S.1 Act.6 呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!

 ウィッチエイドの事務所では、会議室から飛びだしたテクラを捜索する準備を着々と進めてていた。

 一刻も早く見つけ出して、暴走した魔力を止めないと行けないのだ。

 その確保対象のテクラは、今五條市内をひたすら走っていた。


   ◇   ◇   ◇


――今日はなんて散々な1日なんだ……


 走りながらテクラは回想する。

 叔母たまきと一緒に住むためにドイツから来日したテクラ。毎日一緒に過ごしていたが、今日、初めて出会うあかりという女性からネックレスをもらうと、何故かウィッチになったと告白されてしまう。

 何故私をウィッチにしたのか、怒りでいっぱいになりその場を離れた。ドイツでは魔法は迫害される対象になっているからだ。

――これから私の人生はどうなるんだろう。もうドイツに戻れないのかな?

 走りながら考えたが、結論は出ないままだ。


 途中、すれ違う人とぶつかりながら、道もわからず闇雲に走る。何故だか分からないが、走っていないと感情が抑えられなくなる気がしたからだ。


――あれ? 私こんなに怒りっぽかった?

 わがままな性格だとは思うが、こんなにも激しく、相手に怒りをぶつけたことがなかったと思う。今回はなぜここまで怒りが収まらなかったんだろう?

 また考えてしまったが、やはり結論は出なかった。


   ◇   ◇   ◇


 気づけば堤防に出ていた。今どこにいるのかはわからないが、川が流れている。これも紀の川だろうか。

 立ち止まって風景を見る。川沿いの民家は日本独特の雰囲気があるが、遠くの風景はあまりドイツと変わりがない。この日本から海を越えれば中国大陸。両親が住んでいて、さらに数千キロ先に、生まれ育ったドイツがあるのだろう。かなり遠い故郷を思い出した。

 そして我に返ると、あのケバケバした全身赤いコスチュームに替わっていた。朝に起きた交通事故でおばあちゃんを助けた時の服だ。


「あわわわわ。またこの服じゃん。何これ」

 堤防を歩いていた犬連れの女性が、私の姿を奇特な目で見ている。

――むっちゃ恥ずかしい。これどうやって元に戻すの?早く戻してよー。


 また走り出す。犬連れの女性から遠ざかりたい。全速力で走ると、やはり速度はあり得ないくらい速いかった。それに全然疲れる気配がない。これも魔女の能力によるものだろうか。

 対向から自転車乗りのおっちゃんがやって来る。このまま行くとまた凝視されるに決まっている。さらに、まだまだいろんな人が堤防を歩いている。ここは車が走らないので良い散歩道となっているんだろう。


 しょうがないので、堤防ではなく河川敷を走る。その方が目立たなくて済むと思ったからだ。

 しかし甘かった。その先では広場でゲートボールをしている集団がいる。

――私知ってる。ゴルフとビリヤードをかけ合わせたスポーツだ。老人が多いな。


 さて、堤防に戻るか河川敷を走るか。ふたつにひとつだ。

 選択したのは、「河川敷を全速力で突っ切る」だ。おじいちゃんおばあちゃんが多いから、速く走れば顔を見られないだろうと思ったからだ。


 全速力で地面を蹴った……蹴った……蹴ったら、何故か飛んでしまった。

 大空に舞うテクラ。

『ウィッチに飛行能力がどうのとか言ってたっけ。魔女だもん。空くらい飛べるのか。というか、交通事故の後、私、空に浮いてたもんね……』

 また魔女になったという現実に向き合わさることになり、さらに絶望した。


――もう人生どうでもいいかな?


