第12話1.12 おもてなししてみる2

 下で待っておる、とだけ言って消えた白竜を探すため、マモルとルミナは大慌てで階段を下りた。


「白竜どこ行ったんだ?」

「分かりません。竜族って瞬間移動できるのでしょうか?」

「いや、俺に聞かれても……」


 展望台のエレベーターに飛び乗り一階に着くまでの間、二人して考え込むがやはり答えは出ない。

 やがて、到着したスカイタワー一階から飛び出した先に見えたのは、巨大な翼竜の体とその頭の上にちょこんと座る白いワンピースを着た白髪の幼女だった。


「遅かったの」

「誰?」

「誰とは失礼な。さっき話したじゃろ?」


 マモルの不躾な言葉に不機嫌そうな表情を浮かべた幼女は、翼竜の頭の上から眉間へ向けて体を滑らし始める。

 そして、鼻先から飛び出してマモル達の前に二本の足で上手に着地した。


「ブイ!」


 着地がきれいに決まったのが嬉しかったのか満面の笑みを浮かべた幼女が右手を突き出してピースサインを送ってくる。

 マモルたちは驚きつつも拍手で返した。



「……白竜様ですね」

「にひひ、そうじゃ、さっきの竜じゃ。名をシラユキと言うのじゃ」


 にかっと笑みを見せる幼女ことシラユキ。その表情は自分に驚くマモルとルミナの姿を見て楽しんでいるようであった。

 そんな無邪気な笑みをほんの間見惚れていたマモルだったが後ろにルミナがいることを思い出し慌てて次の言葉を口にした。


「それで、シラユキ様。そちらの翼竜は?」

「翼竜? ああ、スカイリザードのことじゃな。こんなトカゲを竜などと呼ぶでないのじゃ! ……まぁよい、美味いものを食べさせてくれるのじゃろ。その対価じゃ」


 一瞬、鋭い目つきをした後、まるで猫が捕まえた鼠を自慢するかのような表情でシラユキは翼竜ことスカイリザードを見上げる。


「そ、それは、ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 慌てて頭を下げるマモルに少し遅れてルミナが続いた。




 シラユキの食事はマモルがいつも使っている食堂で提供することにした。人と同じ体形になれるなら、机や椅子のある室内の方がいいだろうと考えて。

 だが、それでも一つ問題があった。それは。


「シラユキ様。食事の量はいかほど必要でしょうか?」


 食べる量は幼女の小さな体か竜の巨体か、どちらに合わせる必要があるかということだった。


「ん? お主らが食べるのと同じで良いのじゃ。我らにとって食事とは嗜好の一つに過ぎぬのじゃからの」

「分かりました。では、しばらくお待ちください」


 頭を下げてマモルは奥の部屋へと入る。そこで悩み始めた――メニューをどうするか。


「スカイリザードの焼肉、は駄目だな。美味いと思うけど、いつも食べているみたいだし」

「そうすると、焼き魚も除外と考えてよいですね」

「うん。肉と魚は外そうか」

「では野菜ですか?」

「野菜か……竜が好むかなぁ?」

「確かにイメージ無いですね……それでしたら、甘いものなどは?」

「なるほど! 嗜好の一つだって言っていたものな」


 パン! と手を打つマモルには思うところがあった。甘いもの好きに違いない、という確信が。


 マモルはスマホを取り出し思い付いたメニューを探す。そして、オーダーしたのは。


「メイプルシロップをふんだんに使ったパウンドケーキでございます」


 天然の甘味たっぷりのケーキだった。


「おおー、いい香りじゃ。いただきまーす」


 小さな両手を合わせてからシラユキはナイフとフォークで上手にケーキを切り取り口に含む。

 その反応は。


「もぐもぐ、うまいのじゃ。うーん、この甘味。たまらん。もぐもぐ」


 上々だった。

 シラユキがパウンドケーキをがっつく様子を見てマモルは内心で胸をなでおろし、奥の部屋から覗いているルミナへ向けて親指を立てた。



「お気に召しましたか」

「うむうむ、お気に召したのじゃ。モグモグ。しかしお主、良く我の好みがわかったの。モグモグ」


 お茶を持って来たマモルの問いかけにシラユキは食べながら返す。マモルは種明かしをすることにした。


「たまたまでございます。たまたま、シラユキ様の歯にモミジの葉が付いていることに気が付いただけでございます。あと、樹液に似た甘い香りと」

「なるほどなのじゃ。主は意外と肝が太いようじゃの。我に睨まれた状態で、そんな細かいところまで見ておるとは。モグモグ」


 一旦、話を止めてシラユキはパウンドケーキを口へ放り込む。そして。


「くくく、気に入ったのじゃ。我をもっと楽しませてくれ。よいな。モグモグ」


 シラユキは更なる要求を口にした。




 マモルとルミナは食堂の奥の部屋で悩んでいた。

 

「もっと楽しませろって言われても、なぁ」

「私にも竜の好みは分かりません」


 頷きあう二人。そこに。


「お替わり、じゃ!」


 大きな声が聞こえた。


「ただいま準備します」


 ルミナは、すぐに操作パネルを出して同じパウンドケーキを選択しようとする。

 マモルは、その手を止めさせた。


「全く同じではなく、今度はハチミツ味のパウンドケーキにしよう。あの様子ならハチミツもきっと好きだから」

「は、はい」


 ルミナが、ピ! と操作パネルでハチミツたっぷりパウンドケーキを選択するのを見ながらマモルは一つの案を思い付いた。


「温泉はどうだ?」

「温泉ですか? 竜が好むかどうかは……」

「確かに竜の好みは分からない。でも、動物なら本能的に体をきれいにしたいはずだ。汚いままだと病気になるリスクが上がって生存率が下がるからな」


 象でも水浴びして体を洗うんだから、とマモルは地球の生物を思い出す。すると。


「納得いたしました。知性があるのですから、より可能性はありますね」


 ルミナは大きく頷いた。

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