第6話1.6 仕事の続きはしなくてよさそうです


 食後は部屋を移動することになった。ルミナが話だけでなく実際に見た方が理解しやすいと言い出したためだ。


「こちらです」


 階段を下りて外に出る扉とは反対方向へとルミナは足を進める。だが、その先は何もない壁だった。


「こっちなの?」

「はい。今、開けます」


 ルミナがカチューシャを触ると現れる操作パネル。そのパネルにすっと指を這わすと――


 音もなく壁の一部が動いた。


「壁にしか見えなかったのに、扉があったのか。しかも自動ドア」

「すみません、関係者以外立ち入り禁止でしたので……こちらです」


 驚いていたマモルだったがルミナの促しに従い足を進める。しばらく進んだ先には、建物――貴族風の屋敷に似つかわしくないシンプルな作業事務所風の扉があった。


「この部屋です」


 また、ルミナが操作パネルに指を這わす。すると、ピンポン! と機械音がした。


「開錠しました。どうぞ」


 ルミナが明けた扉の中へマモルは入る。

 見えてきたのは机の上に置かれた実在する複数のモニターと事務的な椅子、まるでビルの警備室のようだった。

 マモルは促されるままに椅子に座る。すると目の前のモニターが光を発して何かを映し出した。


「えーっと、『危険、エーテル残量、1%未満。至急避難してください?』」


 マモルは点滅を繰り返す赤い文字をなんとなく口に出してみる。

 気付けばルミナはボロボロと涙を流していた。


「や、やはり! 救世主様‼‼」

「え? な、なに? 読んだだけだけど??」

「はい、マモル様は、この文字が読めるのですね」

「は? 読めるよ。日本語だし……ってもしかして?」

「はい、はい、そうなのです。私、いや私達には読めないのです」

「でも日本語、話していたよね」

「はい。言葉は辛うじて伝わっています。ですが、文字のほとんどは……」


 マモルは眉をひそめるしか出来なかった。


――文字が読めないって日本語訳の辞書はないのか?


 自分の怪我を一晩で治した部分は完全に信用したわけではないが、宙に浮かぶ管理パネルや自動で料理が出てくるところを見て高い科学力がある事は理解していた。

 それなのに辞書がない。


――いくら島国でも、飛行機で来られるだろ?


 マモルは、そこまで考えてある言葉を思い出した。


『モウ、一人ハ、絶対、イヤ』


 ルミナに逃げろ、と言った時返してきた言葉だった。

 

――どういう意味だ? これだけの屋敷に住んでいて……


 そこまで考えて思い出した。ルミナ以外、誰にも出会わなくて奇妙に思っていたことを。

 何が起こっているか理解できないマモルは、引きつった顔で泣いているルミナを見つめる。そして問いただした。

 

「ルミナさん、教えてくれ。ここは、どこなんだ? 何で、ルミナさんしかいないんだ⁉」

「マモル様。落ち着いて聞いてください。あなたにとってここは――異次元の世界です」

「異次元の世界……」


 マモルは返って来た言葉を噛みしめるようにつぶやく。ルミナはゆっくりと続けた。

 

「はい。ここは、チキュウではございません。異次元の世界『タランテイウム』なのです」

「地球じゃないのか……」

「信じられませんか?」

「そう、だな。早々には。だが、翼竜とか、ルミナが放った光とか、怪我が治ったこと、地球では説明がつかない。あと、言うなら最初の不時着もか、陸地が近すぎだ。あの時、既に次元を超えていたってのなら説明がつく」


 マモルの言葉に頷いていたルミナは操作パネルへ手を伸ばす。すると壁一面が光りだした。


「でしたらマモル様、こちらをご覧ください。これがこの島の全景です」


 壁一面がモニターのようだった。雪をかぶった独立峰、不時着した森、そして白亜の城、マモルが上空から見たものが映し出されていた。


「なるほど。空で見た風景だ」


 自分を納得させるためにも風景に齟齬がないか隅々まで確認したマモルは大きく頷く。

 すると画面が動き出した。


「このカメラは、城の横に立つ塔にございます。今、反対側を映します」


 流れていく風景を見ていたマモルは、だんだんと顔をしかめ始めた。


「ルミナさん、これ本当なの? あり得るの、こんなこと……」

「はい。マモル様。本当でございます。後で実際に見に行っても構いません。島の周りは全て――空です」


 そう、陸地部分が途切れた先は海ではなく――延々と空が続いていた。


「ものすごく標高が高い台地ってわけではないんだよな……」

「はい。このスカイハイランドは、陸地とは繋がっていません。空高くを飛んでいます」

「ラピ〇タかよ……」

「! はい。創造主様はそのラ〇ュタを目指してスカイハイランド島を作られたと伝わっております」


 ルミナがラピ〇タを知っていることに驚いたマモルだったが、下のモニターで変わらず点滅している『危険! エーテル残量、1%未満』という日本語を見て納得した。


「その創造主様ってのは日本人か……」


 

