第13話1.13 おもてなししてみる3
「温泉は、いかがでしょう?」
マモルはハチミツたっぷりパウンドケーキを持って行ったタイミングでシラユキに話しかけた。
「もぐもぐ、む! 味が違うの。今度はハチミツか! もぐもぐ、美味い!」
パウンドケーキに夢中でマモルの話を聞いていないのか、シラユキは返事をしない。
マモルは苦笑を浮かべつつも待つことにした。折角、機嫌よく食べているのに邪魔をしたくなかったから。
「ふぅ~。美味かったのじゃ」
大人でもちょっと食べきるのが大変な量である二本のパウンドケーキをぺろりと食べきったシラユキが食後のお茶をすする。
マモルは再び口を開こうとしたが一旦閉じた。先にシラユキの声が聞こえてきたので。
「温泉の準備は出来たかの?」
「え? 今からですが――聞いておられたのですか」
「うむ、もちろんじゃ」
「そ、そうでしたか。すぐに準備に入ります」
「なんじゃ、まだじゃったのか」
シラユキはつまらなさそうに頬杖をつく。
マモルはハラハラとした様子で覗いているルミナに後ろ手でOKサインを送ってからシラユキに笑いかけた。
「シラユキ様は、温泉お好きなのですか?」
「もちろんじゃ!」
ぱっと目を輝かせたシラユキが懐かしそうにつぶやいた。
「温泉は良い。子供のころを思い出す。よくご主人様に洗ってもらったものじゃ……」
「ご主人様、ですか。お母様とかではなく?」
「あ……うむ、我が母は我が入った卵を産んで力尽きたそうじゃ。よって母の顔は知らぬのじゃ」
「し、失礼しました」
「ふ、よいよい。1000年も古い前の話じゃ」
一瞬、怪訝な顔をしたシラユキだったが、言い終えてからからと笑う姿を見てマモルは胸をなでおろす。そこにルミナが近寄って来た。
「温泉設備の起動を確認しました。概ね問題無いようです」
「そうか。良かった……」
壊れてなくて、とマモルは再び胸をなでおろす。シラユキに提案しておいて、お湯が出ないでは話にならなかった。
――まぁ、湯気が昇っているのだけは、タワーの上から確認できていたから、最悪、源泉近くに穴掘って浴槽作れば、と思っていたけど
などと考えながら。
「シラユキ様。準備が出来ました。参りましょう」
マモルはシラユキを促した。
創造主の館を出たマモルは驚き半分、呆れ半分で目の前にある物を見ていた。それは自衛隊が使うような自動車だった。だが無駄なものが付いた。
「車、あったんだ。しかも猫耳付き……」
これが呆れの原因だった。だが、見慣れているのかルミナはまったく気にしていなかった。
「マモル様、御存じなかったのですか? 設備リストにも記載されていると思いますが?」
「いや、完全に見逃していた。空飛ぶ島とか、治療用ポットとか、宙に浮かぶパネルとか超科学的な物ばかり気になっていて……」
――そうだよな。それだけの科学力があれば車ぐらい作れるよな
むしろ本物の猫のバスでなくて良かった、とマモルは首を横に振る。
そうしていると、シラユキが不思議そうに聞いてきた。
「なんじゃマモルとやら、我を楽しませるとか言いながら島のことを知らんのか? 本当に大丈夫なのじゃろうな?」
「ははは、もちろんです。少し、ど忘れしていただけです。はい、乗ってください」
笑ってごまかしながらシラユキの背中を押して車へと押し込む。
シラユキは押し込まれながらも、怪しさ全開のマモルを胡乱な目で見ていた。
運転席にはマモルが座った。ルミナも運転経験あるそうなのだが、遠い昔の話で自信が無いようだったので。
おかげで。
「始動ボタンは?」
「こちらです」
「ああ、ギアはこれで、アクセルはこれ?」
「はい。ブレーキはアクセルの横です」
ルミナから車の説明を聞く羽目になった。
「お主……本当に大丈夫なのじゃろうな。木に衝突など我は嫌じゃぞ。まぁ、我の体には傷一つ付かんがの」
後部座席でジト目を向けてくるシラユキにマモルは笑顔で返した。
「大丈夫です。初めての車種なので手順を聞いただけです。運転自体は慣れておりますから」
嘘は言っていなかった。地球では、どこの国に行っても、どんな車でも自分で運転していたから。
そんなこんなで、三人を乗せた車は温泉へ向けて走りだす。屋敷前の森の中の道を抜けた後、道は湖畔沿いを進みだした。
「オウリュウ湖だったな。近くに来るのは初めてだな」
「すみません。エーテル節約のためとはいえ島の案内すらしませんで……」
「いやいや、構わないよ。調べることは沢山あったから退屈してないし」
申し訳なさそうな表情で肩を落とすルミナの肩をマモルは抱き寄せる。後ろにシラユキがいることなど忘れているかのようだった。
そんな中。
「何百年経っても変わらんのぅ……」
後部座席でぽつりと漏れるつぶやき。
「ん?」
マモルは、一瞬意識を向けながらも。
「風が気持ちいいです」
と笑顔を向けてくるルミナに気を取られた結果、シラユキの言葉などすぐに忘却の彼方へと行ってしまっていた。
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