第20話 スキル『肉』
僕に店舗をゆずってくれる従魔士のエンジュ。
彼女の輝かしい笑顔は一瞬後、無表情になった。
マケインはいつもの話術で彼女について説明してくれた。
「先ほども言いましたがエンジュさんは王都でゆいいつのペットショップを営んでいた人でして、しかし、売り上げが悪く、このままじゃショップに並んでいる従魔たちに与える餌代が工面できないので、今回お話があがった次第です」
ここに来る途中、マケインは言っていた。
王都ではその昔、災厄級の魔獣の群れの襲撃にあったと。
その話をくめば、彼女の店の業績が伸び悩むのも多少わかる。
「失礼ですが、ペットショップではどんな動物を取り扱ってたのですか?」
問うと、彼女は無表情を崩さぬまま口を開いた。
「ミニオークや、ウィル様が連れてらっしゃる古代狼など、幅広く」
彼女は僕の隣にいたファングの正体は古代狼だと告げる。
僕は彼のことをてっきり犬だと思っていた。
「古代狼って、成長するとどんな感じになるので?」
「大きな個体だと全長五メートルになり、人になつきやすいのが特徴で、愛好家も多いです」
五……メートル? いくらなんでもあの家じゃ飼えないぞ。
「まぁまぁ、その話は置いておいて」
マケインはファングに関する話題を切り上げると、彼女の店を示した。
「どうです、ウィルの目から見てこの立地は?」
「いいと思います、僕が構想する二号店に来てくれるお客さんの流れがイメージできる」
「おお、と言うことはこの店舗もお買い上げになられる方向でよろしいのですね?」
えぇ、頷くと、マケインの隣にいたエンジュはそそとしたおじぎをする。
「エンジュさん、もしよければ僕が経営する二号店の従業員をやってみませんか?」
「よろしいのですか?」
「貴方の静ひつな雰囲気と、礼儀正しさは接客業に向いていると思うんですよね。二号店の構想はたっているものの、具体的な業務計画はまだまだなので、エンジュさんさえよければ『女将』になっていただけないかと思いまして」
僕の見立てだと、エンジュさんは主役の花であるお客様を引き立たせる花。
可憐でいて静寂な雰囲気はさぞ二号店とマッチすると思った。
彼女をスカウトをしていると、マケインはにこやかな表情だった。
「ちなみにウィル、二号店の事業内容はどんなものを想像してらっしゃるのですか?」
「僕の郷土料理の専門店でも開こうかなと思ってます、もしよかったらこの後で我が家にお越しください。お二人に件の郷土料理――すき焼きをごちそういたしますよ」
◇ ◇ ◇
エンジュさんと一旦別れ、僕はマケインとギルド組合本部ビルに向かった。
今連れているファングを従魔として登録するためだ。
彼の出生のことを考えると、森へお帰り、と野生にかえすこともできない。
本部のビルに着くと、マケインは従魔の登録は二階でお願いしますと言って立ち去った。
別れ際、彼は今回の商談も引き受けてくれたお礼を口にする。
「ウィル、貴方のおかげで私の評価もうなぎ上りですよ」
「僕の方こそいつもマケインには助けられています」
「これからも良き関係でありましょう、それでは失礼します」
子犬姿のファングはギルド組合本部ビルの光景をそわそわと眺めている。
「できれば、俺も人間に生まれたかった」
「そう、その気持ちわかるよ」
「ウィルは人間ではないのか?」
「人間だけど、時たまおかれている環境が嫌になって他の種族になれたらなって思う」
じゃあ早速、従魔登録しに行こう。
正面を通り抜けて、ビルのエレベーターへと向かう。
エレベーターが開くと中には相変わらずビャッコの兄のレオがいた。
「お前か」
「二階お願いします」
「今日は何の用だ?」
「彼を僕の従魔として登録しに来たんですよ」
「ふーん」
レオが二階のボタンを押すと、僕らは一緒になって右手を天井にかかげた。
ファングがその様子を不思議がっている。
「そのポーズは何かあるのか?」
するとレオが哄笑をあげて。
「はっはっはっは、この格好には将来的に前人未到の偉業を成し遂げられますようにという願いが込められているんだぞ?」
「おまじないと言う奴か」
「そのとおりだ」
まぁ、違いますけど。
エレベーターが二階にたどり着くと、ファングは驚いた様子だった。
「先ほどの部屋と違う」
「うん、今の箱は昇降機といって、上に運んだり、下に送ったりする乗り物だからね」
「なるほど」
ファングのこういった反応はちくいち新鮮で、覗っている僕も楽しめていい。
さてと、従魔登録の窓口はどこだろ?
ファングをどこに連れていけばいいのか迷っていると、二階にいた冒険者の一人が僕を見た。
「ウィルだ」
「ウィルって、エッグオブタイクーン・ウィル? あ、本当だ」
ファングは冒険者の様子にちょっと警戒している。
「知り合いか?」
「知り合いじゃないよ、ただ僕がちょっとだけ有名っぽくてさ」
「何をしたんだ?」
「いつか話すよ、だけど自慢話みたいになるから」
二階に居合わせた冒険者は、僕の姿を見てざわつきはじめていた。
その彼らの横を通り、カウンターに向かった。
「初めましてエッグオブタイクーン・ウィル、何用でしょうか?」
「従魔を登録しに来ました、品種は古代狼」
「さようでしたか、それでは少々お待ちください」
受付嬢は席を立つと、ファングが身軽な感じでカウンターに上る。
「行儀悪いからおりてくれないか?」
「興味あるんだ、人間が築き上げたものに」
と言うファングの目は宝石を見るかのように輝いている。
彼の言っていることは嘘じゃなさそうだし、大人しくしているのならいい。
「お待たせいたしました、こちらの書類にご記入後、登録料金のお支払いお願いいたします」
何々、従魔一匹につき登録料が……金貨五枚?
ちょっとお高くないか? 王都の平均月収を上回っているぞ。
エンジュが営んでいたペットショップがなんで成績不振なのか、わかる。
二階にいた人だかりをざっと見渡すと、誰も従魔つれていないしな。
流れるように書類に記入していくと、一項目だけ記入できないものがあった。
「あの、従魔のスキルがわからない場合ってどうすれば?」
「それでしたらスキル鑑定をお受けください、鑑定は一回につき金貨二枚かかります」
さらに金貨二枚払えっていうのか、ますますだな。
従魔って、何かとお金掛かるんだなぁと嘆息気味に財布を取り出すと。
「肉だ」
ファングが何かを見詰めつつこう言った。
「肉?」
「俺のスキルだろ? 肉だ」
「……それって、どんなスキルなの?」
「文字通り、肉を生み出すスキルだ」
「ちょっとやってみてもらってもいい?」
と、ファングは右手を差し向けると、彼の目の前に綺麗なブロック肉が出て来た。
桜色した赤身に、さざ波のように白いサシが入っている、見事な食肉だ。
これは……いけるんじゃないか!?
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