見て安堵したマモルは今後のことを考え出した。



「甘味出してくれた?」

「はい。和菓子を取り繕ってお部屋に届けました」

「ありがとう。スカイリザードだっけ、の核貰ってしまっているから、もてなさない訳にはいかないからね……」


 窓の外を見てマモルは遠い目をする。シラユキへの新しい提案は全く進んでいなかった。


「はぁ~。流石に島の設備で他に楽しそうな物はないな」

「そうですね。私もシステムで調べてみましたが娯楽になるようなものは何も」

「となると、作るしかないな。でも、何を作るか……」

「シラユキ様の嗜好が分かりませんと」


 島の設備を調べた結果、娯楽になるものは見つからなかった。だが、その代わりに設備を作り出すための機能だけは見つけていた。

 今はエーテル不足で活動停止している作業用ロボットを再起動できることが確認されたのだ。

 だから後は作るものを決めればよかった。肝心の作るものが決まらないけど。


――シラユキ様は何を望んでいる……


 マモルは頭を抱えて全力で考える。そんな時、頭を過ぎったのは入社したてのころ言われた『迷ったときは笑顔を思い出せ』という社長の言葉だった。


――シラユキ様の笑顔……


 目を閉じて、さっき出会ったばかりであるシラユキの言動を思い返す。最も印象的だったのは。


――風呂場で洗われている時の笑み……じゃない! あの、スカイリザードの頭を滑った後の笑顔だ!


 上手に着地を決めてVサインを出して喜ぶシラユキの笑顔を思い出したマモルは方針を決める。それは。


「滑り台を作ろう!」


 だった。



「滑り台ですか?」

「知らないみたいだね。この世界には遊具――子供が遊ぶ道具はないのかな?」

「分かりません」

「なるほど。それならば、一層作る価値がありそうだ」


 マモルはにやりと笑みを浮かべルミナを抱き寄せる。


「さぁ、作業用ロボット達を起こすためのエーテルを補給しよう」


 言い置いたマモルは同じ轍は踏まないとばかりにルミナの口を塞いだ。



 キスを終えたマモルはエーテル補給と作業用ロボットの起動をルミナに任せて、シラユキの元へと訪れていた。


「もぐもぐ、なんじゃ、マモル。次の準備は出来たか?」

「いえ、そのためにシラユキ様に一つお聞きしたいと思いまして」


 饅頭を口に放り込んだシラユキが首を縦に振る。態度でマモルに、言ってみろ、と告げていた。


「シラユキ様は、滑り台、いや、遊ぶための道具である遊具というものをご存じですか?」

「遊具、とな。チャトなんとかとか言うたかの? 盤と駒で遊ぶ道具なら知っておるのじゃが」

「なるほど。ボードゲームですね。そういう物では無く――外で遊ぶための道具はご存じないですか」

「ほぅ、外で遊ぶ道具とな。うぅーん、知らんのぅ」


 首を傾げるシラユキを見てマモルは口元を緩める。そして。


「では、今しばらくお待ちください」


 頭を下げてから意気揚々と部屋を出て行った。


「くくく、あの異世界人、何やら思いついたようじゃの。楽しみじゃ」


 にやりと笑ったシラユキのつぶやきに気付くことなく。


―――


「こいつらが作業用ロボットか、アニメと違って本当にロボットだな」


 マモルは意外そうにつぶやいた。

 天空の城にあるロボットと言えばマモルには、あの背が高くて、かつ、手の長い奴しか思い浮かばななかった。

 だが実際に出てきたのは全長1m程しかなく、しかも、鉄のブロックで全身を構成した、いかにもなロボットだった。

 そんなロボットがどこからともなく列をなして歩いて来てマモルの前に整列していた。

 

