第19話 初めての従魔
家に帰ると、ジニーの姿はなかった。
緊急な任務でも入ったのだろうか?
最近の彼女の活躍は、人が変わったかのようだからな。
仕事着から普段着に着替え、マケインに打診された二号店の計画を立てていると。
玄関から物音が聞こえた、ジニーが帰って来たみたいだ。
「ただいまウィル、今日は凄いですよ」
な、何が?
「お帰り、凄いってな……何それ?」
「ジビエ肉ですよ、と言ってもこれは私が討伐した魔獣の肉ですが」
「魔獣の肉か、僕は食べたことないよ」
「魔獣の肉は普通のお肉よりも美味しいらしいと評判ですからね」
ふーん、そうなんだ。
ジニーから肉を受け取り、嗅いでみる。
ちゃんと処理されているようで臭みはなかった。
赤身に対して食欲をそそるサシがきめ細かに入っている。
見ているだけでよだれが垂れそうなほど、美味しそうだった。
手早く着替えをすませたジニーが元気な様子で戻って来る。
「今日はどんなごちそうにありつけるのか、楽しみです」
「じゃあ、僕の郷土料理にしよう」
「ウィルの?」
郷土と言っても、この世界ティル・ナ・ノーグの話じゃない、地球のことだ。
さいきんは王都近辺もめっきり寒くなったし、季節柄、鍋がいいだろう。
肉と鍋、そして地球の日本とくれば――すき焼きだ。
「ん~、美味しい~!」
ジニーは用意されたすき焼き鍋に今まで見たことがないほど喜んでいる。
彼女がときめき声をあげて子供のようにすき焼きを頬張る姿に、僕も嬉しくなった。
……マケインから打診されていた二号店、すき焼き専門店にしようかな。
その場合安定した良質な肉の供給が必須だけど、どうにかならないかな。
しかし、彼女が持ち帰った魔獣肉は本当に美味しい。
牛肉の評価基準で言えばA5って奴の部類に入るんじゃないか?
前世の時に一度だけ食べたことあるけど、あれは美味しかった。
その晩はジニーとすき焼き鍋を初めて囲い、お互いに歓喜して。
いい塩梅の心地で床につくと、不思議な夢を見た。
「おい、ファング、あれを出せ」
夢の中で僕はファングと呼ばれていた。
謎めいた相手に「あれ」とやらを要求されて、しぶしぶと言った様子で提供すると。
「痛っ」
「木偶の坊が」
僕はその相手と、他の連中からいじめられていた。
連中は僕が提供した「あれ」に貪りつき、隙をうかがわせている。
そしたら僕は隙を見せていた相手に後ろから襲いかかった。
歯牙をむき出しにして、相手の喉元を死力尽くして噛み千切る。
他の連中は僕の豹変におそれをなして、一目散に逃げて行ったよ。
僕は倒したそいつの血肉を胃袋に収め、最高の快感を得ていた。
「――美味い」
そして眩しい、気づけば朝になっていて、鋭い陽射しによって起こされる。
不思議な夢を見たからか、体の様子が変だ。
寝ぼけまなこが覚醒していくと、僕の身体はくの字に曲がっていて。
お腹のあたりに異物の触感がすると思いきや、卵を抱いているのだ。
先日遭遇したジニーを包んでいた赤い卵よりやや小ぶりの白い卵で。
卵はドクン、ドクンと中で何かが胎動している。
「……どうしようこれ」
上体を起こし、同じベッドにいるその卵を見て困惑している。
……よし、一先ず放置しておこう。
今日はマケインと再び交渉卓につくことになっているし。
先ずは大衆浴場へ向かい、汗を流して。
「ウィルじゃないか、奇遇だ!」
大衆浴場にはトレントがいた。
トレントは僕のギルドで唯一の肉体労働系の貴重な人材だ。
褐色肌の下には普段の肉体労働でつちかった筋肉が目立つ。
彼も師匠がどこからか捕まえて来た秘蔵っ子の一人だ。
年は僕の二つ下で、今年で十六になる。
「トレント、僕は今日、お店空けるから頼むね」
「お出かけ?」
「マケインと二つ目の店舗について相談して来る」
