S.3 Act.2 火の玉、再び

 魔法少女になるため、新しいネックレスの着用を試していたテクラたち。

 そのネックレスを着用して数分も経たないうちに、テクラは気分が悪くなり始めた。

 全身が高熱になる「熱暴走」を発症させたのだ。


 テクラを救うために、再びあかり、かずさ、希美のぞみは空を飛んだ。


◇ ◇ ◇


「吹っ飛ぶってどういう事っすか! あかり先生!」

「そのまんまや。紀の川に行くで」

「うう……気分……悪い」

「テクラちゃん、吐いたらあかんで。もうちょっと我慢して!」

 その時、テクラがウィッチ服に変身した。

「おお、変わった! 変身できた!」

「おお、魔法少女復活デース」

「緊急時の変身やな。行くで!」

 かずさと希美もウィッチ服に変身して、2階の窓から4人が飛び出す。あかりはテクラを抱きながら、ふたりはその後を追う。

 幸いテクラの家のすぐ近くに紀の川がある。空を飛べばすぐに川面が確認できるくらいの近さだ。


◇ ◇ ◇


 紀の川上空に到着して一旦静止する。

「よーしテクラちゃん、川に向かって吐いて!」

「おー、思いっきりゲロするデース!」

「うえぇぇ、こ……こんなところでへぇ」

 へろへろになったテクラは、高熱にはなっているが意識は保っている。ただ、ここで吐けと言われても、人前では中々出来ないだろう。

「絶対に他の方向に吐いたらあかんで。河川敷にもなるべく吐かずに。川面、わかる? 水があるところにうまく飛ばしてな」

「そ、そんな……そんなこと言われても……でき……うっっぷ!!!」

 テクラは口を押さえたが、胃の中のものが逆流したように何かを吐いた。


「うげえへええええ……!」


 口から出て来たものは大きな火球だ。


 前回山火事を起こした時のあの火球だが、今回はそれをはるかにしのぐ大きさだ。ゆうに直径5m以上はありそうだ。もう火球というよりも「ミニ太陽」と言った方がすっきりする。

「うわああああ!」

「ひええええ! お助けクダサーイ!」

「テクラちゃん、ちゃんと飛ばしてや!」

 火球は吐かれた後、テクラの目の前で制止している。テクラが無意識だと思うが火球を鼻で押し出すようなポーズをとった。

 すると、火球はフワフワと飛んで行ったかと思うと、急に川面に落下する。途中風に煽られたのか、火球は少し北側に寄っていき、一部は河川敷に落ちたようだ。

「かずさ、ぼーっとしてんと、枯れ草に燃え移らんように監視して」

「了解」

 かずさはテクラの元から離れて河川敷付近に行き、付近にいた人を遠くに退かせた。


「うっ! また来る」

「え! ふたつ目!?本当に大丈夫???」

「……げはああぁああ!」


 また再び大きな火球を出したかと思うと、連続でもうひとつ生み出した。


「ちょっと待って、2つ連続!?」


 直径5メートルの火球ふたつが川面に落ちて行ったが、途中ふたつがひとつの塊になり、形はいびつだがさらに大きくなった。さらに、大きくなったことと風が吹いたのが原因で、1/4ほどが河川敷に落ちた。最初に落ちた火球の一部が河川敷に生えていた枯れ草に燃え移り、さらに火球が落ちてきたことにより、燃える範囲が格段に増えていく。


「あかりサーン、もうちょっと高度下げた方が良くないデスか?」

「そうね、もうちょっと…………え!?」


 あかりが川面に目を移そうと川の下流を見たら、信じられない光景が広がっていた。


「川が燃えてる??」


 テクラが1発目に放った火球は、川に落ちて消えずに、流れながら川を燃やし続けているのだ。


「どういう事デスか?」

「何これ???」

 希美の問いにあかりも答えられない、異常事態である。

「かずさ!川。川を消して!」


 かずさは、人を遠ざけて枯れ草の消火に移っていたが、あかりの指示で川を見た。やはり、あかりたちと同様に驚いている。すぐに上空に舞い戻ると、そこから自身の魔法で水を出し、燃えさかる炎めがけて投下した。

