第4話1.4 色々不思議です

 三日後。


 昼食を食べ終えたマモルは、ベッドの上でぼーっとしていた。


「あー、疲れたなぁ。ネットに繋がらないせいで仕事は遅々として進まないし……」


 ルミナに確認してみたが、インターネットには繋がらなかった。というより、インターネットを知らないようだった。

 

「単語知らないだけかと思って、Wi-Fiとか、スマホとか言っても眉間にしわ作るだけだし、ひょっとして電話すら通じてないとか?」


 いやいやいや、とマモルは首を横に振る。

 宇宙ステーションとすら交信可能な、今の地球上で電話できないない場所なんて考えられなかった。もし、あったとして、どうやってマモルの会社に仕事を頼んだのか――やはり、あり得なさそうだった。


 ならなんで知らないのか、とマモルは立ち上がり体をほぐしながら気になっていることを考え始めた。


「ここに来て三日。ルミナさん以外に会ってないんだよなぁ。かなり大きそうな屋敷なのに」


 奇妙な話だった。

 中には入ってないけど今、滞在しているフロアだけでも幾つもの扉があるのをマモルは確認している。とても一人で管理できるような数ではなかった。

 それなのに、ルミナ以外のメイドはおろか他の作業者にも一切で会っていなかった。

 

「それに、あんなに急いで連れてきたのに、仕事の話を全然してこないし」


 わざわざ飛行機をチャーターしてまでマモルを連れてきたのに、なしのつぶてである。マモルの体を気遣ったにしても打ち合わせの予定ぐらい聞いて来てもいいころだ。

 

「流石に一度、ルミナさんに確認しておくか。邪険に扱われるけど」


 ルミナの冷たい態度を思い出してマモルは少しげんなりする。だが、それも仕方がない話で。


『ウザイ!』

『キモイ!!』

『キショイ!!!』


 これがルミナの基本の返事だったのだ。


「頼んだことはしてくれるんだけど……」


 女性、しかも好みのタイプの美人から辛らつな言葉を返される。喜ぶのはごく一部の人間だけだった。もちろんマモルにそんな趣味はない。


 今回は何と言って貶されるのか、と肩を落としたマモルはルミナと話をするべく部屋の外へと向かった。



「あれ、いないな?」


 部屋の外に出てすぐマモルは首を傾げた。


「いつもなら、それこそノブに手を掛けただけでルミナさんが来るのに」


 発する言葉はともかく行動だけは流石、王族メイドと思わずにはいられないルミナに感心していたのだが大事な要件の時に限って姿を現さなかった。

 しかし、ルミナも四六時中マモルに付き添っているわけではないと、マモルは考えを改める。


「……あー、ちょっと探してみるか」


 しばらく待ってもやってこないルミナを探しにマモルは廊下を歩きだしだ。


「ルミナさーん」


 部屋に誰かいたら出てきてくれるだろうと、名を呼びながら廊下を歩く。だが、人の気配一つ感じられない。

 マモルは、やがて見えてきた階段を下っていった。


「来るときに通ったんだろうけど……」


 気を失っていたのだから当然のことを口にしながらマモルは足を進める。たどり着いたエントランスホールらしき場所にあったのは、立派な二枚扉だった。


「多分、出入り口だよな。うーん、これだけ呼んでも反応がないってことは外にいるのかな。外を一回りしてみるか」


 三日も部屋に閉じこもって書類仕事ばかりしていたマモルもたまには外の空気を吸いたいと扉を開けた。




 ギャオー!


 外に出たマモルの耳に届いたのは、これまで聞いたことのない動物の鳴き声だった。


「何か危険な動物がいる? 出ない方が良かったかな……」


 若干、身の危険を感じながらも、遠そうだし大丈夫だろう、とマモルは建物の壁沿いを歩いていく。

 しばらく進んだ先で、先ほどとは一転、美しい歌声が聞こえ始めた。


「♪〇△□*+―♪#:*+・#♪$%*=」


 声の主はルミナのようだった。だが、歌詞は日本語でも英語でも無く意味は分からなかった。


――これまで、全く聞いたことのない言葉だな


 首を傾げながら歌声の聞こえる方へと歩く。そして、木々の向こうに見えてきたルミナを見てマモルは言葉を失った。


――綺麗だ……


 黄色い花が咲き乱れる花壇の中ほどで跪いたルミナが手を合わせて神に祈るように歌う――幻想の空間に迷い込んだかのようだった。

 吸い込まれるようにマモルはルミナを見つめる。だが、すぐに我に返った。

 幻想のような風景の中に、もっと幻想的な生物が入り込んできたから。


 ギャギャギャ、ギャオー!


