Scene.2 Action.6 たまきの想い

 たまきの運転する車で警察署を後にする。

 まだまだ事後処理は続くので気は休まらないが、とりあえずは一区切り付いた。そして3日ぶりの我が家へのご帰宅だ。


「テクラちゃん、私のワガママでこんな目に遭わせてしまって、本当にごめんね」

「あ、うん」

 そうだ、たまきばあちゃんに聞かきゃいけないことがひとつ、あったんだ。でも、それを聞き出すことが何故か出来ない。昔から大好きで、いろんな事を教えてくれていた祖母たまきが、私に隠しごとをしていたことが少しショックだったのだ。


――私をウィッチにしたのがおばあちゃん……


◇ ◇ ◇


 車は国道24号線を行く。道路は夕方のラッシュで混雑している。雨も朝から降り続いているのでなおさらだ。

 てっきり京奈和道で帰るものだと思っていたが、「帰りにスーパー寄りたい」と言うことで国道を使ったらしい。だがこれは、私との話を作るためだったんだろう。


「私もね、元魔法少女だったのよ」


 それは突然の告白だった。まさかおばあちゃんもウィッチだったなんて……

「私も当時の室長に見込まれてね。魔法少女になれて嬉しかったー」

 日本はウィッチに対して抵抗感がないと聞いていたが、おばあちゃんもそうなんだ。と思った。

 それから、たまきは当時のことを全て話す。


 現役時代のたまきはかなり優秀で、地域からも愛されていた魔法少女だった。当時の奈良圏(ゾーン)(昔は奈良県で単独の圏(ゾーン)だった)は、今よりも魔法少女はたくさんいて、お互いの能力で助け合っていた。

「奈良全体で200人くらい、吉野の各郡だけなら60人くらいいたんじゃないかな」

「今はどれくらいいるの?」

「ゼロだよ」

「え!? ゼロ?」


 今と昔では魔法少女の出現率がまるっきり違うそうだ。

 今から40年以上前、たまきが魔法少女からウィッチへ変性(注:魔法の能力が変わること)する頃から全国で魔法少女が生まれにくくなった。原因を調査して対策すると、また魔法少女が誕生するようになった。ただ、吉野ゾーンに関しては結果は変わらず、そればかりか、十津川などの紀伊半島中央部では全く出現しなくなった。

 そのため、ドイツ在住のたまきは、地元に恩返しをするため、何故十津川に魔法少女が出現しなくなったか調査をしたいらしい。彼女自身が民俗学者でもあるため、興味のある話だったというのもある。


「ほら、2年前おじいちゃんが亡くなったでしょ。だから、もうドイツに用はないなと思って、こっちに帰って来たのよ」

「そう……だったんだ」

 大好きなおばあちゃんがドイツを離れるという話を聞いたのが、たまきが引っ越す直前だった。とても悲しかった記憶がある。そういう理由でドイツからいなくなったんだ。そう思うと、何か複雑な気持ちになる。


 民族学とは、地域における生活・風習など、無形文化を調べる学問だと言っても過言ではない。実地調査や聞き取り調査が全てなのだ。今後も、一生をかけて「魔法少女が出現しない理由」を探すという。

