第7話1.7 もう人間でよくないか?
「えーっとつまり、人工生命であるアンドロイド族が、このスカイハイランド島を守ってきたと」
「はい、そうです」
「だけど、エーテルが足りなくなって地上に探しに行っている間に制御不能になって世界の空を彷徨っていると」
「その通りです。まだ子供だった私は島を管理する数名と残ったのです。その数名も、私以外はエーテル使用量を制限する為に眠っておりますが」
「それで、一人で何年も生きてきたのか……辛かっただろうに」
「いえ、いえ、信じておりましたから。きっと救世主様が助けに来てくれると」
キラキラした目で見つめられるマモルは苦笑いを浮かべる。
「ルミナ、救世主は勘弁して。俺ってただの人だから。どっちかっていうと能力足りなくて仕事を貯め込むような程度の低い」
「マモル様! 決してそのようなことはございません。マモル様の中には、膨大な量のアストラルがございます」
「はぁー、アストラルね……よく分からん」
深いため息をつくマモルは、ルミナの説明を思い出していた。
――アンドロイド族は本来生命が持つはずのアストラル体という精神体の代わりにエーテルで作った疑似精神体を持っている、だっけ
――で、その関係でアンドロイド族は、人間の分泌物に含まれるアストラルをエーテル結晶に作り替えられる
――つまり、ルミナはキスをして俺の唾液を取り込んだら、エーテル結晶を作ったり、エーテル砲っていうレーザーみたいなのを発射したりできるって……
「それってつまりは、エネルギー補給のためにキスをしまくれってことか……はぁーーーーー」
考えをまとめたマモルはますます深いため息をつく。
そこに、恐々した声が届いた。
「ま、マモル様。私と、その、キス、するのはお嫌でしょうか? 人工生命である私と……」
項垂れていたマモルはルミナの方へ顔を上げる。
スカートをギュっと握りしめたルミナは今にも泣きだしそうな表情を浮かべていた。
「違うよ。何言っているの。ルミナが人工生命かどうかなんて気にしてないよ。一番の問題は、年齢差だよ」
「年齢差、ですか?」
「そうだよ。40歳近い俺とルミナでは年が離れすぎているだろ?」
「そ、そうですか。確かに17歳の小娘である私ではマモル様には合わないですよね」
ルミナは、ますます泣きそうな声を上げる。
「違うよ。逆だよ逆。若くて綺麗な娘さんに俺みたいなくたびれたおっさんがキスしまくるなんて――日本なら警察に捕まる事案だよ」
「綺麗な娘さん……」
マモルが首を横に振りながら発した言葉にルミナは顔を赤らめる。マモルは復唱された言葉が恥ずかしくなり、そっぽを向いていた。
ルミナがおずおずと声をかける。
「……あの、マモル様。それはつまり、問題ないということではないでしょうか?」
「いや、でも――」
「マモル様。この島にはそのようなことを気にする人はいません。それに、マモル様はとても、その、『くたびれたおじさん』には見えません。私と同じ年だと言われても分かりませんよ」
ルミナが操作パネルをそっと触る。すると外を映していた映像が切り替わり壁一面に一人の青年の姿が映った。
「うぉ! 誰――って俺、なのか?」
「はい。他には誰もおりません。どうですか、これでも年齢差を気になさいますか?」
「ってか、これってハタチぐらいにしか見えない……若返った?」
モニターを見ながらマモルは首を傾げる。するとモニターの中のマモルも首を傾げた。
その様子を見てルミナが、くすくす、と笑い声をあげる。そして顔を近づけてきた。
「マモル様。恐らくですが膨大な量のアストラルがマモル様の肉体に影響を与えたのかと。創造主様も長寿だったと聞いております……では、キス、してもよろしいでしょうか?」
鼻先が当たりそうな距離でのお誘いにマモルは、しばらくためらった後で腹を決めた。
「ルミナ。よく聞いてくれ」
「はい」
突然、真剣な目を向けたマモルにルミナも笑みを引っ込める。真面目に聞く気になったことを確認したマモルは続けた。
「俺は普通の人間だ。特別なことは何もない。アストラルの量も多分、日本人なら皆、多いに違いない。みんな毎日、神経擦り減らせて、いや神経鍛えながら生きているからね。って何が言いたいかっていうと、普通の俺にアンドロイド族全員や、このスカイハイランド島を救うなんて約束は――出来ない」
ルミナが寂しそうな表情で顔を逸らす。マモルは最後まで聞いて欲しいとルミナの顔を手で押し戻してから更に続けた。
「でも、でもだ。出来ることはしたいと思う。ルミナのために」
「私の⁉」
「ああ、ルミナのためだ。正直に言おう。今、ルミナに迫られて、違う、頼られて、めっちゃ嬉しい」
マモルの言い間違いがおかしかったのか、くすりとルミナが笑う。
「ああ、もう。何が言いたいかっていうと、これからするキスはエーテル結晶を作るためじゃなく、ルミナっていう可愛い女の子が好きだからしたいということなんだ。ルミナは、どう?」
ルミナが笑顔から真剣な顔へ戻る。そして。
「嬉しいです!」
それだけ言ってマモルの口を塞いだ。
チュパ、チュパと口元から発せられる音を他人事のように聞きながらマモルは考えていた。
――泣いたり笑ったり落ち込んだり恥ずかしがったり、やたらと大胆だったり、人間と何が違うって言うんだろ
人工生命だから、という言葉に差別的な意味をマモルは感じていた。
――現地人は気にするってことだろうな。けど、意思疎通も出来る、子供を産んで育てることも出来るという話だ。普通の動物と何が違うのだろう?
――創造主って日本人なんだよな。アニメ好きの。……いったい何を考えてアンドロイド族を作ったんだろう。調べる必要があるな
そこまで考えてマモルは気づいた。ルミナが寂し気に唇を尖らせていることに。
――こんなかわいくて良い子、好きになるなら簡単だけど、差別するなんて俺には不可能だ
マモルはルミナの頭を引き寄せ、お詫びとばかりにルミナを責めたてた。
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