Scene.2 Action.5 私を追い越してみな!

 逮捕されて2日目の朝

 テクラは、警察署の地下にある留置場で目を覚ました。昨日から寝てばかりだが、意外と快眠できている。そこそこ小綺麗だが、精神的に警察署の留置場は、あまり過ごしたくはない場所である。


 7時に起床、8時に朝食と、タイムスケジュールは決まっているらしい。9時前になると、担当の警察官、髙橋さんが迎えに来てくれた。一旦取調室に行って待つ。

 外に出ると雨が降っていた。地下にいたせいか、天候すらわからなかった。これから器物損壊の実況見分に行くらしい。本当なら交通事故を早めに処理したいそうだが、物損事件からやるとの事。通行規制して行う交通事故検証は、雨だと二次被害が出る恐れがあるそうなので後回しとなった。

「本来なら手錠をかけるんやけど、あなたは魔法少女やし、意味がないから。けど、ちゃんと付いてきてよ」

 こうして取調室から出て、警察署の裏口を通って車に乗り込む。


◇ ◇ ◇


 朝、寝起きのあかりは、パジャマのままテレビを見ていた。

「今日は雨か。うっとおしいな」とつぶやくが、この憂鬱さは雨だけではなかった。テレビのニュースから流れてくる映像が、さらに気分を沈めさせているからだ。


「この度は申し訳ありませんでした」

 テレビでは、見なれた顔が謝罪会見をしていた。ウチの鈴木課長である。他にも、本庁にいる部長や本部長、それに県知事も同じ机に立ち、頭を下げていた。

「魔法の力が強力で、暴走の予想すら出来ませんでした」

「開花直後と言うこともあり、魔法を制御することすら知らない状態で……」

「おととい昼頃、奈良県五條市で突然魔法少女が暴走し、走っている車7台に次々と衝突し、付近の住宅や店舗を破壊。さらに、付近を走っているJRの架線を切断し、JR和歌山線は約3時間不通となりました」


「うーん、結構大きなって来たなあ」

 朝のニュースで報道されていると言うことは、全国ニュースになっているのだろう。スマホのニュースサイトを見ると、ヘッドラインで報道されていた。

 今日も1日、この事後処理をしなければならないと思うと、出勤する前から疲れる。

 が、あかりはもう、既に次の一手を考えている。

「まあ、マスコミ対応だけぶっ込めばいいだけか……」


◇ ◇ ◇


 テクラの乗せた車は見覚えのある場所で止まった。そこは奈良県の五條合同庁舎前だった。

 気が重くなる。それは、彼女が初めてウィッチになったと宣告された場所だからだ。そうか、ここからスタートするのか。

 車から降りて借りた傘を差した。ふと庁舎の玄関を見ると、雨が降っているにもかかわらず誰か立っている。傘もささずに佇んでいたのは、あかりだった。


 すかさず警官の髙橋が、安藤に向かい指示をする。

「ああ、またあかりちゃんかあ。ちょっと、どっか行くように言うてこい」

「わかりました」

 女性警察官の安藤は、あかりに向かう。

「遠藤さん、容疑者との接触は今はマズいんですよ。分かるでしょう」

「えー、だってー、ここ私の職場ですから」

「でもじゃないです。早く立ち去ってください」

「わかりましたよ、行けばいいんでしょ行けばー。ちょっと私の大人の魅力をテクラちゃんに見せつけてやろうと思ったのにー」

「濡れネズミ姿が魅力的ですか? 傘を忘れたダメな大人28歳既婚者にしか見えませんよ」

「いや、まだ私、ないすばでーのドジっ子女子高生永遠の17歳でいけるから。大丈夫だから」

「そしたら私、今度街中で見かけたら職質して補導しますからね」

 安藤に付き添われ、あかりは玄関に向かう。


 しかし、玄関まで来たあかりは振り返り、

「テクラちゃーん。待ってるからねー!」

 と、大声で彼女に叫んだ。


 あかりの表情は、眉はつり上がっているが、笑顔で、少しはにかんでいる。挑戦的な笑みというのだろうか。テクラにはそう思えた。

――早く、立派なウィッチになって、私を追い越してみせな!

 そんな風に私に語りかけてきている。


 前日に、あかりからは、私をウィッチエイドに入るための「執念」のようなものを感じ取っていた。そこまでして私をMGUに入れたいのかな? 何故だろう? 何のメリットがあるのだろうか。テクラには、あかりが何をしたいのか、まったく分からなかった。