「二号店か、僕たち順調みたいだな。さすがはウィルだ」
彼の言うとおり、僕たちの商人ギルドの業績は順調だった。
今年新設された商人ギルドのランキングだと、堂々の一位を獲得している。
素晴らしい、この調子で師匠が作ったギルドを追い越そう。
トレントと別れ、期待に胸を膨らませて家に帰り、浮かれ調子の僕は現実に立ち返った。
玄関で靴を脱いで、リビングに上がると一匹の白い犬がミルクを漁って飲んでいた。
「……帰ったのか」
「喋った!?」
おかしなことに、ミルクを飲んでいた犬は人の言葉を話していた。
「喋ったらまずかったか?」
「えっと、君はどこから迷い込んだの?」
「さぁ、気づいたらそこの部屋のベッドの上にいた」
声色からして彼? が示した方向には僕の部屋がある。
気になったので部屋に向かうと、例の白い卵が割れて中は空だ。
「あんたの名前は?」
「え? ああ、僕の名前はウィル。君は?」
「ファング」
その名前は夢で聞いた僕の名前だった。
恐らく、ファングは白い卵から生まれたんだろう。
僕はファングの卵の殻をゴミとして箒で集めて。
その後は彼が床にこぼしたミルクを拭い去って。
彼が汚した後片づけを終えると、マケインと落ち合う時間が迫っていた。
急いで準備して、家から出立した。
「ファング、とりあえずついて来てよ」
「わかった」
「ちょっと急ぐけど、君なら問題なさそうだよね」
「そうだな、俺はもっと俊敏に動けるぞ」
白い犬の外見をしたファングは、僕の駆け足に楽勝と言った感じでついてきた。
だから待ち合わせ場所の中央広場にはものの数分でついた。
「マケイン、お待たせ」
「やぁウィル、本日もお日柄がいいですね。そちらに連れているのはウィルの従魔ですか?」
「みたいなものかな、彼の名前はファング。こう見えて人の言葉を理解できるから」
マケインにファングの紹介をすますと、彼は口を開いた。
「マケインとかいったな」
「はい、ウィルには大変お世話になっております」
「お前がつけている香水だかなんだかの匂いがキツイぞ」
「ははは、以後気を付けるといたします」
マケインと広場で落ち合った後は、件の店舗にファングを連れて向かう。
道中マケインはファングについて言及した。
「ウィル、基本王都では従魔を連れて歩くことは出来ませんよ?」
「え? そうなの? 他の街では当たり前のように連れてるのに、なぜ?」
「聞いた話ですが、王都にその昔、災厄級の魔物の群れが襲来したようで」
マケインの説明を受けると、ファングがたんたんと補足し始める。
「俺の親の世代の話だな、なんでも凄い魔獣がその時いたらしい」
「へ、へぇ」
ってことはファングって可愛らしい外見とは違い、危険なのかな?
マケインは相槌をうつように、最後につけたした。
「以来、王都の住民は魔獣を忌みているのです、例え誰かの従魔だろうとね。ですがご安心を、そこはギルド組合にちゃんと届け出をしていれば王都での同行も認められますから、この後でギルド組合までお越しください」
「わかった、それはそうと、紹介してくれる人はあの人でよかったのかな?」
マケインについて行くと、紹介される店舗の前に一人の女性が立っていた。
マケインは「さようですウィル」と言い、小走りでその女性に近づく。
「ご紹介いたしますね、こちら王都でゆいいつのペットショップの店長をなさっていた従魔士のエンジュさんです」
一つ結いにされた長い白銀色の髪を肩から下げ、見た瞬間、胸が高鳴る笑顔が魅力的な女性だった。身長は僕と同じぐらいで、瞳の色は黄金に輝き、桜色した唇でさいど自分の名前を静かに告げていた。
「エンジュと申します」
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