第10話 本岡祐樹

 様田高校2年6組につくと、やはりいつもと様子が違った。当たり前だ。学年主任が死に、颯斗が入院したのだから。


 僕は席に着く。授業は会議の関係で30分ほど遅れるようだった。だから大概の生徒はもう教室に入っていた。


 しばらく、どうしようもなくボーッとしているとクラスメイトの鎌田がやって来た。


 「祐樹、なんで高橋先生と颯斗が争ったんだろう?」


 「俺も分からないよ。ただ、俺は颯斗の無事を祈ることしか出来ない」


 そう言うと鎌田は静かに呟いた。


 「でも、仮に帰ってきたとしても人殺しだよね?」そう言った。


 俺は思わず立ち上がった。


 「颯斗が人殺しだって?もう一度言ってみろよ」かなり大きな声を出してしまった。クラスの視線が一斉に俺に向く。


 「ご、ごめんって」鎌田は情けなく言う。


 すると違う向きから「人殺しじゃん」という声がした。ああ、あのグループだ。金町春とかがいるあのグループ。ただ、金町は居ないようだった。工藤という男が声を出していた。


 「あいつがハッシー(高橋)を殺したせいで俺らのコミュニティーが滅茶苦茶だよ。あーあ。あいつも死んで侘びるべきだよな」そう言って笑っていた。


 俺は我慢など出来なかった。拳を握りしめながら工藤の方に歩いている。クラスのみんなは珍しいと言わんばかりにニヤニヤ笑ってる。なんでこんな事件の後なのに、みんなそんなキモい薄ら笑いが作れんだよ。俺は歯を食い縛った。悔しい。こんな人間しかいないこのクラスにいる自分が悔しい。


 もうすぐ工藤にたどり着く。工藤と回りの女や男が「お?やるかやるか?」なんてほざいている。ぶん殴ってやろう。俺は手を挙げた。するとその手を誰かが握った。


 「離せよ」俺は叫んだ。横を振り向いてその握ってきた奴をみる。風間由だった。


 すると、工藤や回りの奴らが「いいぞ由」なり「やれ由」などと罵声をわめき散らしていた。


 だが、風間を見ると全く冗談めいた顔をしていない。真面目で、そしてとても悲しそうな顔をしている。そして、耳元で俺以外には聞こえないような声で言った。


 「あんな最悪な奴ら殴ったって、どうしようもないでしょ」と言った。俺は彼女のその真剣な眼差しに頷く他無かった。


 挙げていた手を引っ込めて俺は後ろを向いた。怒りで震える体をなんとか落ち着けながら席に戻っていく。


 「うわあ、由怖い!」女がそんなことを言っていた。俺はまたさりげなく風間を見た。やはり、彼女は悲しそうな顔をしていた。ただ、分かったのは今このクラスで俺と感情を共有できてるのは風間くらいだと言うことだった。


 授業が始まった。詳しいことが分かっていないからと高橋の黙祷などは省かれた。思ったよりも通常通りに授業は進んでいった。


 そして昼休みが来た。取り敢えずトイレへ行こうと教室を出た。そしてトイレを済まし廊下にでるとスマホが鳴った。なんだろうと着信をみる、そこにはクラスラインから友達に登録された風間由からだった。


 『第2音楽室へ来て』との事だった。第2音楽室と言えば滅多に使われない教室だ。まさかしばかれるのだろうかと思ったが、あの真面目な瞳に偽りは無かった筈だ。そう思って第2音楽室へ向かった。


 すると中には風間が1人、ピアノの椅子に座っていた。


 「今朝は大変だったね」いきなり労いのような言葉を発した。


 「……別に」僕はぶっきらぼうに言った。正直、まだ風間を信じきれてはいない。油断しないようにと強がった。


 「ねえ、本岡くん。いきなりだけどさ、ハルって知ってる?」


 「ハル?ああ、金町のことだろ?」どんな質問だよと思い頷く。


 「私さ、じつはオタク街のコンセプトカフェでバイトしてるんだけどさ、そこに実はハルがやって来たの」


 「え、風間さんがあそこでバイトしてんの?」そう言うと彼女はコクりと頷く。そしてそこに金町が来た。あまりの急展開でやや戸惑った。


 「でさ、ハル、そこに連れを連れてやってきたんだよ。誰だか分かる?」


 「え、そんなの分からないんだけど」俺はなぜそんなことを訊いてくるのかが分からなかった。すると風間はゆっくりと口を開いた。


 「北村くんだよ」


 「北村……颯斗?」


 すると風間はゆっくりと首を縦に振った。訳が分からなかったが、そんな嘘をつく理由も無いからホントなんだろう。「でもなんで颯斗と金町さんが?」


 そう訊ねると風間はゆっくりと笑った。


 「昨日ね、ハルが北村くんにコクったんだって。それを北村くんが受け取って、早速初デートをしていたみたいなんだ」


 「まじか。めっちゃ意外な組み合わせ……」まさか金町が颯斗のことに好意を寄せていたとは分からないものだ。「本当に正直に言うと高橋先生と金町が仲良いのかと思っていた」