 想像を超えた話に脳みそがパンク状態のマモルは力なく椅子にもたれかかっていた。


「お茶をどうぞ」


 ルミナが、茶菓子付きのトレイを持ってきてくれる。マモルは、ありがとう、と礼を言って口を潤した。


「その創造主様ってのは、どこ行ったんだ? 地球へ帰ったのか?」

「……亡くなった、と伝えられております」

「ふーん、亡くなったのか。ごめんね、言い辛いこと聞いちゃって」

「いえ、大丈夫です。1000年も前の話ですから」

「はい? え、だって、ラピ〇タ知ってるんでしょ? 1000年って、え?」


 映画放映から数十年は経っていることは確実だが、流石に100年は経っていない。それなのに、1000年前に亡くなったと聞かされてマモルは驚く。だが。


――まぁ、異次元の世界だもんな。時間軸がずれることもあるか


 すぐに納得して流した。それよりも、聞きたいことがあった。


「その、創造主様ってのは、帰りたいと思わなかったのかな?」

「はい⁉」

「いや、日本にさ。これだけの島を作り出す技術力があったんだろ。元の世界に帰る装置も作ったりしてないのかなって――」


 一応聞いておこうかな。マモルにとってはその程度の感覚での質問だった。だが聞かれたルミナはというと、捨てられた子犬のように震えだしていた。


「ど、どうしたの、ルミナさん。体調悪いの?」

「い、いえ、大丈夫でございます。そ、それより、マモル様、お聞かせください。もし、もしも、そのような装置があったとして――マモル様は帰りたいですか」


 絞り出すようなルミナの声を聞いてマモルは失敗を認識した。


――そうだった。俺が帰るとルミナさん一人になるんだった


「いや、俺は帰りたくないなぁ~。この島住み心地よさそうだし~」

「本当でございますか? チキュウで待っている、御両親や、す、好きな女の人などがいるのではないのですか?」

「いない、いないよ。両親共に数年前に亡くなったし、好きな人なんて、昔はいたけど、海外出張ばかりで会えないうちに気が付いたら他の男と結婚して子供まで作っていたし――」


 マモルは言っていて辛くなってきた。


「結局俺が地球に帰っても待っているのは仕事だけで、その仕事しても社長が喜ぶだけだ……」


 マモルはがっくりと肩を落とす。対するルミナの顔は希望に満ち溢れていた。


「で、でしたら……」

「ああ、帰りたいわけじゃない。でも、手段があるなら仕事は片付けないといけないかな、とちょっと思っただけだよ」

「そうですか。それなら問題ありません。伝え聞く限りチキュウに行く手段は、ございませんから」

「通信も?」

「もちろんでございます」

「……ってことは、もうあの溜まった仕事しなくてもいい⁉」

「はい!」


 ルミナが席から立ち上がってまで満面の笑みで答える。マモルもつられるように立ち上がり――


「きゃ!」


 ルミナに抱き着いていた。


「あ、ごめん」


 悲鳴を聞いて冷静さを取り戻したマモルは離れようとする、が出来なかった。逆にルミナが抱き着いて来たために。


「ル、ルミナさん⁉」

「マモル様。ルミナ、とお呼びください」

「なんでまた、まぁ、呼び方は分かったよ。それより離してくれない?」

「キス、して下さったら離れます」

「ええ、またキスなの? 昨日も思ったけど、なんでキスが必要なの? 教えてよ」

「後でお教えします。ですから……」


 ルミナは目を閉じてキス待ち体制に入る。だが女性慣れしていないマモルはなかなか踏ん切りがつかない。

 悩んでいるうちに――


「ん!」


 結局、ルミナに唇を奪われた。



 今回のキスは短めだった。


「うう、また、してしまった」


 それでもマモルの気持ちは晴れない。どれだけタイプの女性でも親子ぐらいあるであろう年齢差を考えると、どうしてもパパ活している気がしてしまうから。

 そんなマモルにルミナは明るい笑顔を向ける。


「マモル様、よく見ていてください。キスが必要な理由はこれです」


 昨日、翼竜に向けた時と同じように両手を合わせるルミナは目をつぶって口を開いた。


「エーテル結晶、作成」


 ぴかっ! とルミナの手が光る。しばらくして光が収まった後の手には七色に輝くピンポン玉サイズの石があった。


「なに、それ?」


 何もないところから石を取り出す、まるで手品だな、と思いながら輝く石をマモルは見つめる。


「はい。これは、エーテル結晶と申しまして、この島のエネルギー源となる物質です」

「エーテルね。この点滅している残量1%未満ってやつのこと?」

「はい。そうです。今からこの石を投入します」


 ルミナが操作パネルをいじると、モニターの横に穴が開く。彼女は、その中に石をそっと入れた。

 パッ! と一瞬だけモニターが輝いた後、その表示が更新されていた。


『危険! エーテル残量。2%未満。至急避難してください』


「やりました。マモル様。メモリが、メモリが増えています!」


 モニターの右下の方をルミナは指さす。そこには二本の棒が表示されていた。


「えっと、エーテル残量が増えることはいいことなんだよね。避難を促すぐらいだから。うん、それは分かった。でも、全然、キスにつながらないんだけど……」

「も、申し訳ございません。端的に言いますと、キスをするとエーテル結晶が作れるのです」

「はい? ごめん、やっぱり意味わかんない。もうちょっと詳しく話してくれない?」

「はい。私達はアンドロイド族。創造主様によって生み出された人工生命なのです」


 マモルの願いに応えたルミナの話は、初っ端から頭を抱えたくなるような内容だった。

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