リブラディエルは嘘つかない
「銀雷!」
実に生き生きと、ティレンはヴァル・ムンクを天にかざした。降り注ぐ銀色の稲妻がティレンと長剣に直撃する。
白銀の魔剣ヴァル・ムンク。ティレンのためにあつらえられたとしか思えないこの魔剣は、百八十層のヌシを倒した時に手に入れたものだ。ともに戦ったヴァルハロートは漆黒の魔剣ディールウイングを手にしており、百八十層のヌシは『自分を倒した者に適した武器を落とす』役割を与えられていたのではないかとティレンは推測している。
ともあれ、ティレンが最も扱いやすい重量と雷の魔力への親和性、そして斬れぬものはないと言わんばかりの切れ味。自分に都合の良すぎる武器の存在は、ティレン自身の戦い方を堕落させかねない危険もあった。
そのため、全力を出すべきと判断した時以外には、極力使わないことを己に定めている。
「雷斬衝!」
雷の魔力で宙を駆け、咆哮するその喉笛めがけ刃を走らせる。
無敵と称された鱗さえ、ヴァル・ムンクの前には泥と同じだ。大きさの違いのせいで真っ二つとまではいかないが、相応の深手を負わせることに成功する。
悲鳴とともに歯を軋らせた標的が顔を向けた時には、ティレンは既に他の場所に移っている。
空中で縦横無尽に切り刻まれながら、深紅のドラゴン――獰翼のネヴィリアは何も出来ずにただ身もだえる。
苦し紛れに吐き出された黒ずんだブレスは誰に届くこともなく、空間を相応に歪めたあとに霧散して消えた。
そして、ネヴィリアが視線を天に向けた。完全な間合い、満ちる白銀の雷光。刀身に雷の魔力を充満させた剣を振りかざしたティレンが、それを振り下ろす寸前。
「天雷――」
『降参、降参だ! 頼むから殺さないでくれ!』
「おや、残念」
ティレンは器用に空中で回転すると、充填させた雷の魔力をまったく別の方向に放り投げた。ぎゃー、と悲鳴のような声が聞こえた気がするが、まあ大丈夫だろう。
***
この階層で生まれるドラゴンの多くは、女王の命令に従って探索者との和解を済ませている。女王は人の姿を取り、自ら率先して人に交じろうと前線基地に居を構えているほどだ。リブラディエルのように従わない偏屈な者もいるが、リブラディエルについて言えば、ティレンという弟子を迎えたことで一応は個別に和解したと見なされている。
だが、そういう偏屈者とは別に。和解の後に生まれたドラゴンの中には、時折『自分たちが生まれる前の事だからそんなことは知らん』と、階層の主導権を握ろうと暴れ回る者が現れる。
大抵は年かさのドラゴンに鎮圧されて大人しくなるのだが、獰翼の異名を持ったネヴィリアは生まれつき才能に溢れており、次期女王に相応しいなどと周囲から甘やかされたものだから、成人する頃には随分と増長していた。
『わらわは次期女王だから人を伴侶に選ぶ権利がある!』
などと言い出して探索者を相手に力試しを始めてしまったのだ。
これに困ったのが、彼女を甘やかしていた他のドラゴンである。自分たちの過去の発言は撤回しにくいし、かと言って女王の命令に逆らうわけにもいかない。
何より、かつての女王が行ったことを踏襲していると言われてしまうと、当の女王も頭ごなしに止めにくい、という事情が重なった結果。
せめて浅い階層からやって来る探索者はやめてくれ、という周囲からの嘆願に従ったネヴィリアは、時折宿願を持って下りてくる探索者に喧嘩を売る、中々困ったドラゴンとして密かに有名になっていた。
***
「じゃ、角の片方をもらっていくぜ」
『う、うむ』
完膚なきまでに叩きのめされたネヴィリアは、驚くほど大人しく右の額を差し出してくる。
ヴァル・ムンクでその一部を切り取ると、その質に思わず溜息を漏らす。
「いい角だな」
『そ、そうかの?』
何やら両手で目を覆って嬉しそうな口調のネヴィリアに、ドラゴンの嗜好は分からないとティレンは頬を掻いた。
