第5話1.5 距離が近すぎます
「ん!」
息苦しさを感じてマモルは目を開ける。するとそこにはルミナの顔があった。数日前の再現であるが、完全には同じではなかった。
前回は数センチの距離があったのだが今回の距離はゼロ、つまりルミナはマモルにきっちりとキスをしていたのだ。
「んんん!」
マモルは慌ててルミナの体を押し上げる。すると見えてくるルミナの顔。その表情を見てマモルは動きを止めた。
「ま、マモル様~~~。申し訳ございません~~~。保護フィールドが動かないとは思いもせず~~~。もう、もう目を開けてくださらないかと~~~。また一人になったのかと~~~」
顔中を涙で濡らしていたから。
「うーわぁああああーーーー」
目を開けたマモルを見て、さらに大量の涙を流しながらルミナはマモルに抱き着き大声を出して泣く。
マモルはルミナの震える背中をとんとんと叩いてやるしかなかった。
――何が起こってる? 確かに命の危機に助けに入ったけど、結局解決したのはルミナだったし……
理解が出来ない、とマモルは困惑の表情を浮かべつつ。
――客を危険な目に合わせて、上司にこっぴどく叱られたか何かかな?
と勝手な想像をしていた。
十分以上経って。
マモルは、やっと鳴き声が小さくなってきたルミナの背中を強めにトンと叩いて顔をあげさせた。
「落ち着いた?」
「は、い、申し訳ございませんでした」
「いや、いいよ。叱られたんだろ? 泣きたい時は泣くといい」
なるべく優しくと気を付けながらマモルはルミナを慰める。だが。
「叱られる? 誰に??」
ルミナは涙を拭きながら首を傾げた。
「あれ? 違うの。俺が怪我をしたから上司に叱られたんだろう。それで泣いていた」
「ち、違います。私はマモル様が死んでしまうのではないかと思って……」
ルミナは再び目に涙を貯めだす。今度はマモルが首を傾げた。
――俺が死んでしまう? そんなにひどい怪我だったのか……
確か背中だったよな、とマモルは背中の具合を確かめる。しかし何の違和感も覚えなかった。まるで怪我などしていないかのように。
「えっと、背中の怪我は酷かったの? 違和感一つないけど」
「はい。傷が背骨にまで達していて、とても、とても危険な状態でした」
信じられない、とマモルは眉をひそめる。だが思い返してみれば、あの時の痛みは尋常ではなかった。それなのに目覚めれば普段と変わらない。
得体の知れない現実を突き付けられたマモルは聞かずにはいられなかった。
「あの後、どうなったんだ?」
「はい。魔物を倒した後、私はマモル様を治療用ポットへ収納しました」
「治療用ポット?」
「そうです。傷を癒すためのポットです。マモル様は3日間、そのポットの中で傷を癒された後、このお部屋で2日間眠っておられました」
「5日経ってるのか」
「はい。ポットで怪我が治っておられるのにマモル様はお目覚めにならない。私は、私は……」
何かを思い出したのかルミナは再び泣き始める。だが、今のマモルにはルミナを慰める余裕はなかった。
――治療用ポット……現実で使われているなんて聞いたことないぞ。それに、なんなんだ、あの翼竜は。この島特有の生物なのか? いや、あり得ない。
翼竜が生き残っている島なんて存在するなら、その情報が耳に届かないわけがない。世界中のリゾートで仕事をしているマモルの耳に。
――それに、このルミナという娘も何かおかしい。なんなんだ、あのビームは。何もないところから発射されたぞ
百歩譲って何らかの機器から発射されたのなら納得は出来る。王族護衛用のシークレット武器だといわれたのなら。だがマモルの目には手以外の物体は見えなかった。
――ここは、一体どこなんだ。本当に目的の国なのか?
