第13話 北村颯斗
「颯斗!」
母の声がした。目の前に顔があった。
「母さん……」僕は目を見開いた。周りには父と看護師がいた。ああ、死ななかったんだ。僕はふと安心したのと同時に、一番気になっていたことを訊ねた。
「ハルは……ハルは大丈夫だったのか?」
「金町さんね。大丈夫よ。だって颯斗が高橋を止めたんでしょ?」
「あ、そうか……。ていうことは高橋は」
母は少し無言になった。しかしそこで父が口を開いた。
「死んだ。だが勘違いするな。お前は高橋を殺したんじゃない。自分を、そして彼女を守ったんだからな」
「そうよ」母もすかさず頷いた。
「そんなものかな」僕は自分の手を見た。僕はハルに万一の危害が及ばないよう戦った。それは確かだ。だが、やはり殺したという感覚が残る。僕は病室の天井を見る。胸元は手術したらしくジンジンと痛む。だがダルさはそこまで無い。
「ごめん。またちょっと寝る」僕は取り敢えずまだ考えが纏まらなかった。
ハルのこと、自分のこと。取り敢えず無事だったのだ。それで良いではないか、とはいかなそうだ。
「分かったよ。私達も今日はもうすぐ帰るわ。颯斗のケータイと果物、テーブルの上に置いておくわね」母はそう言った。
「ありがとう」
「それにしても彼女がいるなんて、私達全く知らなかったわよ」
「まあ、付き合ったばっかだったし……」そう言うと母は嬉しそうに笑顔を作って、父と一緒に部屋を出ていった。
しばらくして、僕はスマホを開く。月曜日の16時と出ていた。思ったよりも日時は立ってないな。だがそこまで、もがく程の痛みもない。思ったよりも自分は軽症だということが分かった。
LINEの着信が何通か来ていた。クラスメイトからの着信は少ない。まあそうか、と1人呟く。今や僕は殺人犯みたいなものだ。怖がっているのかもしれない。だが、ハルや祐樹、風間さん、そして何故かそこまで交流の無い松田からもメッセージが届いていた。
祐樹『元気になったらで良いからLINE通話くれよ。ちゃんとメシ食えよー』
由『北村くん。ハルを救ってくれてありがとう。しっかり休んでね』
そんなメッセージを見ながら、松田のメッセージを開く。思ったよりも長い。
松田『北村、いきなり連絡してごめん。実はさ、学校で北村が菅原とかに悪くいわれてた時、本岡が必死に庇ってたんだよ。俺もそれで色々と気がつかされてさ。だから、春のためにも、本岡の為にも元気になって帰ってこいよ』
そんなことがあったのかと思いながらも、そんな僕のために行動してくれた張本人が『メシ食え』としかメッセージ寄越さないのかよ、と少し笑ってしまう。そして、感動した。
それから僕はハルからのメッセージを開く。そこにはたった1行、短いメッセージが載っていた。
春『お願い。元気になって』
もしかしたら負い目でも感じているのだろうか?凄く簡潔な1行だった。僕は我慢しきれず、LINE通話のボタンをタップした。すると、直ぐにハルと繋がった。
『颯斗くん!』大きな声がした。
「ああ、ハル。大丈夫?」
『それはこっちの台詞だよ!大丈夫?』
「うん。思ったよりも大丈夫だよ。まあ、ベットにはしばらく張り付けになりそうだけど……。ハルは家にいるの?」
僕がそう訊ねるとハルは少し声を詰まらせた。すると、ちょっと良いかい?という全く訊いたことの無い男の声がした。
『北村颯斗くんか?』
「そ、そうですけど。一体あなたは誰ですか?」
『前田公一といいます。様田警察署の警官です』
「警察?」僕は息を飲む。まさかハルは警察署にいるのか?
『今、金町さんは様田警察署に来てもらっています。ただこの事件の経緯を明らかにしようっていうことで、協力して貰っているだけです。』
「そうですか。直ぐに帰して下さいよ」僕は釘を刺すようにいう。
『当たり前です。ああ、今連絡が繋がったついでです。実は明日にも私達は君の病院にお伺いしようと思っていたのですが、君にも負担がかかってしまうの思うので、ここでさくっと質問をすませてしまいましょう』
「質問?」
『はい。今回の事件ですけど、高橋が君を先にに刺したことが目撃者の証言で確認されています。それに高橋が自身のスマホに金町さんへのストーカー行為の証拠、君への嫉妬のメッセージなんかを書き込んでいたことで、もうほぼ解決済みといっても過言ではないんです』
「そうなんですね」
『そこで、この事件の最後の問題は、君の罪です。無罪か、有罪か。自己防衛か、過剰防衛か、と言うことです』
するとハルの声がした。無罪に決まっているじゃないですか!私を守ってくれたんです!と叫んでいる。
「僕の罪ですか」
『そうです。まあ、素直に答えて貰っても、嘘をついても、正直どっちでも良いんですが……。というのも、これはもはや君の意思みたいなものですからね。それでね、質問というのは、君が高橋を刺し返したとき、君はどう感じたかってことだよ。自分を守るために高橋を刺したか、それとも殺そうと思ったのか?』
「勿論、僕は高橋を殺そうと思いました」素直に言った。
『何故?』
「ハルに……、彼女に何かあったら嫌だから。せめて道ずれにしてやろうと思ったんです」
『そうか』すると前田は小さく息を吐いた。
「良いですよ。過剰防衛でも何でもしてください。僕は人殺しですから」
『正直、目撃情報や諸々の理由から、きっと君は無罪になると思う。だけど、正直に言ってくれて良かったよ』突然、前田の声が明るくなった。『それにきっと、君が応戦しなければ、死んでいたのは君だったかもしれない。もうあまり気を背負いすぎるな。ただ、その素直さだけ、しっかり忘れないように生きるんだぞ』
「素直さ」僕は呟いた。
『その通りだよ!颯斗くん!』通話先の声が、ハルに戻った。
『私を守ってくれた。それだけが事実なんだよ!行けるようになったら直ぐにお見舞いに行くから、それまでしっかり心も体も休めててね。約束だよ!』
ハルは大きな声で言っていた。そうだよな。僕はハルを守ろうとした。そしてこの通り、ハルは何ともなかったではないか。自信を持て。僕はハルの彼氏である。
「分かった。約束するよ」
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