 水がかかった瞬間勢いよく水しぶきが四方八方に飛び散り、あたり一面は水蒸気で視界を遮られた。

「なんじゃこりゃあー、って熱っ!」

 水蒸気がとんでもなく熱く、かずさは水蒸気からすぐに撤退する。

「これ、いつもの火災現場と違うぞ?」


 あかりもかずさの消火現場を目撃していた。やはり、今回は「何か違う雰囲気」がした。

 消火活動を見ていた希美も、

「あかりさん、私も消火活動に行ってきマース」

 と、出て行こうとするが、あかりは止めた。

「希美ちゃんはダメ!」

「何でデスか?」

「テクラちゃんを助けるから」

「おー、そうデシた」

 希美は唯一、魔法少女の暴走を止める治癒能力がある。今彼女を使う時ではない。


 かずさが報告にやって来た。

「あかり先生あかん。あの火ヤバイ。水かけたら水蒸気が大量に出て来て、それがすんごい火傷するくらい熱いねん」

「やっぱりか。水蒸気爆発を起こしてる可能性があるな」

「水蒸気爆発?」

「モモか寺原先生に聞いたら教えてくれると思うで。しっかし厄介やなー。消火できひんな-」

 熱いものに水を触れさせると急激に水蒸気となって膨張し、大きいものになると爆発を起こす現象だ。

「それほどの高温の球を出せるとか、本当にテクラちゃんは規格外やわー。チートやわー。ますますあなたが欲しなった。うふ」

「あかりさん……やめてください……私、普通の人間ですよ」

 テクラはまだ気分が悪いようで、青い顔をしながらあかりに抱きかかえられている。

「普通の人間は火の玉なんか吐かへんでー。うふふ」

「えー、あかりさん酷い」

「大丈夫。私があなたの盾になります」

 テクラをしっかり握りしめるあかりだった。

「お願いしますね」


「あかり先生、どうしよう?」

「川の消火は無理。消す方法はない。だからかずさは河川敷の草の消火。ただ、直接水をかけずに、周りにかけて延焼させんようにして。完全消火は無理や」

「了解」

 かずさは河川敷の消火に向かう。

「あかりサン。私の魔法の弓はいつヤリましょーか?」

「うーん、テクラちゃんの火球を出し切ったらやろうかと思ってるけど、まだまだ先かもね」

「ガッテン承知の助!」

「うっ!」

「え?」

「……げはああぁああ!」

 本日4個目の火球を放出したテクラ。

「ま……まだ出るの???」

「まだ気持ち悪い……」

「そ、そう……。ここで全部吐いてね」

 あかりはこの時に決断した。私たちだけではどうにも出来ないと言う事を。


「希美ちゃん、私の左のポケットからスマホ出して」

「エ…………ポケット…………ドコデスカ?」

 テクラを抱きかかえていて両手が塞がれているので、希美にお願いした。が、あかりのもこもこフワフワのウィッチ服のどこにポケットがあるのか分からず、希美はきょとんとしている。

「大体ここら辺にポケットがありそうやなって思ったら、そこにポケットが出てくるから」

 普通ならそんなことはありえないのだが、魔法の服だからそういうことも出来るんだろう。希美は素直に従った。

 あかりの左の骨盤あたりを触るとポケットに手を突っ込めた。

「おー、スゴイです!ポケットありました!」

 そこからスマホを取り出す希美。

「そしたら、橋本警察の古川さんに電話して」

「はい…………って、ワタシ、あんまり漢字よくワカリマセーン」

「ああ、さすが帰国子女……、じゃあシリを起動!」

「ハイデス! …………出来マシタ!」

「ヘイシリ! 橋本警察の古川さんに電話して!」


 いつまで続くのか分からないテクラちゃんの火球吐き、その火球が消火できない厄介な物である事、そして、どんどん下流に流れる炎。

 ウィッチエイドだけでは手に負えないと判断し、警察と消防に力を借りることにした。


 いつもは綺麗な紀の川の流れは、今や見るも耐えないほどの業火に包まれていた。一番遠くで燃えている炎は、最初に出した火球の火だろうか。

 この光景を見て、あかりは少しだけ笑顔になった。しかし、それは〈乾いた笑顔〉といった方がいいのかもしれない。

 そんな顔でぼそっと言葉を漏らした。





「地獄って、こんな感じかなあ……」





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