それにしても、やはりドラゴンの素材は質が素晴らしい。ヴァル・ムンクほどとはいかないが、実に上質の素材だ。この角から削り出した刃物であれば、とても素晴らしい出来になるに違いない。
『その角を、何に使うのかえ?』
「削り出して、刃物を作ろうと思っている」
『は、刃物か!? その剣ほどの業物になるとは思わぬぞ』
「それはね。だが、こっちよりは良いものが出来そうだ」
腰に提げていたバロンベアの骨鉈を見せると、ネヴィリアは大きく頷いた。
『ほうほう、婿殿はそちらを普段使いしておるのじゃな。確かにそれよりは遥かに良い得物になろうな』
「……は?」
『で、ではその刃物は使わなくなるのであろ? よ、良かったらそれをわらわにくれぬか? だ、大事にするゆえ』
「いや、ちょっと」
しれっと組み込まれた聞き慣れない単語に、ティレンは頬を引きつらせた。
***
「騙しやがったな師匠!?」
『やかましい! お前なんてものを飛ばしてきた!?』
雷峰に戻ってきたティレンとリブラディエルが、稲妻を周囲に迸らせながら喧嘩を始める。アリアレルムはそれを止めることも出来ず、見守るばかりだ。
隣には、ぷかぷかと浮かぶ小型のドラゴンが一匹。片方の角が削れている。
と、見ているのに飽きたのか、ドラゴンがこちらに話しかけてきた。
『そなた、随分と弱っちいのう』
「うぐっ」
『わらわはネヴィリア。婿殿のつがいじゃ』
「あ、私はアリアレルムです。ティレンさんに助けてもらって、地上に戻る途中で」
『むっ! 婿殿と旅じゃと!?』
「ふぇ!? 婿殿ってティレンさんのことなんですか!?」
そういえばティレンはネヴィリアというドラゴンを、リブラディエルから紹介されていた。角だか骨だかを取るためにと言っていたはずだが、婿とかいう話はどこから湧いて出たのだか。
頭上を見上げると、ティレンとリブラディエルが雷鳴にも負けないような大声で騒いでいる。どうでも良いが、人の体躯でドラゴンと取っ組み合いをできるというのはどういう仕組みなのだろう。
「てめえ師匠! どうせ雷は主食なんだからいいだろうが!」
『うるっさいわ馬鹿弟子! 大体お前、条件には適していただろうが!』
周囲に迷惑をかけているドラゴンで、後々文句が出ないような頭のユルいやつ。確かにネヴィリアはその条件に合致しているような。いや、危険なことは考えるまい。アリアレルムはこの旅の中で学習していた。
「ならせめて、婿探しをしているドラゴンって条件くらい伝えておけよな!」
『ドラゴンを嫁にするなんざ、探索者の本懐のひとつだろうが!』
「そういう理由で嫁を求めちゃいねえよ!」
『なんと、婿殿は高潔なのじゃな』
あの口論のどこに喜ぶ要素があるのか分からないが、ネヴィリアは何やら照れた様子で顔を背けている。
色々と諦めたアリアレルムは、長い溜息をひとつついて、食事の準備を始めた。
ティレンもリブラディエルも、腹が減ったら戻ってくるだろう。
***
ドラゴンの角を削るには、それなりに難度が高い。何より、そのドラゴンの角より丈夫な素材を使わなくてはならないからだ。
リブラディエルの鱗を数枚剥ぎ取って落ち着いたティレンは、リブラディエルの寝床の近くで角の加工に忙しい。力があるとはいえ若いネヴィリアの角は、古いドラゴンであるリブラディエルの鱗より柔らかかったからだ。
弟子に鱗を剥がされたのは、彼の基準ではどうやら負けたことになるらしい。リブラディエルは、拗ねた様子でアリアレルムに魔術の指導を始めている。
ティレンの後ろでは、何が楽しいのかネヴィリアが加工の様子を観察していた。
「楽しいか?」
『うむ!』
今はつがいを持つつもりがないことは、既にネヴィリアに伝えてある。
ネヴィリアも察していたのか、それについては考えているから良いとあっさりしたものだった。
ともあれ、ティレンは雷峰に滞在している間に、ネヴィリアの角から三本の刃物を土産として削り出したのだった。
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