Action.5 まさかあなたが天使様(その2)

 西吉野村で発生した山火事。その山火事のすぐ側で倒れているテクラを発見したかずさ。

「発見しました!」

 一言だけ無線を入れるとテクラに駆け寄った。そして絶句した。

 変身が解除されていて、全身にアザがつき、ところどころ血がにじんでいる。意識がなく、表情は険しい。状況としてはかなり危ない。

 しかも、火事はすぐ近くで発生している。


「(かずさか! 状況を送れ!)」

「意識がありません! 変身解除されています。蘇生開始しますね」

「(桃7号です。吉野本部。針路お願いします)」

「(かずさと一緒じゃないのか? 賀名生(あのう)梅林南側付近だ。今位置情報を送る…………)」

「(今ヘリの消火活動中なので、その針路では…………)」


 激しい無線のやりとりを聞きながら、かずさはテクラの救護に全力を注ぐ。

 まずは、再度意識の確認だ。ウィッチエイドになると、救命救急講習を必ず受ける。それが今、役に立った。

 本当に意識がないのか、もう一度名前を呼ぶ。

「おーい、テクラちゃーん。テクラちゃーん」

 返事はない。


 テクラが吐いた火球は、少し遠い竹林を焼いていたが、勢いは収まらずにテクラが倒れているすぐ近くまで迫ってきていた。

 竹は水分を多く含んでいるので爆ぜながら燃える。その時の火の粉がテクラの周りまで飛んでくるのだ。

 かずさが、自分の能力を使って、水をかけながら燃え広がらないようにするのが精一杯だった。出来ればテクラの体を少しだけ移動させたいが、救護者の移動などはもってのほかだ。

