Scene.2 Action.3 犯罪者になっちゃった(後編)

 それにしても病院はやることがない。ベッドの上にいても何もすることはないし、スマホでゲームやニュースを見続けるのも飽きた。病室にあるテレビはお金がかかるそうで、財布を持ち合わせていない私は見ることが出来ない。

 体の方は、ほぼ傷もなく、体力はあまりに余っているので散歩をしようと思った。

 しかし、病室の扉を開けて出ようとすると、扉の両サイドに男の人ふたりが立っていた。顔怖く、凶悪犯のようだった。


「えーと、テクラちゃんだったね。何か用」

「散歩に行こうかと」

「ごめん、今病室を出ちゃダメなんだ」

「おじさんたちは誰ですか?」

「刑事だよ。警察官」

「警察官。あ! もしかして私を悪い魔法少女から守ってくれてるんですか?」

「え、あー、うんうん。だいたいそう」

「ありがとうございます。見張っててくれるんですね。じゃあおとなしくします」


――そうだった、私、悪い、赤い魔法少女に狙われてるんだ。うかつに外に行くとまずいんだ。おとなしくしてよう。


 そう思い、テクラはあかりに言われたとおり、自分の思い出した記憶を頼りに昨日の日記を書き出した。


 昼頃になると、検温とお昼ごはんを食べる。

 もう日記も書き終わり、やることがなくなった。気づいたら寝てしまったようだ。


× × ×

(フラッシュバック)

○テクラの自宅・居間(朝)

あかり 「あーん、可愛いー。未来のホープ!

 って感じ。やさしさにも気品があふれてる

 わ」

   テクラ(14)に抱きつくあかり(28)。

× × ×

   テクラに透明な箱に入ったネックレス

   を見せるあかり。

× × ×

   テクラの付けたネックレスをじっと見る。

あかり 「うん、やっぱり光ってる。キャー!

 もしかすると、あなたは逸材になるかもね」

   テクラに抱きつく。


○国道24号線(朝)

   歩道を歩くテクラ、東向き車線の道路

   は少し混んでいる。

   はるか先の交差点を透視する。

   おばあちゃん(81)が交差点を渡る場面を

   確認するテクラ。

テクラ『あのおばあちゃんは交通事故に遭う!』

   走りだす。道路を走っている車より速

   い。


○同 橋本1丁目交差点(朝)

   交差点を横断しているおばあちゃんに

   抱きつくテクラ。

   後ろを振り向いて確認する。

× × ×

   魔法少女に変身したテクラ。歩いてい

   る人や車の運転手がぞろぞろテクラの

   周りに集まって来る。

男性A(30代)「大丈夫ですか?」

   遠くから救急車やパトカーの緊急自動

   車の音が聞こえてくる。

   自分自身の体を確認するテクラ。

テクラ 「ええぇぇぇぇ~~~!!!」

   その場から走って立ち去る。


○紀ノ川上空(朝)

   空を飛ぶテクラ。手足をバタバタさせ

   ている。

   かずさ(14)が飛びながら登場。テクラの

   上空で制止する。

かずさ 「ここらじゃ見かけないけど、あなた

 どこの郡から来たの?」

   かずさを見上げる。

テクラ「あなたは天使様ですか?」

   と、聞きながら落下する。

   紀ノ川に落ちる。


○吉野本部 会議室

   6畳ほどの広さ。机があり、入口側に

   テクラ、たまき(65)。奥にあかりと堀江

   (25)。上座に鈴木課長(51)がいる。

堀江 「ええ、今回あなたに身体能力の向上・

 ウィッチ服への変身・飛行能力など、ウィ

 ッチの基本能力が備わったと考えています」

テクラ 「何でそんなことしたんですか!!!」

   会議室を飛びだすテクラ。


○五條市内

   住宅と店舗が混在する2車線道路。

   歩道があり歩道を走るテクラ。泣いて

   いる。

テクラ『私が魔女になった? 冗談じゃない。

  もうドイツに帰れない』

(フラッシュバック おわり)

× × ×


 ベッドから飛び起きるテクラ。何故か、嫌な汗をかいて、心臓がドキドキしている。


――もしかして、今のが真実!?


