エピローグ。 本岡祐樹

 由は、ずっと本心を隠して学校にいた。友達を失わないように。けれど、俺がそんな由の人生に偶然とはいえ介入したことにより、全てが狂った。人間関係はあからさまに変わってしまった。けれど、そのお陰で由が本心で生きていけるなら、俺が介入したのはプラスだったのだろう。


 昔、由と仲良くしていた菅原とかもいずれ変わって、また由と喋るようになるのかは、今は知らない。ただ俺のお陰で、幸せになった彼女ひとがいる。そして、彼女のお陰で幸せになった俺がいる。今はそれだけだ。だけどそれで良い。



 「じゃあな」松田が野球部のユニフォームを着て言った。


 「ああ、頑張れよ」俺は松田に手を振る。玄関を出て松田はグラウンドへ走っていった。誰が松田を変えたのかは知らない。だが、俺らと同じように、松田も変わった。



 「俺の居場所は野球部にある。お前らのように恋人を作ってる暇なんて残念ながら無いんだ!」


 この前、いたずらっぽく言っていた。松田ってこんな冗談をいう奴だったんだな、と思って笑っていると、急に真面目な顔になってこう続けた。


 「けど、本岡にも居場所があるんだろ。互いに、そこは死守しようぜ」


 「勿論だとも!」俺は叫んだ。



 夕方6時、由の手を引いて、俺は一軒家の実家の前に着いた。母にこの前、彼女が出来たと言うと「連れてこい!いいな?」と元ギャルというより元スケバンのような睨みを効かせて言ってきたのだ。


 「それじゃあ。どうぞ」俺が玄関のドアを開けると、彼女は少し緊張した様子で「お邪魔します」と言った。すると奥からバタバタと足音がした。待ってましたと言わんばかりの顔で母が目の前に来た。すると大声で「うぎゃあ!なんまらめんけーのー!!」と叫んだ。


 「う、うるせえ」俺は思わず耳を塞ぐ。


 すると由が不思議そうな顔で俺をみる。


 「ナンマラメンケーノー?なんか春からそんな馬の名前聴いたことあるような」


 「違う。母さん青森出身だからな。北日本の方言ででめっちゃ可愛いって言ってるんだよ」


 「え、そうなの!」少し恥ずかしそうな顔をして由は下をむく。


 「そんな恥ずかしがんないでいいって。ほら祐樹、彼女をさっさとエスケープせんかい!」母は思い切り俺の肩を叩く。それから先にリビングへと戻っていった。


 「怒鳴るなよ!ビビるだろうが!」俺は消えていった母にそう言うと由の鞄を持とうとする。


 「いやいや、そこまでしなくて良いよ」そう言うと彼女はフフッと笑った。


 「どうしたの?」


 「すんごく仲良さそうだね」


 「まあ、な」まんざらでも無いので適当に呟いた。


 リビングに行くと母が焼いたピザと某チェーン店のフライドチキンが置いてあった。


 「まあ、取り敢えず二人とも座りなよ」母は言う。


 テーブルのチェアに俺らは二人ならんで座る。母は向かいに座った。そして、由は改まったようにお辞儀をすると言った。


 「あの。私風間由といいます。あの、祐樹くんには昔、街でセクハラ被害にあった時に偶然助けて貰ったことがあって、それ以来ずうっと好きだったんです」


 「へえ、そんなことがあったんだ。知らなかった」母はニヤリと笑う。その笑みはなんなんだ!


 「でも、好きっていう気持ちをずっと匂わせていたのに、祐樹くん全く気が付いてくれなくてですね。祐樹くんの友達の颯斗くんにも協力して貰って、何とか、ホントに何とか私の好きを伝えることが出来たんです」


 「うわー。マジか。こんなめんこい子の好意に気が付かないとかもはやグロいわー」


 「悪かったな!グロくて」俺は少々むきになっていう。


 「でも、そうか。良かったじゃんか。そう言う好かれ方をするって。幸せだよ、祐樹」


 母は遠くに言うように言った。


 「そ、そうかな」


 「だから前もいったろ。お前ほどのイケメンは居ないって」


 「うわー!母親が仮にも彼女の前でいうなよ!」俺は恥ずかしくなって母を軽くポコポコと殴る。


 「祐樹くん。でもホントに。祐樹くんみたいな人は居ないよ。私の、たった一度の恋心を奪ったんだからね」そう言って顔を赤らめていた。


 そうだよな。何はともあれ大切にしないとな。


 母は昔、お酒を飲んだときに言っていた。


 私は愛を受けたことがなかった。両親からも、早くから見放されていた。だから私は愛を求めた。けれど、結局私は男に遊ばれていた。だからお前の父親は私を愛してくれた訳ではなかった。結局、私がお前を妊娠しているとしったら逃げていった。


 だから私は思ったんだよ。こんな愛の間にない子供なら卸してしまおうかなあって。けれど、すんでのところで私の思考がそんな迷いを切り払ったんだよ。もしかしたら、この子は私に愛を与えてくれるかもしれない。私が愛せば、愛をくれるかもしれないって。


 そしたら、お前が産まれてきたわけ。私を初めて愛してくれた、たった1人のかけがえのない、祐樹っていう奴が。


 母はそう言ってぐちゃぐちゃと俺の顔を撫で回していた。


 そうか。母はきっと嬉しくて仕方ないんだろう。俺が愛し、愛されているっていう事実を。俺は感極まってテーブルに置いてあったグラスを口に含んだ。


 「ん。苦いな」俺は味わったことのない苦味に戸惑う。


 「うわ、馬鹿か祐樹!それはシャンパンだよ!吐かせろー!祐樹がヤンキーになる」


 母がまくし立てると由は真面目な顔をして「それは大変だ!」何て言って大急ぎで水なんかを持ってきていた。賑わしいな。僕はしゃっくりを一度してからフフッと笑った。


 ご飯がすんで、由を家に送ったあと、また実家に帰ってくると、母は少し泣いていた。


 「どうしたんだよ」俺はできる限りいつも通りに訊ねると、母は小さく呟く。


 「颯斗くんが刺されたとき、祐樹精神的に大丈夫かなあって思っていたんだけれど、まさかそんな颯斗くん自身が祐樹をフォローしてたとはね。」


 「まあ確かに。みまいに行こうとしたらお前は由さんと一緒に居ろって怒ってきたくらいだからね」


 「ウケる」母は笑みを作った。


 「でも、そんな風に人の気持ちを汲めるような奴らが俺の周りにいっぱいいたから、俺は今幸せになれているんだよ」


 「そうか。……私じゃ考えられない事だわ」


 「そんなことない!」俺は思わず大きな声を出してしまった。母は少しびくついた。


 「ご、ごめん。でも母さん。そんな奴らがいっぱいいるっていったけど、そんないっぱいの奴らのいっちばん最初の奴っていうのは母さんだったんだから。それはもう一生変わらないからな」


 そう言うと俺は母を見つめた。母は少しずつ笑みを戻していった。


 「やっぱり。最高だよ。祐樹」


 そう言って母は俺の頭を撫でた。

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恋の棘 スミンズ @sakou

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