 無線が何か聞こえてきたが、今はヘリが上空を飛んでいるので聞こえない。

 今日は人捜しの楽な特務だと思っていたのに、まさかこんな事になろうとは思わなかった。


 火の勢いが衰えたので、次に呼吸の確認、その後気道の確保だ。

 まずは彼女の観察をする。お腹の部分が規則正しく上下していればいい。

「…………呼吸は正常。よし。大丈夫。まだ間に合う」


 その時、無線が入る。

「(吉野本部から青の2号)」

「はい、青2号」

「(テクラの意識は戻ったか)」

「戻っていませんが呼吸は正常です」

「(今あかりたちがタンカの用意をしている。意識が戻らなければタンカで救出する。意識が戻れば消火活動中のヘリで搬送だ)」

「了解」

 とりあえず、最悪の状況は回避できた。

 意識はないが、正常な呼吸となっている場合は、意外とやることが少ない。かずさは見守るだけである。

「テクラちゃん待っててね。もうちょっとで助けられるから」


 火事の勢いはまだまだ衰えていないので、かずさはここから消火作業を試みる。

 水を出すだけでいいので楽だが、どこが火元の中心かイマイチわからないので、さすがに完全消火は難しそうだ。


「うう……」

「テクラちゃん!」

 かずさの消火作業で、テクラに水がかかったらしい。それがテクラを目覚めさせた。

「テクラちゃーん、返事してー!」

「あ、気づいたの!?」

 その直後に、どこからかタンカを持ってあかりと希美がようやく到着する。


「うん。今目覚めた!」

「本当。それじゃ、もうこっちで救出しちゃいましょ。ヘリは消火作業に集中させよう」

「え、でも室長は意識が回復したらヘリで救出するって」

「いや、こんな危険なところ、早く移動させないと」

「テクラ、お久しぶりぶり! 元気にしてましたかーってそれどころじゃねいですね……」

「あれ、希美?」

 テクラが希美に気づいた。弱々しい声で、時折苦痛を我慢するかのような顔になる。あかりは、テクラの横に担架を横付けにして作業をしている。

「はーい、あなたの希美ですよ-」

「何で、希美が天使様なの?」

「え? 天使? 私が?」

 希美の姿を見て、テクラは天使と勘違いしたようだ。

 今回は、希美の艶やかなローブ姿から想像したものだろう。確かに、見た目天使様と言われても納得するくらい美しいのだから。

「わたし、天使じゃないですよ。普通の希美デス」


 その時、あかりは何かひらめいたようで、

「希美ちゃん、天使の役に徹して」

「どうしてですか?」

「その方が都合がいいから」

「オー、天使役拝命しましたー」

 希美は何故だかわからないが、ノリノリで天使の役をやろうとしている。現場は火が迫ってきているのに……


「はーい、あなたの天使様ですよ」

「まさか希美が天使様だったとは」

「あなたを、お迎えに上がりました」

 希美はそう言いながらテクラを優しく抱きしめた。


「最期に、希美に会えて、すっごく嬉しい」

「最後じゃないですよ。あなたは助かりまーす。でも、テクラあったかーい、てか、あかりさん、なんだか熱いですよ!」

 あかりがテクラの首元を触る。確かに熱い。熱があるどころの熱さではない。火傷をするくらい熱かった。

「これ、熱暴走してるわ。」

「あかり先生、火が衰えないんですけど!」

「じゃあ、希美ちゃん、お願い」

「了解デーズ」

 希美は、抱いていたテクラをあかりに交代させ、一旦距離を取る。

 10メートルほど離れた位置で、テクラと向き合った。


「テクラ。これがあなたにしてあげられる、私の、最高の魔法でーす」


 希美の手のひらから、水を出す。その水が変形して弓の形になったのだ。

 そうして、もう一方の手のひらから同じく水を出して、今度は矢に変形させたのだ。弓と矢は、キラキラ輝いていて、火事場には似つかないほどの瑞々しさがあった。希美のローブ姿と相まって、とても美しい。


「ちょっと威力があるので弱めにやりますねー」

「へ?」

 希美は、テクラに向かって作った矢をつがえる。

「ちょ、何してんの!」

 かずさは叫んだが、その瞬間、水の矢が射出される。射った矢はテクラに当たり、その水がはじけたかと思うと急激に水蒸気となって、あたり一面を覆った。


 その水蒸気は霧となり、少しすると跡形もなく消えた。その霧の中から現れた希美はポーズを決めており、一言。

「ひゅー。決まりました!」


「おい、びっくりするだろう!」

 文句を言うかずさ。

「テクラちゃん、大丈夫? 痛くない?」

「うん」

 テクラの、あれほどまで傷だらけだった体が、すっかり綺麗になっていたのだ。

大きな傷だったところは、治らずに跡が残る感じにはなってはいるが、目で見て悲惨な状態ではなくなっている。


「よし、これで担架に乗せられる。かずさも消火作業中断して手伝って」

「えええ? 何したの?」

「後で説明するから。ほら。早く」

「希美ちゃん、痛みが消えたよ」

「はーい、テクラ。もうちょっと辛抱でーす」


 テクラを担架に乗せ、その担架を3人で抱えて飛ぶ。協力しながら飛行する技は、魔法少女にとっては高度な技だ。しかし、ベテランウィッチのあかりを前方に置き、後方に希美、サポートにかずさを従え、慎重に運ぶ。

 上空は防災ヘリが飛んでいるため、低空での搬送作業だ。


「青2号から吉野本部」

「(吉野本部)」

「テクラちゃんを救出しました。五條に向けて搬送中です」

「(了解。現在受け入れ病院を消防で確認してもらっている。五条方面へ搬送)」

「了解」


 飛びながら、テクラと希美は少し話をしていた。

「希美のボランティア活動って、もしかして……ウィッチ?」

「はーい、実はそーなんです。念願の魔法少女ですよー」

「そっかあ。そうなんだ」

「日本では、ウィッチは嫌われていないんで。大活躍できますよー」

「へえー」

「というか、そこそこスターの扱いされるんで、鼻タカダカーですよ」

「なんだか不思議だね。ドイツとは違うんだ」

「テクラも、もし魔法少女になったら、一緒に活躍しましょー」

「私は……別にいいかな」

「おー、つれないでーす」


 その話を横で聞いているあかりとかずさ。

「テクラちゃん、まだ魔法少女、嫌がってますね」

「大丈夫。何とかなる。いや、違う。何とかしてみせるから」

「そうですね、あかりさんなら、何としても強引にやらせちゃうかもですね」

「えー、私はキチンと正式な手続きを踏みますよ。なんてったって公務員ですから」

「モモ先生と始末書の数競い合ってる人がよく言いますねえ」

「帰ったら覚えておきなさいって……あー、そういやモモ、バックレたなー」

「本当だ。来てないですね。招集かかってるのに」

「ふふふ、始末書追加してやる。覚えとけ!」


 そうして傷ついた新人魔法少女は、ふたりの魔法少女と、ひとりのウィッチによって危機を脱する。テクラが魔法少女になる・ならないは、ひとまず置いておいて、まずは早く適切な治療が必要だ。


 なお、この顛末が、このあと数十年ぶりの大事件に発展することは、まだ誰も知らない。


(第1部完)


サブエピソードとして、

「ゾーンウィッチエイド 魔法少女テクラの日記」も一部公開してます。

https://kakuyomu.jp/works/16817330648393478453

少し成長したテクラちゃんのお話が読めるよ。

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