 空を飛びながら、テクラの心が折れた。


   ◇   ◇   ◇


「コンニチワー!呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」

「あーん、希美のぞみちゃんこんにちわーって、……微妙に古いわね。それ」


 あかりのツッコミも冴えなくなる彼女は希美のぞみ。ドイツからの帰国子女だ。だからかなのか、黒髪乙女でどこから見ても日本人なのに、若干日本語が怪しい。


「って、今日は特務の日だったの?」

「いえ、ヒマでゴロ寝してましたですね」

「ああそうなの。今日はちょっと手助けしてほしいのよ。よろしくね」

「オマカセアレー。ところでたまきおばさまがいるって本当ですか?」

「ええ、そこの会議室にいるわよ」

「ガッテン承知の助!」


 会議室に入っていく希美。そこには彼女も大好きなたまきがいた。


「タマキおばさまお久しぶりでーす」

「希美ちゃん久しぶり。元気」

「はい。もう100%元気娘です。で、テクラちゃんのこと聞きましたよー。ウィッチ能力の開花って本当ですか?」

「うん、でも、やっぱり彼女はどうも嫌がっているみたいね」

「あー、わかりますーわかりますー。ドイツはウィッチに厳しいですもんねー。でも、ここは日本なのに……」

「希美ちゃん。うちの室長が話があるって」

 あかりが希美を呼びに来た。


「ハイナ!じゃあ、おばさま。しーゆー」

「うん、またね」

 司令室に入る希美とあかり。

「コンニチワー!呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」

「誰だ! こいつは!」

「ひいぃぃ!」

 室津室長に睨まれる希美。初対面の人にも容赦なくマウントを取りに行く姿勢は、さすが「極道の妻」である。


 希美は日本で生まれで、3歳までは日本で暮らしていたれっきとした日本国籍の日本人。両親も日本人である。だが、変な日本語を多用するので、相手を怒らすことも多い。帰国子女が通る道でもある。

 やはり「極道の妻」こと室津室長には通用しなかった。


 ビクビクしている希美の後ろから、あかりは代わりに説明してあげた。

「ああ、この子は希美ちゃんって言ってテクラちゃんの幼馴染みです。でもって、和歌山ゾーンの青のウィッチです」

「そうか。彼女がそうか」

「はい。たまき師匠も入ってもらいますね」

「うむ。しかし、私は自分の顔を知らないが、最近ウィッチになったのか?」

「は……はいいっ、に……2ヶ月くらい前です」

「そうか」

 室長に睨まれた希美は、もうたじたじだある。


「あの……」

「何だ?」

「……私を……食べますか?」

「女に興味はない。あと、私は既婚者だ」

「……はい?」

 よくわからない希美の発言に、丁寧な受け答えをしてしまう室長との微妙にかみ合わない会話。

「あー……、じゃあ早速ミーティングしましょうか」

 あかりはその場の微妙な空気を読んで、会話をスルーさせた。

 大丈夫だろうか。

 そう思いながら、たまきを入れてのテクラ捜索のミーティングが始まった。


   ◇   ◇   ◇


特務。


 魔法少女救助団、ウィッチエイドでは仕事のことをこう呼んでいる。

 今、かずさは魔法少女の能力に開花した少女、テクラを捜索する特務に当たっている。

 五條のウィッチ事務所から円を描くように空を飛びながら探す。


「(吉野本部から青2号)」

 無線が入った。係長の声だ。

「青2号でーす」

「GPSの信号入れろ。どこ飛んでるかわからん」

「了解でーす」

 無線機にはGPS送受信機能があり、データをケータイ基地局に常時送信して位置を特定できるモードがある。これを司令室で受信して指示を出すのだ。


「それにしてもこれで探せるのかなあ? よく犬とかの動物の捜索とかやらされるけど、見つけた記憶ないからなあ」

 特務を志願したのに不安な事を言うかずさ。しかし、彼女にも思うところがあった。


 後輩が欲しい。


 紀伊半島はかなり前から魔法少女が生まれない特殊なエリアだ。おとなり奈良ゾーンには魔法少女が25人いるのに、吉野ゾーンにはひとりもいない。人口の比率から奈良の方が多いのは当たり前だが、全くいないのもおかしな話だ。

 そのために、勉強嫌いなかずさは特務と称してMGU《ウィッチエイド》の活動に精を出した。得意の飛行能力で紀伊半島を縦横無尽に駆け回る。人間が空を飛ぶのは快感だ。人助けも出来る。

 ただ、ひとりで空を飛ぶのも飽きて来た。仲間が欲しい。そう思ったのだ。


 そんな時に仲間になるかもしれない人が現れた。かずさにとってチャンスが訪れたのだ。何としても引き入れたい。

だが、そんな彼女が今ピンチに陥っている。なので、今は彼女を見つけてあげなきゃ。


 かずさはゆっくり低速で飛びながら街を見下ろすのだった。

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