 ふとそう言うと、風間は涙を流した。そして突然、小さく嗚咽を上げた。目の前で女性が泣くのはいつぶりだか分からないが、どうすることも出来なかった。


 「違うんだよ」風間はゆっくりと息を吸うと喋り続けた。


 「恐らくだけどね。恐らくだけどね、高橋ってハルのストーカーだと思うの」


 「ストーカー?」


 風間は頷く。


 「あまりに高橋がハルを目でいつも追いかけているからさ、気のせいなのかなって思っていたけど。きっと私たちのグループと高橋が仲良くなったのって、高橋がハルを狙っていたからなんじゃないのかなって。全部憶測なんだけど、そうすれば全部筋が通るんだよ」


 「筋が通る?」


 「そう。高橋と北村くんが争った場所がどこだか知ってる?」


 「……さあ?」


 「ハルの家の前なんだ」


 俺は鳥肌が立った。


 「じゃあ、風間さんが言いたいことって、金町さんを颯斗が家まで送ったかなんかした後、ストーカーをしていた高橋が颯斗を恨んで刺したと」


 風間は頷いた。涙が止まらなくなっている。


 「私のせいだ。もっとしっかりと高橋がストーカーしてるって気づいてハルに伝えるべきだったんだ。そうすれば北村くんが刺されることだって、ハルが精神に傷を追うことだって無かった筈なのに!」


 そう言って風間はピアノに頭を埋めた。


 「それなら、また颯斗と金町が元気に出会える日を願おう。後悔したって疲れるだけだろ?意味ないし」そう言うと、風間は頭を上げて、目頭を手で拭いながら「そうだね」と呟いた。それから風間は話を続けた。


 「昨日ね。実は二人と約束をしたんだ。あのオタク街にあるカフェ知ってる?」


 「梶山珈琲店だろ。オタク街には似合わないって言うのが理由で逆に人気のある」


 「流石だね。そこで今度の日曜にさ、集まろうって昨日約束をしたの」


 「そうなんだ。さすがに颯斗はキツいよなあ」


 「そうだと思う。だけどね、昨日の約束では北村くんとハル以外にももう1人そこに呼ぼうって話になったんだよ?」


 誰だと思う?風間は訊いてきた。


 「誰?」


 すると風間はゆっくりと俺に指を指してきた


 「本岡くんだよ」


 「俺?」俺もおれ自身に指を指した。


 「なんで本岡くんを呼ぼうって話になったか分かる?」


 全く分からないので首を傾げる。すると風間は少し涙顔に笑みを浮かべていった。


 「北村くんは答え知ってるけどねえ。日曜までに元気になったとしてもきっと教えてくれないかも」


 「え、なんだそれ?新手のいじめか?」意味が分からないので声を挙げる。


 「日曜までによくよく胸に手を当てて答えを探ること。以上!」そう言うと風間は立ち上がった。


 「あ、そう言えばさ」俺は訊ねた。


 「どうしたの」


 「颯斗はどこに入院してるんだ?」


 そう言うと風間は困った顔をした。


 「それが分からないんだよねえ。ハルなら知ってるかもだけどさ。ほら、今日はちょっと連絡しにくいし……」


 「そうだよな」俺は下を向いた。すると、風間は「大丈夫!」と言った。


 「大丈夫?」


 「うん。そんなしょげてたらせっかく格好いいのに台無しだよ?」


 いきなりの格好いい発言に俺はドキッとする。


 「い、いきなり変な冗談言うなよ!」


 「北村くんをいろんな意味で信じているんでしょ?ならもっと胸はりなよって言う意味!」そう言うと風間はふうっと息を吐いた。


 「そ、そうだよな」俺も息を吐いた。風間の言う通りだ。無事に帰ってくるのをもうただ待つしかないのだ。俺は吐いた息を飲み込んだ。


 「それじゃ、私は一旦教室に戻るよ?」風間は言った。そして、続けて小さく、こうも言った。


 「私は私でね。クラスの連中とけじめをつけないとなって思っているから」そういうと風間は小さく手を振り音楽室を出ようとした。俺はすかさず、言った。


 「無理とかはするなよ」


 そう言うと風間はフフッと言うと「そっちもね」と返してきた。


 風間は思ったよりもしっかりした奴っぽい。俺は正直以外だとも思った。


 それにしても、今週の日曜日、颯斗と風間と金町と俺とでカフェで落ち合おうなんて話が出てたとは予想外だった。一体なんなんだろうか。胸に手を当てて、考えてみよう。

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