 はっきりと思い出した。けれど、思い出したくない。そんな事実だった。


『 私 が 赤 い 魔 法 少 女 だ っ た な ん て ! 』


――死にたい。このまま死んでしまいたい。

 あの暴走自動車に巻き込まれて死んだ方がよかった。

 溺れて助けてもらわなくていいのに。

 魔法で一生地上に降りられなくなった方がマシ。

 あのまま焼死すればどれほどよかったか――


 大嫌いなウィッチになったことが嫌という以前に、自分が悪い魔法少女で、その彼女に自分がにさらわれたと「悲劇のヒロイン」を装って豪語したことがよっぽど効いているらしい。

 だから言ったじゃん。その妄想はやめた方がいいって……


 赤面を隠しながら後悔している時に、扉をノックして入ってくる人がいた。あかりとたまきだった。


「こんにちはー、あかりでーす」

「あ!」

「テクラちゃん何そんなに赤くなっているの?」

 たまきが聞いてきた。

「何にもないから見ないで」

「そう?」


 あかりはすぐさまベッドの横のサイドテーブルに置いてあった日記を手に取った。

「お、日記もう書けた?」

「あ!それはダメ!」

 その日記を熟読するあかり。テクラは「あああ」と言いながら固まってしまった。

 そのあかりの後ろから、ひょっこり女の子が現れた。そして、一緒にその日記を読んでいた。


「うんうん、よく書けてるね! 早く、悪者の赤い魔法少女を懲らしめないとだね」

 満面の笑みでテクラちゃんに笑いかけるあかり。

 その言葉を聞いたテクラは、すぐにその日記を取り返そうとする。

「ダメです! それは黒歴史です!」

「おお、〈黒歴史〉って単語知ってるのね、相当日本語を理解しているね。ドイツ人なのに。」

「ドイツランド関係ないです。返してくーだーさーい-!」

「こら、ふたりとも暴れない」

 たまきに言われてふたりとも落ち着いたが、あかりの後ろに隠れていた少女が、魔法少女に変身して簡単なポーズをとった。火事現場で見かけた、あの青い魔法少女だ。

「どうもー。正義の青い魔法少女だよ! てへっ」

 かずさだった。

 赤面した顔がさらに真っ赤になっていくテクラの顔。目の焦点が合わなくなり、体が小刻みに震えていた。そして、ふとんを頭から被り、

「殺してー! 誰でもいいから殺してー!」

 大声を上げるテクラ。「ぎゃはは」と、笑い飛ばすあかり。愉快な光景が広がっていく。


 収拾がつかなくなった病室で、意外にも、最初に収束さて行くのがあかりだった。

「ごめん、テクラちゃん。からかったことは謝るわ。でも、その反応から見るに、全部思い出したって事でいいの?」

 布団の中でバタバタ暴れていたテクラも、おとなしくなる。

「はい」

「市内を暴れ回ったことも?」

「はい」

「車を踏み潰したり、電線を切ったり、おまけに電柱にパンチを食らわせて電柱を折ったり」

「……はい……ちょっと痛かった」

「色々なものに当たって建物壊したり、酒屋さんのショーウィンドー粉々にしたり」

「多分、ほとんど」

「最後に、竹林燃やしたことも?」


 ここで、布団から頭を出したテクラ。

「そういえば希美ちゃんがいた」

「うん、もう思い出したようね」


 そしてあかりは、テクラに対して深々とおじぎをした。

「ごめんなさい。私たちがテクラちゃんを魔法少女にしました。けれど、私たちが手助けをしなくても、いずれはあなた自身で魔法の力を手に入れていたと思います」

「おお、あかり先生がお辞儀をした。珍しい」

「あなたの人生は、もう魔法と切っても切れなくなっています。ですので、その力をぜひ私たちに貸してください」

「え、でも……」

「ドイツ人のテクラちゃんにとって、ウィッチがどれだけ人に嫌われているのかも知っています。けれど、日本ではそういうことはありません。私が保証します」

 たまきが話しかけてくる。

「今回ね、テクラちゃんを魔法少女にしようと言ったのは私だったの」

「え!おばあちゃんが!」

「あなたはいつも、自分は不幸体質だって言ってるけど、本当は、あなた自身がみんなに幸せを贈っているの、気づいてないでしょ?」

 意味がわからなかった。確かに不幸は毎回愚痴のようにたまきに言っている。けど、私が幸せを贈っているとか、気にしたこともなかった。


「希美ちゃんや、ここにいるかずさちゃんに天使様って言ったみたいだけれど、あなたが正真正銘の天使様なのよ」

「私が……?」

 いつの間にか、あかりとかずさは病室の扉にいて、誰かが入ってきた。付き添われるように、ひとりの老婆が入ってきた。


「おうおう、昨日の魔法少女さん。本当にありがとうねえ」

「ええ?(誰?)」

