第21話 面々鉢合わせ
と、とりあえず彼の従魔登録は終わった。
従魔登録にあたって僕の項目に従魔士の職業が追加されたが、そんなことはどうでもよくて。
僕はその足でジビエ肉加工を生業としている工場へと向かった。
手短に挨拶をすませ、ファングのスキルによって生成された肉を見てもらう。
「……一級品ですね、このわんちゃんの肉は」
「そ、そうですか。ちょっと味見しても大丈夫ですか?」
「食べてみますか? 軽く焼いたものになりますが、凄く上品な味わいですよ」
味付けは一切ない、それでは頂きます……っ!!
口に入れた瞬間、肉が溶けたぞ!
「ウィル、ものは一つ相談なんですが」
「ちょっと、待ってください……! 余りのことに僕も動揺しちゃって」
今は冷静を取り戻したい。
ファングのスキルはいわば僕のスキルと同じ、いやそれ以上の商品価値が秘められたこの世界の宝だ。しかしそれがゆえに危険もつきもので、例えばこの国の肉製品の供給がファングに依存した場合、彼のさじ加減ひとつで一気に崩壊する。
「ウィル、もうそろそろじゃないのか?」
などと、ファングの飼い主としての方針を考えていると、彼はこう言った。
「もうそろそろって?」
「エンジュとマケインと言ったか、二人にすき焼きをごちそうすると言ってただろ」
「あ、もうそんな時間か」
今すぐにここを出立しないと。
だが、ジビエ肉加工を受け持っている青年、ロイドは僕の服のすそをつかんだ。
「待ってくれ、エッグオブタイクーン・ウィルと呼ばれる貴方がまさか肉の評価させるだけさせて、それ以上は何もなしなのか?」
う、うーん。
「それは、貴方の熱意しだいですね。これ以上の交渉をしたいのなら今から僕について来てくださいよ」
そう言うと、ロイドは間髪入れずに作業服を脱ぎ、魅力的な肉体を見せた。
下着姿になったあとは、ノースリーブのシャツと灰色のズボンをはいて。
「どこへ行くんだ?」
「僕の家ですよ、そこですき焼きという鍋料理をある人たちと囲む予定です」
ロイドとの交渉の続きはその席で聞きますと言い、僕たちはすき焼きの材料を買い足ししつつ家に向かった。玄関でロイドに靴を脱いでもらい、買った食材を台所に移した。
「ロイドはその恰好で寒くないんですか?」
「俺は、普段から肉の解体で体動かすので、基礎体温が高いので」
ふむふむ、とりあえずすき焼きの下準備をするか。
「手伝えることはありますか?」
「いや、大丈夫。できればファングの相手しててください」
そう言うと、ファングはロイドにミルクを所望していた。
ファングのような古代狼の主食って、ミルクでいいのかな?
そこらへんはこの後で来るエンジュに色々と聞いてみよう。
そろそろジニーも帰って来る時間だろうし、今夜は盛り上がりそうだ。
すき焼きの準備に追われていると、先ずはマケインがエンジュを連れて訪れた。
「こんばんは」
「こんばんは、先ほどはどうも、靴を脱いでお上がりください」
エンジュは玄関で靴を脱ぐと、栗毛のコートを脱ぎ、赤い生地に黒いストライプが入ったワンピース姿になる。先に来ていたジビエ肉加工業者のロイドを見ると、エンジュは片手を上げていた。
「誰かと思えばエンジュか」
「久しぶり」
二人は知り合いだったらしい。
彼女は慣れたようすでロイドの隣の席に腰かけると、足元にいるファングの頭をなでていた。
彼女を連れて来たマケインはスーツの上着を脱いで、僕の横に並ぶ。
「手伝いますよウィル」
「うん」
マケインは僕の手元に目をやり、見様見真似で野菜をカットする。
背後から、ロイドたちの他愛ない会話が聞こえた。
「エンジュはウィルさんとはどういった関係だ?」
「……彼に雇われようと思って、ロイドは?」
「俺はお前がなでなでしてるわんちゃんの」
ロイドからわんちゃんと言われたファングは訂正させようとする。
「俺はファング、犬畜生とは違う」
「謝ってロイド」
ファングの態度にエンジュがこういい、ロイドは少しした後席を立った。
後ろが気になってふと見ると、ロイドはファングに土下座しようとしてて。
「それはやりすぎ」
「お前が謝れって言うからだろ!?」
と言ったやり取りで、その場の笑いを買っていた。
リビングに笑い声が木霊したところに、ジニーも帰って来た。
「ただいま? ここは私の家で間違ってない?」
見慣れない顔ぶれにジニーはおずおずと言った感じでリビングに上がり。
エンジュとロイドの二人からえしゃくされていた。
「ウィル、この人たちは?」
「マケインから紹介された人で、女性の方がエンジュ、男性の方はロイド」
「ロイド……ああ、肉屋の?」
ジニーに尋ねられたロイドは、肯定しつつ、お邪魔してますと告げていた。
「そう言えばウィルが昨日言ってた気がする、すき焼き専門店だっけ?」
「そう、その店のためにエンジュには女将として、ロイドは、あー、肉の仕入れをお願いしようと思ってるんだ」
エンジュとロイドの二人はそこで合点がいったようだ。
なぜ二人がここで鉢合わせたのか、その理由について。
ロイドは素朴な疑問を覚えたようで、改まって僕に聞く。
「すき焼きってなんなんです?」
「僕の故郷の郷土料理、昨日ジニーが持ち帰った魔獣の肉で作ってみたら、もの凄く美味しくできてね。これは商品化できると思った。人の好みによるんだけど、すき焼きには生卵をつけて食べる風習もある。今から作るから、百聞は一見にしかずと行こうよ……ロイドには、ファングが生み出す肉がすき焼きに適しているのか評価してもらいたいな」
「まぁ、俺としてはこのわ、ファングの肉はぜひとも仕入れたいと思ってるんで」
うん、それはわかってる。
けど、ファングの了承が得れてないし、例え頷いてくれたとしても、機嫌をそこねれば反故にされる可能性もある。ファングに僕みたいな商魂があれば別だけど、どうしたものか。
考え込んでいると、ジニーが悲鳴をあげた。
「痛っ! 何!? なにこの犬!?」
なにごとかと思えば、ファングがジニーの足に噛みついているし。
「や、やめろファングっ、急にどうした」
ジニーが足をぶんぶんと振り回すと、ファングは振りはらわれて。
「ウィル、この女とはどういった関係だ。こいつは俺をなぶり殺しにした奴だ」
えっと……えぇ?
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