 それは――滅んだはずの翼竜だった。


 不吉な鳴き声を上げて、降下を始める翼竜。その目は確実にルミナを獲物としてロックオンしていた。


「ルミナ、逃げろ!」


 マモルが叫ぶ。だが、ルミナは自分に向かってくる翼竜を見ても動かなかった。まるで翼竜が自分の元へたどり着くのは不可能だと言わんばかりに。

 だが、すぐに何かを叫び始めた。


「〇△$%#*□〇‼‼‼‼‼」


 絶望の表情を浮かべながら。


「くそ! 間に合え‼」


 ルミナの表情を見たマモルは彼女に向けて駆け出す。

 だが遅れて駆け出したマモルが高速で降下してくる翼竜に勝てるはずもない。


――とても間に合わない


 マモルは心の中に沸き起こる気持ちを押し殺して必死に足を進める。


 果たして――現実は違った。マモルが地面を蹴るたびに速度がぐんぐん上がっていったのだ。


「は⁉」


 自らの速度に若干パニックに陥りながらも、マモルは自転車どころかバイクぐらいの速度で進む。そのおかげで翼竜より早くルミナの元にたどり着いた。

 

「ルミナ!」

「きゃ!」


 翼竜より早くたどり着いたマモルは即座にルミナの体を抱え込み守りながら走る。

 だが少しだけスピードが足りなかった。ルミナの体は翼竜から守れたけど、自分の体は守れなかった。


 すれ違いざまに翼竜が伸ばした爪がマモルの背中をひっかいたのだ。


「ぐっ!」


 背後からの強い衝撃にマモルはルミナごと弾き飛ばされる。

 地面に叩きつけられバウンドする二人。その動きは木に衝突することで止まった。


 木の根元で折り重なるように二人は蹲る。そんな中、先に体を起こしたのはルミナだった。マモルに抱きかかえられていたおかげで地面にも木にも直撃していなかった。


「マモル様! 血ガ!」

「ああ、背中をやられたみたいだ。ルミナは大丈夫か」

「怪我、無イ」

「よかった」


 ルミナの状態を聞いたマモルの顔には、なぜか笑みが浮かんでいた。自身はぼろ雑巾のような状態なのに。

 少しだけ弛緩した空気が流れる。だが事態はまだ終わって無かった。


 ギャギャギャ、ギャオー!


 また不吉な鳴き声が辺りに鳴り響いた。

 鳴き声の方へマモルは目を向ける。すると、そこにはこちらの様子をうかがいながら旋回する翼竜の姿があった。


「あいつ、諦めてないのか⁉」


 考えれば当然だった。捕食者が弱った得物を簡単に見逃すはずがない。

 マモルの決断は早かった。


「ルミナ、逃げろ。あいつの狙いは弱っている俺だ」


 翼竜を見ているルミナにマモルは声を掛ける。

 だが。


「イヤ! モウ一人、絶対、イヤ‼‼」


 ルミナは激烈ともいえるほどの拒絶反応を示した。

 

「だが、それしか……」


 激しい拒絶にマモルは驚く。そのせいか説得の言葉も出てこない。そんなマモルが逡巡している間に、ルミナがとんでもないことを言い出した。


「魔物、倒ス。ダカラ、キス、スル」

「は? キス? 魔物倒すのに何で?」


 脈略の無い言葉に混乱するマモルに考える時間はなかった。

 気付いた時には唇を奪われていたから。


 逃がさないとばかりにマモルの顔を両手で抑えたルミナが唇を押さえつけてくる。

 マモルは最初こそ抵抗しようとしたが、すぐに諦めた。体が動かなかったこともあるが、何よりも、死に際に好みの女性からキスをされるなんて映画みたいな状況に酔ってしまっていたから。背中の痛みを忘れるほどに。

 そんな中。


「んっ!」

 

 ルミナがさらに攻勢に出た。ルミナはマモルの中に侵入し始めたのだ。


「んんんーーーー!」


 口の中全てを弄るルミナ。


――これって俺の願望が詰め込まれた夢なんじゃないか……


 マモルが何かを勘違いし始めた頃、ルミナはマモルの体を離した。


――あれ、夢じゃない? 


 唇に集中していた感覚が全身に戻った結果、背中に強烈な痛みを感じたマモルは意識も現実を再認識する。

 気付けばルミナは翼竜の姿を確認するべく木から離れ始めていた。


「ルミナ……翼竜を倒すなんて無理だ……危険だ……」


 マモルは懸命に止めようとするが、体はピクリとも動かない。さらには意識まで曖昧になっていっていた。

 そんな中。


 ギャギャギャ、ギャオー!


 再び不穏な鳴き声が鳴り響いた。

 前回、ルミナへ降下を始めるときと同じ鳴き方だった。


「ルミナ、逃げろ!」


 マモルは曖昧になっていく意識の中でルミナへ叫ぶ。言われたルミナはというと。


「マモル様。大丈夫。魔物。倒ス」


 マモルへ向けてにっこりと微笑んだ後、両手を筒状にして突き出した。

 そして。


「%&$*@$%&、+$%#?」


 マモルの知らない言葉でルミナは叫ぶ。すると手の筒から眩い光が照射され――


 ギャ、ギャゥオー‼‼‼‼ 

 ズズズーーンン‼‼‼‼‼‼‼‼


 翼竜の悲鳴と何かが地面に落ちる音が響く。

 その音を聞きながらマモルは意識を手放した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る