「昨日、あんたがいなかったら、私はとうの昔にお陀仏や。ありがと、ありがと」

 テクラの手を取って、必死にお礼を言っている老婆。

「あれ、昨日助けたおばあちゃんを忘れてる?」

 かずさに言われてハッと気づいた。交差点を横断する時、暴走車に巻き込まれそうになったおばあちゃんだった。


「おばあちゃん、ハナさんて言うんだけど、あなたに一言お礼がしたいからって、無理に五條まで来てくれたのよ」

「もうわし、足腰痛くて近所以外行けないけど、あんたが五條の病院に入院したからって聞いてから、こりゃ見舞いに行ってやらんと思って来たんよ」

 足が悪くて出歩くこともおっくうだったおばあちゃんが、テクラのために見舞いに駆けつけてくれた。その事だけでもテクラは暖かい思いに包まれた。

「ほれー、何か言ってあげてよ」

「ありがとう。私は元気です」

「そか。早う元気になっていっぱい人助けしてやりや」

「はい」

 それだけを言うと、ハナばあちゃんは病室を出て行った。


「テクラちゃん。魔法少女になって、みんなを助けて欲しい。訓練には希美ちゃんを同行することも出来るから」

 いつにもなく、真剣なあかりの姿を見て、テクラも襟を正した。

「ああ、希美ちゃんがやってるボランティアって……」

「そう、ウィッチエイドって言うんだよ。みんなでね、人助けをするんだ」

 青色魔法少女、かずさが答える。

「人助け、私が?」

「そう、だって、あなたは天使様だから」

 たまきも答える。


「え……でも……」

「テクラ! あなたが欲しい!」

 あかりがテクラの手をつかみ、抱き寄せた。

「えええ?」

「私の目を見て!」

 まるでプロポーズされたようなシチュエーションに戸惑うものの、あかりの真剣なまなざしを見て、目を逸らせなくなっていた。


「あなたの全てとは言わない。あなたに宿るほんの少しの魔法の力を、私たちに与えて欲しい。そして、その代償として、私はあなたの欲しいものを、全て与えます!」


 声が出なかった。

 あかりさんの目。表情。どれをとっても真剣で誠実だと思った。「欲しいものを全て与える」 これも覚悟のある言葉だと思う。代償として大きすぎるのではないか。そこまでして私を欲しているの? それとも信頼しているの?

 私はその問いに、真剣で、誠実に向き合わなければ。


「ゾーンウィッチエイドに入りませんか?」

「はい、やってみようと思います」


 心の底からそう思った。

 あかりさんに全てを任せてみようと思った。

 ウィッチがどうとかではない。私をそれほどまでに信頼している事に対して、誠意を示さなければと思ったのだ。


 テクラはあかりさんにしがみつき、少し泣いた。

 感動の涙だった。


 あかりは笑顔で……


「はい、言質録りました!」

「へ?」

「ああ、いや、何でもないよ。本当にありがとーねー。さすが師匠のお孫さんは理解が早くて助かる。大好きー。きゃー」

 しがみついているテクラを、逆にキツく抱きしめるあかり。

 そして右のポケットから何かの機械を出して操作した。


「(ゾーンウィッチエイドに入りませんか?)」

「(はい、やってみようと思います)」

「そ……それは!?」

 あかりのポケットから出したのはICレコーダーだった。


「いやー、これで対策できるわー。もし、上から強制的にウィッチエイドに入れたんやないかって言われても、このファイルがあれば大丈夫やねん」

「ええ……」

「ごめんなあかりちゃん。最近こういう〈やる・やらない〉みたいな話が、後々クレームになることがあって、言質録りたかったんやわー」

「……もしかして」

「これあると後々の加入手続きとか、めんどうな処理が結構すっ飛ばせるし、面接とかも1回で済むし、ほんまありがとー」

「それだけ?」

「うん。それだけー。あ、ファイルロックしとこ」


 テクラはあかりを突き飛ばす。表情は怒っている。当然か。

「なんで…………なんですかー。ちょっと感動したのにー!」

「あはは、ごめんごめん。でも、やってくれるんでしょ?」

「うん……、まあ、やりますけど。」


 その場にいるたまきもかずさも大喜びだ。

「テクラちゃんおめでと。本当にありがとうね」

「おっしゃー、後輩が出来たー。これで特務も楽できるー!」

 少し不満だけれど、何故か新しいことにチャレンジすることを、みんな応援してくれているようで気持ちがよかった。

 これからどうなるかわからない。けれど、新天地、日本で新たなスタートを切れた感覚だった。


「では、最初のミッションを与えます」

「ミッション?」

 あかりから初めての仕事を言い渡される。どういう仕事なのだろうか?