◇ ◇ ◇


 午前中の見分を終えて警察署で昼食をとる。その後も外出するのかと思っていたが、取りやめとなった。それもそのはずで、テクラの容疑は、

 ・架線を切断して電車を運休させた「刑法、列車往来危険罪」

 ・車17台との接触容疑。うち2台は全損状態。信号無視や通行区分違反などの「道路交通法違反」

 ・家屋、電線、電柱等への破壊31件の「刑法、器物損壊罪」

 ・森林放火などの「刑法、建造物等以外放火罪」「森林法違反」

 ・余罪追及

 とてもではないが、ちまちまと実況見分をしている時間がないからだ。

 これは、捜査は逮捕から送検するまで48時間以内で終わらなければならない決まりがある。警察署内では、手の空いているもの総動員で対応しても無理とのことで、結局、重大事案である列車往来危険と放火容疑、確定している器物損壊罪の電線・通信線の切断容疑に絞り捜査することになった。軽微な道路交通違反や、親告罪となる器物破損については、後日対応となる。


 午後から調書づくりの取り調べが行われ、17時になったので帰ってよし。ということになった。

「あああ、これで帰れる! 3日ぶりだー!」

 最後に取り調べをしていたのは、女性警察官の田村だった。

「お疲れさま。でも、まだまだ案件は残ってるから、警察から出頭命令が来たら絶対に来てね。そうしないと、今度は本当に帰れなくなるからね」

「え、まじ?」

「まじまじ。在宅捜査っていうやつになるから、まだ逮捕されてる状態だからね」

「うへー」


◇ ◇ ◇


 家から迎えの車が到着した。車を運転していたのは、祖母のたまきだった。

 警察署の3階にあるロビー。自販機が並ぶ休憩スペースで、テクラと髙橋と安藤が、たまきの到着を待っていた。


「はい、お待たせだよ」

「ああ、おばあちゃん!」

 胸に飛び込むテクラ。さぞ心細かったんだろう。


「ああ、髙橋さん、お久しぶりです」

「こんにちは。師匠。あ、こちらは去年着任した安藤です」

「安藤です。初めまして。お噂はかねがね」

「そう。よろしくね。さて、テクラちゃん。帰ろうかねえ」

「あ、ちょっと待ってください。今後のことについて少しだけお話が。安藤。テクラちゃん見といてあげて」

「はい」

 これで帰れると思ったのに、まだまだ時間がかかりそうだと思った。一刻も早くこの場所から去りたいのに。


 女性警察官安藤と二人きりになると、安藤から話しかけてきた。

「テクラちゃんって……」

「はい?」

「彼氏はいるの?」

 コイバナを振られてしまった。

「ボーイフレンドはいますよ。ドイツに」

「へええ、すごいね。どんな子なの?」

「ええ、やさしくて思いやりがあるいい人ですよ」

「そうなんだー。寂しくない?」

「そうですね、会えないのは寂しいです。日本に来る前にパーティーしたんですが、来れなかったし」

「残念やね。日本で友達とかは?」

「希美以外いないです」

「ああ、和歌山の青石の子か。まあ、魔法少女になったら、嫌でも友達たくさん出来るから」

「そうですかね?」

 あまり魔法少女にいい印象を持っていないテクラは、本当に私みたいなウィッチを友達になってくれるのか、不安になって来た。


「もし、こっちでいい人が出来たらどうする?」

「ええ、どういう事ですか」

「好きな人が出来たらどうするって事」

 友達の話に移ったのかと思ったら、まだコイバナは続いていたらしい。

「ああ、まあ良ければ付き合うんじゃないですかね?」

「ええ、じゃあ、ドイツの彼はどうするの?」

「うーん、冬にドイツに帰るつもりでいるので、その時にまた会いたいな」

 すると田村はびっくりしいた。

「ええ!? もしかして二股するの?」

「フタマタ?」

 単語が分からなかったので「オウム返し」をしてみた。こういう時は、だいたい日本人は意味が理解出来なかったのかと思って、詳しく説明してくれる。私が産みだした会話テクニックだ。

「ふたりと同時に付き合うって事」

「??? いや、誰と付き合っても別に構わないと思いますけど」

「うーん、そうだけど、ドイツの彼に不誠実すぎない?」

「へ? 別に、彼はボーイフレンドだし。人づきあいは苦手だけど、いい人が出て来ればいいんじゃないですかね」

「そっかー、テクラちゃんって結構大胆なんだ……」

 安藤は引きつる笑いを見せている。


 この話は、日本と外国との差の問題である。

 日本で付き合うというのは、告白したりして、お互い認め合って好きになることを言う。

 対してテクラは、友達状態からお互いに仲良くなり、より一層理解が深まった時、初めて彼氏・彼女の関係になるものだと思っている。要するに、話がかみ合っていないのだ。


 そんな話をしていると、テクラも少し考えてしまう。彼氏も欲しいとは思っているが、その前に、日本で友達はまだほとんど出来ていない。彼女の理論からすると、友達が出来ないと、彼氏すらできないことになる。

 そして、いつもひとりぼっちだ。それももう飽きた。切実に友達が欲しいと。9月になれば学校が始まるので、そこで仲の良い人が見つかればいいのだが、まだ夏休みは3週間もある。


 まだまだ、友達も、ボーイフレンドも、彼氏も、ほど遠いようだ。

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