「えーっと、これで全部ってことは、すぐに動けたのは10体か」

「はい。他の機体は整備不良のため動けないようです。何体か整備に回せば明日には倍は動けるみたいですが」

「いや、やめておこう。今は、なによりも遊具を作りたい」


 マモルの決定にルミナは頷きで返す。マモルは、改めてロボット達を見渡して命令を下した。


「じゃ、設計図通りによろしく」

「ガッテンショウチノスケ」


 ズッコケそうなマモルの前からロボット達はわらわらと動き始める。


「こいつら本当に大丈夫なのか?」

「えぇーと、母様からは役に立ったと聞いておりますが……」


 マモルとルミナは顔を見合わせた。



 ロボット達が最初に向かったのは源泉を取り出している設備だった。

 

「あの、マモル様?」

「なに、ルミナ。もうエーテル結晶作れそう?」

「いえ、そうではなくて、滑り台を作るのにどうしてお湯が必要なのかと……」

「なるほど。そういえば、説明してなかったね。今回作るものを――」


 マモルはスマホを操作して設計図を映し出す。その図面は海外のとあるレジャーランドに設置される予定だったウォータースライダーを島の地形に合わせたものだった。


「えっと、水を流して滑る遊具ということでしょうか?」

「そうなんだ。普通の滑り台でも良かったんだけど、それだとシラユキ様、すぐに飽きて、『次!』とか叫びそうだしね」

「仰ってる姿が目に浮かびます」


 叫んでいるシラユキの姿を想像したルミナがくすくす笑う。マモルも苦笑を返した。




 夜、作業は順調に進んでいた。たまに『図面、間違ッテンジャネェカ』と頭の部分に鉢巻を巻いたロボットに指摘されることもあったが、その場合は地面を掘削するか盛り上げるかするだけで対応可能だった。


 作業の間、シラユキには、のんびりしていてもらった。

 マモルとしては『まだ出来んのか⁉』とごねられるのを覚悟していたのだが、『寝るのじゃ。出来たら起こせ』と言って布団に潜り込んだので一安心だった。

 

――晩御飯にスカイリザードのすき焼きを出したのが良かったのかもしれない


 マモルは『美味いのじゃ~』と叫びながら夕食にがっつくシラユキを思い出しながら一人頷く。そこに旅館に戻っていたはずのルミナが姿を現した。


「夕食が出来ました」

「ありがとう。戻って食べようか。っとその前に」


 マモルはルミナを抱き寄せて口づけをする。その後は二人で手を繋いで旅館の食道へと向かった。


「作業はまだかかりますか?」

「もうちょっとかかると思うから、先に寝ていていいよ」


 ルミナと二人でスカイリザードのすき焼きをつつきながら話す。


「分かりました。私は一階の角部屋で休ませていただきます。マモル様の隣の部屋です。何かあればお知らせください」

「うん、ゆっくり温泉入って休んでね。明日にはシラユキ様をあっと言わせる凄っごいの出来ているから」

「はい……」


 子供のように語るマモルへルミナが短く返事をする。

 その様子に。


――あれ、また様子が変だけど?


 ルミナの変化を気にしながらもマモルは、おやすみ、のキスだけして呼びに来たロボットと共に食堂から出て行った。



 おやすみのキスで得たアストラルをエーテル結晶に変換した後でルミナは温泉に来ていた。


「マモル様……今日は10個だけしかエーテル結晶を作れませんでした」


 唇を押さえてルミナはため息をつく。彼女は久しぶりの感情に戸惑っていた。


「こんな気持ちになるなんていつ以来でしょう」


 十数年前、島に残されたとき。

 十年前、他のアンドロイド族が眠りについたとき。

 遠い遠い昔のことを思い出して再びため息をつく。

 

――シラユキ様が来られたことは、島にとって良いこと、です


 システムが危険生物の来訪を告げた時に驚きはしたものの、マモルとの交渉後は楽しそうに過ごすシラユキを、スカイハイランドに人が増えたことを、ルミナは好意的に受け止めていた。

 だけど。


「お風呂でもベッドでも――ずっとお側にいたいですマモル様……」


 ルミナは顔半分を湯につけてつぶやく。だが、その声は、ただお湯の中に溶けていった。

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