「はい、この話は一旦おしまい。スーパー着いたからまた今度話すね」


◇ ◇ ◇


 買い物を済まして自宅に戻ってきた。

 久しぶりの我が家だ。本当にこの3日間は色々あった。私の生きてきた14年の人生分をこの間で体験した。そんな濃縮した時間だったように思う。


「おかえり、居候」

 たまきの次女である我が家の大黒柱、かえでが迎えてくれた。その顔は、いつもの笑顔で、何事もなかったように振る舞っている普通のかえでだった。

 私が警察で色々あったことを気にしてくれているんだろうか。

「どうやった臭い飯は」

「クサイメシ?」

 うん。そうだよね。かえでさんがそんなこと気にする人じゃないよな。

「ははは、ま、格が付いたってもんだな。これで2学期からの学校で、夏休みデビューしましたって大手を振って言えるな!」

「かえでさん、意味わからん」

「ほらほら、飯が出来てるから食え!」

 そう言いながらダイニングキッチンまで、その怪力で連れて行かれた。


 ダイニングキッチンまで来ると、食事は既に用意されてあった。やっぱり、おばあちゃんはスーパーに行く必要などなかったのだ。

 今日の晩ごはんはシチュー。真夏にシチューはどうかと思うが、たまき特製のシチューのようだ。テクラの大好物である。

「もうちょっと待ってな。ばあちゃん来たら食べような」

「うん」


 それまでくつろぐため、居間のソファーに移り、写っているテレビを眺めてる。この時間は7時のニュースをやっていた。かえでさんもこっちに来て一緒に見入る。

 すると、テレビからは……

「(次は、魔法少女暴走の続報です)」

「ぶっ!」

 吹き出してしまった!

「え、これ何?」

「何って、お前のやった事件やろ。昨日からワイドショートでいっぱいやってるわ」

「ええええええええ?????」


 テレビの画面は、私が病院から警察署まで乗ったワゴン車が映しだされており、後部座席に警察官の髙橋さんがチラッと映っていた。

――ということは、、、、、、、

 画面中央部、髙橋さんの隣にある、ジャンパーらしきもので匿われている物体。

――もしかしてあれ、私????

「何で顔隠すんや。堂々としたらええのに」

「これを、昨日からやってたん?」

「うん。ワイドショーは延々とやってた。やる事なかったんやな」

「これ、どこで流れてんのん?」

「このニュースは全国ニュースやで」


 が ー ん !


 肩を落とし、絶望に打ちひしがれたような顔で呆然とかえでの顔を見続けた。かえでは笑顔で、

「だから顔出しといたらよかってん。注目の的やで」

 引っ込み思案なテクラ。国際テロリストの人質になって、世界中のニュースを駆け回った彼女は、もう世間から注目されてたくない。そう思っていたのに。

 テレビからは続々と映像と音声が流れてくる。テクラは、顔の表情は変えずに、そのままテレビを見続けた。


 電車が線路の途中で止まり、パンタグラフがありえないくらいぐにゃりと曲がっている。電車の周りには警察官や工事関係者が慌ただしく作業していた。

 某コンビニでは、停電している様子が映しだされ、入口の自動ドアには張り紙がしてある。

 スーパーの店員らしき人がインタビューを受けていて、「明後日以降の生鮮品の発注が出来ないんでどうしようか」と困っている。

 信号が停電して、渋滞が発生している様子。さらに、

「ダムを管理する国土交通省の光ファイバー網が寸断され、一時ダムの遠隔システムが正常に作動しなくなりました。このことに対して、国土交通省の担当官は……」

「(まもなく台風が来ますので、これに備えて水位調整を行っていますが、少し防災体勢の見直しを検討中です)」

「現在も、一部の水門が開閉できなくなるなどの不具合が生じており、台風の襲来に備えて、遠隔操作している無人のダムでは、係員を派遣するなど対応に追われています」


――ああ、本当にごめんなさい。こんなにも大事になっていたとは……


 そこに、車を置いて来たたまきが帰って来た。

 そして、居間のテクラを見て異変に気づく。

「テクラちゃん。堂々としたらええで」

 と、たまきは言う。しかし、テクラはその意見には賛同できない。

「無理やわ。もう表出られへん」

「大丈夫や、ほら見てみ」


 テレビでは街頭のインタビューに切り替わっていた。

「久しぶりの大型新人が入ってきたんで、みんな大喜びですわ……このショーウィンドウですか? まあこれ、多分保険下りると思いますし」

 店主であろう人が、店の前の、割れた大きなショーウィンドウの前で話をしている。子育て中の母親は、子供を抱きながら、

「そうですね。この地域、魔法少女いないんで、まあ、これで安心かなと」

「ここまでやんちゃな子もどうかと思うけど。……はい。嬉しいですね」

 配送のトラックの人が、何故か笑顔で嬉しいと言っている?


「みんな魔法少女好きやねん」

 たまきの声が聞こえた。

「日本は魔法少女を受け入れてくれる。だから、安心して頑張っていけばええから」


 やっぱり、日本は変わった国だ。魔法少女と言うだけで、これだけ肯定する人たちがいっぱいいるのだ。あれだけ迷惑をかけているのに。


 これど、少し心が落ち着く。


「うん。じゃあそうするわ」

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