S.3 Act.0 あかり、ビンタされる
8月も終わりに近づくウィッチエイドの事務所は、いつになく慌ただしかった。
この前起こった暴走事故の処理で、今も本庁の教育委員会事務局から応援の職員が何人か働いてる。
その中で、明らかにふてくされて仕事をしていないダメ職員が一人いた。
遠藤あかり。ウィッチエイド担当の主任である。
「うう、力が出ないよう……」
「アンパンマンですか。仕事してください」
同じくウィッチエイド担当で唯一の男性職員、堀江が突っ込む。
「えー、だってだって、あのテクラちゃん確保に失敗したんやで。そのあとの残務処理もいっぱい残ってるし、被害者宅に謝りに行けんようになってるし、どうすんのんこれ」
「だから応援の人が来て仕事してるんでしょ。そのだらしない格好やめてください。主任なんだから指揮に関わるんですよ」
「分かってるわ。でも、こっからどうしてええんか本当に分からへんねや」
机に倒れ込み、大きなため息をつくあかり。
「なあ、酒飲みながら仕事していい?」
「なんでですか、40年前の公務員じゃないんですよ」
堀江もため息をついた。
あかりは給湯室に行って自分のマグカップを持って来た。クロネコが描かれているお気に入りのカップだ。まじまじと見ながら、「どうしたらええんかな」とつぶやいた。
職場に戻り、備え付けのコーヒーメーカーから持って来たマグカップにコーヒーを注ぐ。
自分の机に戻っても、本当にやる気が起きないのかまだだらけている。
椅子に座って天井を見る。その視界に誰かが入ってきた。
「おう!」
「ん、誰?」
「お前いい加減にせんかいやー!!!!! なあ!!! おい!!! やる気あんのかオラッ!!!!!」
大音響の罵声が飛んできたかと思うと、あかりの右のほっぺたにビンタがお見舞いされる。
その反動で、あかりは椅子から豪快に転げ落ちた。
『極道の妻』の異名を持つ室長のご登場である。
「あ、室長。……珍しいですね。室長が指令室から出てくるなんて……」
室長はあかりの胸ぐらをつかみ問いかけた。
「なあ、そんなに今の仕事が嫌か? ああ!?」
あかりは本能的に「ヤバイ」事を悟る。室長の今の目はとにかくヤバイ。これはやってしまったと思った。
直立不動になって、「いえ、そんなことはないです!」 と言ってみたものの、
「ほう、私にはそうは思わんな。ええ加減にせい!!!」
またもや耳元に大声で叫ばれる。あかりは真顔で耐えるしかなかった。
隣の席にいた堀江はすごすごとどこかへ行ってしまう。椎は「かずさの様子を見てきます」と言い、同じく退散。ウィッチエイドの事務所は、応援職員の二人だけになってしまった。その職員も半分涙目である。
となりの事務所を仕切るパーティションから、ふたりほど顔を出す人が見えた。
「あのーすいません。一般市民の方も来ていらっしゃいますので、控えて頂けるとありがたいのですが……」
隣の隣に部署を構える県納税事務所の職員の人たちだった。
「ああ、いつもすいません。ほら、室津君謝って」
そのふたりの後ろから急いで駆けつけた、教育委員会の鈴木課長がやって来た。
ウィッチエイドの事務所はパーティションで区切られているだけなので、大声を出せばフロアに声は丸聞こえだ。隣の島は教育委員会総務の島だが、それ以降は県の納税事務所が使っている。カウンターもあって一般市民の方も来所する。幸い来ている人はいないが、ここで大声はマズいと思う。
「あ、すまない。場所を変える」
そう言い、あかりは室長に首根っこを掴まれ、一緒に指令室に入っていった。
◇ ◇ ◇
室長は司令室に入ると、あかりを立たせてこう言った。
「よし、まずはウィッチ服に変身しろ」
「え、それってどういう……」
「せめてもの情けだ。それなら痛くはないだろう」
あかりはさらにヤバいことになったと、改めて思った。
「え、待って。いつもは〈教育支援課〉と〈青少年対策室〉は部署が違うんやないんですか」
「は? だから?」
「だから、こっちの問題だけで、室長に迷惑はかけてませんから」
「はああ? そんな魂の抜けたショボい仕事してるから、先輩ウィッチの私が〈指導〉してやろうって言ってんだよ。ありがたいと思わないとな」
