第3話1.3 嫌われるようなことはしてないはずですけど?
一人になった部屋でマモルはベッドから出ようとして止めた。なにしろパンツ一枚はいてなかったから。
――確かにずぶぬれだったけど、裸のままってどうなん? っていうかあのメイドさん、裸の俺の上に乗っていたの!
いくらふんわり柔らか高級そうな掛布団があるからって、こっちが恥ずかしいわ! とマモルはベッドに座り込んで一人顔を赤らめる。
そこに、扉が開く音が響いた。
「わ! ノックぐらいしてよ」
マモルは慌てて掛け布団を被って上半身を隠す。
美少女メイドは眉根を寄せたまま訝しそうな目を向けた。
「……着替エ、ダ」
マモルの不審な行動をジト目で眺めていた美少女メイドは着替えをベッドの上に置く。
そして今までで最も不機嫌そうな顔で聞いてきた。
「手伝イ、必要、カ?」
マモルは言われていることの意味が分からなかった。だが、しばらくして美少女メイドの言わんとしていることを理解する。
そう、服を着るのに手伝いが必要か、と聞いていることに。
「……必要ありません!」
あんな表情で聞かれて、はい! と言える人なんているだろうか、と思ってしまったマモルは首を横に振る。
実際のところ一般庶民であるマモルに服を着るのに手伝いなど必要なかった。
――さすが王族に使えるメイドさん。着替えの手伝いとかするんだな
ということは男の裸なんか見慣れているんだろうな。恥ずかしがっているのは俺だけか。などと考えながらマモルは服へ手を伸ばす。
そして、いざ服を着るために立ち上がろうとして動きを止めた。
美少女メイドが、変わらずこちらをガン見していたから。
「あの、着替えますので……」
遠慮がちにマモルは伝える。だが――
「勝手ニ、シロ」
意図は伝わらなかった。
「……そんなに見ると恥ずかしいのでせめて後ろを向いてもらえませんか?」
仕方がないので、もう少し丁寧に伝える。
すると。
「キショイ! 終タラ、呼べ」
美少女メイドは踵を返して部屋から出て行った。
ふぅー、と一息ついてマモルは着替えを始める。そして思わずつぶやいた。
「俺、嫌われてるのかなぁ……はぁ……」
部屋の外にいるはずの美少女メイド。マモルからしたら娘と言っていいぐらい歳が離れているけど容姿は黒目黒髪の大和撫子、マモルのもっとも好みの女性だった。そんな女性に初対面で嫌われている。ため息をつかずにはいられなかった。
しかし、とマモルはパンツを履きながら考える。
「出会ったばかりだし、誤解があるなら今から解けばいいだけだ!」
よし! とシャツへと手を伸ばし、着替えを急いだ。
「いや、お待たせしました」
呼べと言われていたマモルだったが呼びつけるのも悪い気がして自ら部屋を出て笑顔を向けた。
「キモイ!」
またしても返る棘のある言葉にマモルは少し怯む。だが、部屋へ戻るわけにもいかなかった。腹が減っていたから。
そんな思いが腹に通じたのか、ぐぅ、といい音が響く。すると美少女メイドは顎で指図した。
「付イテ、来イ」
後ろを顧みることなく美少女メイドは、すたすたと歩き出す。マモルは彼女に合わせて歩き出した。
「あのーメイドさん、お名前は?」
マモルは美少女メイドの横を歩きながら話しかける。美少女メイドは、ちらっと横目でマモルを見た。
「……ナゼ、聞ク?」
「いや、折角だから仲良くなりたいなぁ~、なんて」
頭をポリポリ書きながら返すマモルに美少女メイドは小さな声で返した。
「ルミナ」
「え?」
聞き取れなかったマモルが近づいて耳をそばだてる。すると美少女メイドことルミナは顔を赤くしながら大声を出した。
「ウザイ! ルミナ、ダ!」
突然の大声にマモルは驚いた。
そばだてた方の耳がキーンとするほどの大声だったから。だが、ここで文句を言ったら、ますます嫌われかねない、とマモルは何でもないふりをした。
「ああ、ルミナさんですか。突然小声になるから分からなかったじゃないですか。っと、私はマモルです。ご存知かと思いますが、マモル・ウキシマ。マモルとお呼びください」
マモルからしたら呼ばれてきた場所だ。名前ぐらい知っているだろうと思う。だが、女性に名前を聞いておいて自分の名前を言わないのは失礼な気がする。そう思って名前を告げた。
だから、名前を聞いた後に足を止めたルミナにマモルは首を傾げた。
「……マモル、ウキシマ……ウキシママモル……」
ぶつぶつとルミナがつぶやく。
マモルは彼女の声を聞きながら、あれこの国でも苗字名前の順なの? と少し気になった。だがそこで再び、ぐぅ、と鳴る腹の虫。
ルミナは、はっ、とやるべきことを思い出したかのように歩き始めた。
マモルが通されたのは、10名ほどが食事できそうな部屋だった。
「ココダ、座レ!」
勧められた椅子に腰かけたマモルにルミナは声をかけさらに奥の部屋へと入っていく。
――質素な部屋だな。社員用の休憩室みたいなところか?