「そうです。これはあなたにしかできません。手助けすることも出来ない過酷なものです」

「ええ?」

 かずさが、私の肩に両腕をかけて諭すように言った。

「今後も、ウィッチエイドしていると付き合わなきゃいけない人たちだから、仲良くするんだよ」

「そうそう、聞かれたことは素直に、正直に言えば拘留期間はめったに延びないから」

「コウリュウ?」

 日本語の意味がわからなかったのでオウム返しになってしまった。まだわからない日本語もあるのかな? と、少し考えるテクラ。

「すぐに在宅捜査になると思うから、明日の夜には帰れると思うけどね。」

「ええ、家に帰れないの?」

 かえでは、テクラの日本の家で生活しているたまきの次女だ。家の中のことを取り仕切っている肝っ玉母さんだ。

 しかし、何故家に帰れないんだろう?


 すると、また病室に入ってくる男ふたりが見えた。

「奈良県警五條署の髙橋です」

「同じく田村です」

 病室の扉の前を見張っていてくれた刑事さんだ。何か用があるのかと眺めていると、

「それではケーニッヒテクラさん、列車往来危険罪、森林法違反、道路交通法違反他の容疑で逮捕します。はい、13時45分」

「えええええ?」

 病室の前に張り込んでいた刑事は、赤い魔法少女から身を守ってくれている訳ではなく、テクラを逮捕しに来た刑事だった。そういえば、テクラ本人が赤い魔法少女なのだから、あながち間違いではないのだが。


 あかりが刑事に反論する。

「えー、とりあえず、病院の退院手続きが済むまで待ってくださいよ。病室で逮捕はちょっと酷くないですかー?」

「いや、こっちも15時までに確保しないと、もう一度裁判所の手続きやり直さなきゃいけないので面倒なんですよ」

「ちょっと、逮捕ってどういう事ですか!」

 ちょっと反抗してみた。

「ほら、市内で車壊したり物壊したりしたでしょ」

「えっ!?」

「こっちも被害届が出たから、いちおう捜査しないといけないんですわ」

「そんな……」

「だから、ウィッチエイドが警察に捕まって事情聞かれるのはよくあることなんだ。頑張れ(てへぺろ 」

 かずさはそう答えたが、何故か納得がいかない。


「あかりさん、何とかならないんですか!」

「うーん、ちょっと今回はねー、被害額が尋常じゃないのよねー」

「被害額って……」

「配送トラック全損させてるのよね……それで数百万……」

 目の前が真っ暗になった。トラックを壊した。普通の車より高そうな事は何となく分かる。これ、弁償するのは私!?


「建物の損壊とかは見積もり出さないと額はわからないけど、10件じゃ効かないくらい壊してるからねー」

「JR止めたのが痛いよねー。信号機と電車のパンタグラフ破損で1500万くらいだっけ?」

「振替輸送で近鉄と南海にお願いしたから、その分もあとで上乗せ請求が来るだろうし……」

「下手すると5000万くらい行く?」「そこまではないと思う。でも3000万は下らないんじゃ……」

 口々に被害額がどのくらい行くか、あかりとたまきとかずさで話し合いが始まった。テクラはその輪の中で完全に蚊帳の外になってしまった。


「すいません、ユーロで換算するとどれくらいですか?」

 かずさが計算する。

「うーん、23万ユーロ?」

「あああああああああ!!!!!!!」

 ユーロの金額を聞いて、テクラが絶叫した。円よりもユーロで話した方がわかりやすかったのだろう。


 すかさずたまきがフォローをする。

「大丈夫。上が何とかしてくれるから」

 あかりは親指を立てて、ウインクしながら

「テクラちゃん。グッドラック」

「グッドラックじゃねー!!!!」


 そして私は、医者から退院許可をもらい退院する。着替えて退院の準備が完了すると、警察の車で病院を後にした。が、病院から出る時に、刑事さんから顔を隠すように言われる。どうやら報道陣らしき人たちが写真を撮っているからだという。本当に、私犯罪者じゃん!!!!


 これから私の人生どうなるのー!!!!


[EOF]

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