S.3 Act.4 イベントグッズが賄賂です

 6つの火球を吐き、ようやく落ち着いたテクラ。

 希美のぞみの魔法の矢でテクラを正常化しようとした瞬間、7つめの火球を吐き出した。

 それによって水蒸気爆発を起こしてしまい、テクラが巻き込まれた。


◇ ◇ ◇


 またもやテクラのピンチである。8月上旬に、自身の火球で起こしてしまった山火事で危うく焼死する事故があった、今回またしても自身の吐いた火球で、今度は水蒸気爆発に巻き込まれる。大事故だ。


 その場にいたあかり、かずさ、たまき、そして矢を放った希美が心配そうに見るが、熱い水蒸気が邪魔をしている。火球から一番近いテクラは、あの熱湯のような水蒸気を全身に浴びてしまったかもしれないのだから気がかりだ。

 その水蒸気はすぐに晴れたが、ベンチに座っているテクラが見当たらない。


 ベンチに駆けつけると、その後ろでテクラが倒れていた。

「大丈夫!?」

「うう……足がちょっと熱い」

 どうやら命に危険はないようだが、倒れているとなると心配だ。

 現状を確認するが、ウィッチ服に変身しているテクラは問題となる怪我や火傷は見当たらない。

 すると自分で立ちあがり、手足を動かして確認をした。

「痛いところとかない?」

「うん、どこも大丈夫や」

「足は? 熱かったんやない?」

「平気平気。ちょっと水の勢いが強かって、鼻にちょっと入って『うっ』となったらバランス取られへんようになっただけや」

「オー、テクラスイマセーン」

 単に希美が放った魔法の矢の威力が強く、それでベンチから落ちたために最悪の状況は避けられたようだった。


 その時、後ろで消火活動に当たっていた消防士ひとりがこちらに向かってきた。大きな火の手が上がったかと思うと、いきなり鈍い音がして水しぶきと水蒸気が同時に上がったのである。消防士としては見過ごせない案件だ。

「大丈夫ですか? 今のは何ですか? 爆発した音がしましたけど」

 その問いにあかりが対応していた。魔法少女を助けるため魔法の水をかけたこと。その時に火球を吐いてしまい、その反応で水蒸気爆発のような状態になったこと。その爆発にひとり巻き込まれたが、問題はなかったことなどを説明する。


「消火完了ということでいいですね?」

 消防署員は確認する。職務上必要な事だからだ。

「そうですね。消火は完了していますが……あ!」

「ん、何か?」

「これが燃えているんです」

 あかりが指を差したのは、テクラが出したであろうゲ……固形物である。

 その固形物は、テクラの座っているベンチから数~数十メートル先に散らばっていたねずみ色のドロドロとしたものだ。完全に固まっているわけではなく、水の含んだ泥という感じだ。手で掬っても持てるくらいの粘度である。

「魔法の水が当たったから、そのお陰で消火できたみたいです」

「これが、燃えてると……」

 消防署員が消防車に戻り、火かき棒を持ってきた。その火かき棒の先にその固形物を付けて確認する。


 臭いをかぐ。油の臭いはどうもしないようだ。

「これ、C重油っぽいですね。まあ色は全然違うし、粘度もちょっと固いけど」

 C重油は、主に船舶用の燃料や大型ボイラーなどで使われる。それによく似ているそうだ。

「これが魔法の正体ですかー」

「そう決まった訳やないんですけど」

「あかり先生、私の時と対応が違う。ぶーぶー」

 自身が言った言葉とほぼ同様に問いに対し、答えが全然違うと抗議している。やはりかずさは軽くあしらわれていたのか……

「予防措置として〈化学隊〉呼びましょか」

「かがくたい?」

「化学消防隊ですわ。このままなら二次火災の恐れもありますから。消火剤かけといたら延焼はしないと思いますんで」

「え! ちょっと待ってください」

「はい?」

 すぐ近くで火災が起こっている近くに、可燃物が広範囲にわたってばら撒かれている状態を消防署員が見逃すはずはない。延焼を防止する意味でも対応を取るのは当たり前のことだ。それをあかりは待ったをかけた。そしてたまきと相談する。


「師匠、これ、テクラちゃんのゲロ…………固形物ですけど、これ、貴重ですよね」

「私も初めて見た。かなり貴重や思う。魔法が具現化されてんねやから」

「これ、絶対に後で何かに応用出来そうですよ」

「確かに、研究用としても確保しときたいわ」

「回収すべきですよね」

「出来たら保管しときたいなあ」

「うん」「はい」


「この…………固形物は、私たちで処理しますのでご心配なく」

 あかりは消防署員に答えた。

「いや、こんな近くで火事が起こってんのに可燃物あったら二次被害が心配ですし、早めに処置をしておかないと」

「だからこっちで回収します」

「いや、燃えるんでしょ? 可燃物でしょ?」

「早めに何とかしますから」

「だから、薬剤撒いて燃えんようにこっちでしときますから」

 あかりと消防署員がやりあっていた。

 どうしても可燃物の処理を早く何とかしたい消防署と、学術的にも貴重なゲロじゃなくって魔法が具現化された固形物を保管したいMGU(ウィッチエイド)側。押し問答が続く。

 見かねたたまきは道具を取ってくるように言った。

「あかりちゃん、こっちで説得しとくから、あかりちゃんは私の家にいって、使えるバケツとか容器持って来て」

「師匠、了解しました!」

 去り際に、あかりは希美に指示を出す。

「希美ちゃん、もしも火が出たら、さっきの魔法の矢出来る?」

「もう一度くらいなら出せマース!」

「じゃあ準備して万が一に備えといてね。じゃあ!」

 そう言い残しあかりは空を飛び、テクラの家まで戻った。

「隊員さん、こっちには魔法で火を消せる子がいるんで、もうちょっと待ってもらっていいですかねえ」

「いや、これはこっちで任せてください! いくらMGU(ウィッチエイド)の方でも消火活動はこちらで指揮を執らせてもらいます」

 押し問答はつづき埒があかない。


 その時、かずさが消防署員の後ろから消防服を引っぱっていた。

「ねえねえ、ファンクラブ入ってるでしょ」

「えっ!???」

 かずさが妙な事を消防隊員に聞いている。

「サイン……いる」

「え、いや……ちょっと?」

「それ以外やったら、グッズとか私の家に残ってるやつでよかったら」

「いやいやいや、それはちょっとマズいかなと」

「マズくはない。ここにいる人だけしか分からへんねんから」

 かずさと消防隊員でしか通用しない話をしている。サイン? グッズ?

「生写真とかは?」

「あ、それはいらないです。俺、ロリコンちゃうし。あ、でもツーショットなら欲しいかな」

「よっしゃ!それで手を打とう!」

「ちょっと勝手に決めないで」

 この話、たまきは何となく分かっていたが、魔法少女になって2か月目の希美は話が理解出来ていなかった。

「何の話デスかー?」

「俺、今年の試験は受かってるから、10月か来年1月に小隊長に昇格予定なんですわ」

「何の心配もない。黙ってるから。ねーみんな!」

「はい。そうします」

「ヨクワカリマセンが、ガンバリマース!」

 消防署員はため息をつき、

「分かりました。化学隊が到着するまで、この現場をお任せします。でも、化学隊が到着するまでですよ」

 と、折れてくれた。

「よっしゃー!」

 かずさの機転で、ようやく固形物の採取が可能になった。それにしても生写真とかツーショットとか何の話だろう?

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