考え込むマモルの目つきは、だんだんと鋭くなっていく。
しばらくして、その視線は涙をぬぐうルミナへと向けられた。
ルミナは困惑していた。マモルが意識を取り戻したことを喜んでいたら、なぜか鋭い目つきで睨まれていたから。
「あ、あのマモル様? どうかなさいましたか? お加減が悪いのですか?」
ルミナは恐る恐るマモルに問いかける。すると。
「ルミナさん、本当のことを教えてくれ」
マモルが、これまでとは全く異なる低い声を出してくる。ルミナは震える声で返した。
「マモル様。私は全て本当のことお話ししています」
ルミナの言葉を全く信じられないマモルは苛ついていた。
「嘘を言うな! 大体、アナタ、なんなの? いつまで俺の上に座っているの? 俺、一応客だよね。その客の上に座るのが、この国の作法なの? それに、これまでと態度が全然違うじゃないか? 言葉もずっと片言みたいだったのに。あれは騙していたのか! それに何? あの翼竜と翼竜を倒したアナタの攻撃は! そのためにキスが必要? 意味が分からない!」
キッとルミナを睨んでマモルは疑問に思っていることを並べていく。
すると悲しげな表情を浮かべたルミナはマモルの上から降りてベッドサイドに立つ。しかし、それでも終わらないマモルの追及に、次第に涙をためだしていた。
「嘘は言っておりません。今お聞きしたことについては、これから説明いたします」
ルミナは小さくつぶやく。
――やべ、ちょっと落ち着かないと
さっきまでとは異なる美少女の悲しみの涙に気まずくなったマモルは少しだけ冷静さを取り戻す。そして、ごまかすようにゴホンと咳をしてから再度口を開いた。
「ごめん、ちょっと熱くなって言い過ぎた。怪我を治してもらった礼も言わずに……ごめん、じゃないな、助けてくれてありがとう。それで――どういうことなのか、教えてほしい。分からないことが多すぎる」
「いえ、謝罪するのも御礼を言うのも私の方です。……本当は、最初にお話ししなければいけなかったのを……申し訳ございません。そして、助けていただいてありがとうございます」
こぼれ落ちそうな涙を指で拭ったルミナが深々と頭を下げる。
「謝罪は受けましょう。御礼は必要ないかと。結局俺が助けられたんだし」
マモルは即座に返した。ここでごねてルミナを責めるよりも、何が起こっているかを早く知りたかったから。
ルミナが頭を上げて安堵の表情を浮かべる。
「いえ、御礼は必要です。私一人では切り抜けられない状況でしたから――」
話し始めるルミナだったが、すぐに口をつぐんだ。
ぐぅ~
マモルの腹から音が聞こえてきたから。
「食事をしながらお話ししましょう。すぐに終わる話ではございませんので」
赤い目のまま小さく笑みを浮かべたルミナはすっと礼をして部屋を出ていく。
マモルは大慌てで身支度を始めた。
恥ずかしい~ と顔を赤くしながら。
「おまたせ」
マモルは部屋の外で待っているルミナに声をかける。ルミナは柔和な笑みを浮かべて応えた。
「いえ、大丈夫です。参りましょう」
「うん」
初めて来た数日前と同じくルミナの横に並んで歩く。
そして、気になっていたことの中で当たり障りのなさそうなことを聞いた。
「ええっと、起きてからルミナさんの態度が全然違うんだけど何でかな?」
「それは――ずっと演技をしていたからです」
「え、演技?」
思わず足を止めてマモルはルミナを見つめる。ルミナは恥ずかしそうにマモルから目をそらした。
「はい。詳しくは後でお話しいたしますが、冷たくしたのは演技です。そうでもしないと、自分を止められなさそうでしたので」
「ん? どういうこと」
「いや、あの、食事の準備を……」
首を傾げて凝視するマモルから逃げるようにルミナは歩き出す。
――自分を止められないって、どういうこと?
マモルは首を傾げながら付いて行った。
「マモル様。こちらへお越しください」
ルミナは食堂へ着いたマモルをさらに奥の部屋、いつもルミナが料理を取りに行く部屋へと連れて行った。
その部屋は調理室だった。流し、コンロ、食器棚、壁に掛けられた鍋やフライパンなどが並ぶ一般家庭より少し大きいぐらいの。
マモルは調理室へ入って部屋を見回す。そして気付いた。
――鍋に使った形跡一つないなんておかしくないか?