「ごめんなさい、作者はエロ・グロタグや暴力タグは付けたくないという方針なので、それはちょっと……」
「メタネタはいい。 ウ ィ ッ チ 服 に 変 身 し ろ 」
「……はい」
◇ ◇ ◇
数分後、司令室から出て来たあかりはウィッチ服のままだった。
いつの間にか堀江も椎も戻って来ており、事務所はいつもの平静さを取り戻す。そこに、ウィッチ服を着た桃がやって来た。
あかりがモモに問いかける。
「なあ、さっき屋上の入口から帰って来とったよな」
「そう~。高野山で交通事故の応援に出てた~。でも、あの大声の中帰れへんわ~」
「いや、分かってたんやったら助けてよ! 大変やったんやで!」
「でもあかりちゃん、室長に怒られた方がええわ。最近はいつものあかりちゃんやなかったもん」
「…………はあー。そうやな。私が悪いんや」
「じゃ、私は特務帰着の報告してくるわ」
そう言ってモモは階段へ向かう。すぐ横にある扉から入らないのは、サボっていたのがバレるからだ。
あかりは自席に戻る。
「何発ですか?」
「わからんくらい。人やったら死んでた」
「だから言わんこっちゃない」
堀江からもグチグチ言われる。
「でもまあ、わかったわ。やっぱり、私にしか出来ひん仕事やねん。これは」
そう独り言をつぶやくと机に向かう。そこに椎がやって来る。
「あかりちゃんね、やっぱりテクラちゃんの謎を解く方が先だと思うんだけど」
「うん、それは室長からも言われた」
「どう考えても、適齢の魔法少女の能力が消えるなんて事はありえないから」
「ただ、〈独自開花した魔法少女〉ってあんまり多くないから分からんことだらけやし、そもそも秘匿情報が多すぎてどっから手を付けてええかわからん」
「私も知り合いの元ウィッチとかから話聞いて来るから」
「こっちは正攻法で、京都の本部から情報を引き出せるか確認するわ」
先輩である椎からも、テクラの処遇については気になるようだ。
現状、吉野郡管轄内に魔法少女がひとりもいない危機的状況にある中、大型新人「予定」であるテクラは貴重な戦力になる。なので、テクラに魔法少女の能力がなくなった原因を突き止める事が最優先課題だ。五條暴走事故の後処理は応援の職員に任せておけばいい。
しかし、それを調査するのには多くの難問が待ち受けている。
石を使わず魔法少女の力を開花した人。あかりの言うところの「天然物の魔法少女」は数が少なく、開花の経緯や能力の確認など、ほとんどがよく分かっていない。おまけに独自開花した情報は公開されていないのだ。
「あと、テクラちゃんをあかりちゃんの〈魅惑の能力〉であそこまで骨抜きにしたんだもの。最後まで責任取ってあげなきゃね」
「まあね。彼女を私の〈もの〉にしたんやから。きっちり、最後まで面倒を見てあげるつもりやで」
「うん。そういう言い回しが〈あかりちゃんレズ疑惑説〉になってるの、分かってるわよね」
「女の子は好きだよ。大好き」
あかりはそう答える。椎は若干引き気味だ。
「だって、あんなに健気に頑張っている姿を見て嫌いになるわけないやん。私の現役時代にも先輩方は心開いてくれたし。だから彼女から要望されたら私は何としてでも夢を叶えたいって思うねん。だから椎先輩、その節はありがとうございました」
椎は少しドッキリとする。
「あかりちゃんね、私に桃の能力を使って誘惑しても、なにも出ないよ」
「あれー、わかりましたー? いやー、ついつい能力が溢れてしまって大変なんですよー。なんてったって、私、〈出生の桃〉ウィッチとして優秀ですから-」
「もう、調子いいんだから」
「でも、テクラちゃんは師匠のお孫さんやし、師匠自身も望んではる。私自身仕事に余裕が出来る。だからテクラちゃんの魔法少女化、絶対に諦めんから」
「さっきまで仕事したくなとか言ってた人がどの口で……」
「うふふー、大丈夫! 私、完全復活したからー!」
そう、大声で叫ぶあかりだった。
それから10分ほど経ってあかりはウィッチ服を解除したが、「まだ殴られたところが痛む」と言っていた。防御機能があるウィッチ服といえども、室長の〈指導〉はあまり効果がなかったようだ。
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