マモルはきょろきょろ辺りを観察しながら考えていた。
「食エ」
マモルが考えているうちにルミナは戻って来ていた。手に湯気の上がる料理を持って。
時間にして数分。まるで用意していたかのような調理速度だった。出されたのはパン、スープ、サラダといった簡単なものだったが。
――さすが、王族。いつでも食べられるようにしているのか
感心しながらマモルはスープを口にする。そして顔をしかめた。
まずい訳ではなかった。ただ、思っていた味とは違った。
――なんだろう、このスープ、独特の味付けだな。みそ汁にバナナ入れたみたいな……
うーん、とマモルは唸り声をあげてしまう。そこで、はたと気づいた。ルミナがじとーっとした目で見ていることに。
「ははは、不思議な味だけど、美味しいね」
嘘のない程度に褒める。海外生活が長いマモルの処世術だった。これが、見事に当たった。
これまで無表情か眉をひそめるかだけだったルミナの口元がほんの少し笑っているように見えたのだから。
――すげー、かわいい
マモルは目を見開いて見惚れてしまう。すると。
「キショイ! 何、見テル」
即座にルミナから不機嫌そうな視線が返る。
「何でもないです!」
マモルは苦笑を浮かべつつ内心で不思議に思った。
――そんなに会話したくないのかな? 客のはずなのに
食事後はルミナに連れられて部屋へと戻った。
それを確認したルミナは無言で部屋から出ていく。マモルはその後ろ姿を見ながら、仕事の話はいいのか? と思ったけど口にはしなかった。
ともかく現地に到着したんだ。急ぐなら向こうから声かけてくるだろうし、実際にはそんなに急ぎではなかった、なんて行き違いは仕事ではよくあることだ。
ならば、ゆっくり寝かせてもらおうとマモルは再び布団に潜り込む――が寝付けなかった。
目を閉じるとやらなければいけない仕事リストが脳内で作られていったから。その量たるや途轍もなく膨大で、夢にまで出てきそうなほどだった。
本当は気を失った後、丸一日以上寝ていたのだから眠気がないことなど当然なのだが、ルミナが何も言わない以上、マモルには知る由もなかった。
布団から出たマモルは、カバンを開けてパソコンを取り出し電源を入れ始めた。
コンセント形状は日本と同じだった。それ自体は珍しい事じゃないし、もし違っても海外出張が多いマモルはアダプターを常備していたので問題なかった。
マモルは電気ケーブルを繋いでパソコンの電源を入れる。だが、現れた画面を見て眉根を寄せた。
起動時のメーカーロゴがいつものリンゴではなく、どこかで見たことあるロボットだった気がするのだ。
訝し気な視線でマモルはパソコン画面を見つめる。だが、その後は特に変なところはなくOSが立ち上がり、ログインも問題なく出来た。
「気のせいかな?」
飛行機から放り出された衝撃で壊れたのかもしれない、と訝しみながらも、動いているからいいか、といつもの流れでメールソフトを立ち上げる。
だが、表示された『ネット未接続』というメッセージを見て首を傾げた。
「Wi-Fiないのか。スマホも圏外だしメールは無理か」
机に置いてあったスマホも確認して、困ったな、とマモルは考え込む。だが、すぐに気持ちを切り替えた。
「後で、ルミナさんに聞くか」
よし! と今度は書きかけの報告書を立ち上げる。
以降、マモルは仕事に集中した。
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