食器なら分かる。王族が客に出すものだし傷があったら取り換えるだろう。だが、鍋やフライパンはどうだろう。料理人が使い込んだ鍋を少しの傷で交換するだろうか。フライパンなんかは使い込んで油をしみこませた方が使いやすいはずだ。
マモルが首を傾げているところにルミナの声が届いた。
「マモル様は不思議ではございませんでしたか? 私がどう料理しているのか」
「ああ、そうだな。いつもすぐに出てくるから、誰かが用意しているのかと思っていたけど、誰もいないし器具も使った形跡がないし不思議だな」
「お見せします」
ペコリと一礼したルミナは、頭のカチューシャに手を添える。すると、ルミナの目の前に半透明の板が現れた。
「立体映像?」
「操作パネルと呼ばれるものです。ここで料理を選択します。今日は先日狩った魔物のステーキがあるようです。そちらで構いませんか?」
「任せるよ」
「では」
ルミナが操作パネルへ指を添える。すると、操作パネルがパッと光り数字へと表示が変わった。
「120秒?」
「はい。調理完了までの時間です」
「なるほど。オーダーしたら調理したものが出てくるのね」
「はい。しばらくお待ちください」
言っている間にも変わっていく数字。マモルは、その数字を見ながら眉をひそめた。
「何で、俺はこれが数字だと分かるんだ?」
マモルの記憶にはない文字だった。なのに数字だと分かる。納得できない事象だった。
マモルは何か知っているであろうルミナに顔を向ける。ルミナは申し訳なさそうに口を開いた。
「実は、マモル様の怪我を治す時に我らの言葉と文字を認識できるようにラーニングさせていただきました」
「は? 何その超科学⁉ 3日で覚えられるなら学校いらないね」
「いえ、そうでもないのです。脳の発達具合で習得出来ない人もおられます。おそらくですが、マモル様は多言語を理解されているのでは?」
なるほど、日本語と海外へ放り出されて無理やり覚えさせられた英語のおかげか、とマモルは頷く。そして気づいた。
「それで、ルミナさんの言葉が流暢になったのか。っていうか、俺が違う言葉を理解して口にまでしていたってことか」
「はい。その通りです」
嬉しそうにルミナは微笑む。そこに。
ピピピ、ピピピ
電子音が響いた。
「出来たみたいです」
ルミナは操作パネルへ手を触れる。すると突然、壁の一部が開いた。
中から、ほかほかの湯気を上げた料理が出てくる。
「お持ちしますので、席で待っていてください」
「ああ、分かった」
マモルは分からないことだらけだったが素直にテーブルの並ぶ部屋へと向かった。
「で、結局誰がこの料理作っているの?」
魔物のステーキをかじりながらマモルはルミナに問いかける。ルミナは食べかけのステーキを飲み込んでから答えた。
「料理は機械が作っています」
「機械?」
「はい。実は私も詳しくは知らないのですが、部屋の奥に料理を作る機械があるそうです」
「へぇ~。じゃ、味付けもその機械が?」
マモルは微妙な――みそ汁にバナナを入れたかのような味のスープを指さす。
「はい。機械です。好みに合わせて細かく設定できるのですが、今は私の好みで出しております……もしかしてお口に会いませんでしたか? 初めお出しした時に、おいしいと仰っていただいたので、そのままなのですが……」
悲し気な問いかけにマモルはぶんぶんと首を横に振る。
「いや、大丈夫。大丈夫だよ。ただ、ちょっと慣れない味ってだけで――ははは」
「そ、そうだったのですね。申し訳ございません。今後は、マモル様の好みに合わせて調整します」
「いや、無理しなくてもいいから、うん」
気まずくなった雰囲気に耐えられず、マモルはスープを掻き込む。だが、やはり微妙な味だった。
そう感じたことが顔に出ていたのだろう。
「マモル様。どのようなお味が好みなのか教えてください!」
意気込むルミナによる尋問はマモルの聞きたいことなど、そっちのけで食事が終わるまで続いた。
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