S.1 Act.5 かずさ、発進しますっ!

 望まない魔法少女の能力に開花したテクラは、事務所から逃げ出した。普段は穏やかで人見知りの彼女が、すごい剣幕で怒っていた状態からすると「魔力酔い」という症状が出ている。魔法を暴走させている危険な状態だ。MGUウィッチエイドは対応に迫られる。


   ◇   ◇   ◇


 追いかけていた堀江が事務所に戻ってきた。会議室にいた3人は、全員あかりの机の前にいた。

「すいません、追いつけませんでした」

 椅子に座っているあかりは、足を組み替えて悩む。

「まあそうやわなー。会議室から出て行ったあの早さからして追いつけるわけないし」

「あと、入口の自動ドアが割れました。」

「おうぅ……」

 あかりは椅子からずり落ちる感じがした。そして、そばに居る課長はあかりに嘆く。

「初の被害ですよ。遠藤君本当にヤバイですよ。ああ、どうしましょ」

「課長は記者会見の準備をして下さい。あと、上にも報告しとって下さいよ」

「ええ、やっぱりしないとダメ」

「ええ、頭下げる練習、しとって下さいね」

「はあ……早く解決させて下さいね」

 課長はとぼとぼと自分のデスクに戻っていった。


 この現状を打破するため、あかりたちは各所に連絡して緊急配備を行う。警察や他の行政機関に連絡をして、行方を追ってもらう。あとはあの人への報告だけである。


「あと堀江。かずさとモモ呼んで来てえや。非常招集。司令室に入れって」

 あかりは、全員で今後の対策を練ろうとしていた。


   ◇   ◇   ◇


 ウィッチエイド担当の部署にある奥の部屋、関係者は「司令室」などと呼んでいる。ICカードがないと開かない部屋が、ウィッチエイドの秘密の部屋である。


「かずさ参上しましたー。あ、たまきのおばーちゃんこんにちは」

「はい、こんにちは」

「早く司令室に入って。私も後から行くからー」

 その少女はかずさ14歳。先ほど教室で授業を受けていた女の子だ。彼女は2年前にウィッチとして開花した吉野ゾーンのエースだ。通常魔法少女の開花は14~15歳であるのに対し、2年も早く小学生の時に開花した。開花年齢は優秀さに比例するので、全国のウィッチエイドでもトップクラスの評価を受けている。

 飛行能力はすさまじく、最高速度は音速近くまで出すことが出来る。それ以上に空中での機動が素晴らしく、自由自在に空を飛ぶことが出来るのだ。正に人間技ではない。魔法使いならではだ。(というか、人間なら重力加速度に耐えきれず失神して死亡する。)

 かずさと一緒に、あかりとたまきも司令室に入っていった。


◇ ◇ ◇


「よっしゃー、これで今日は勉強しなくて済むのか。楽勝楽勝!」

 勉強があまり好きではないかずさのはしゃぎっぷりがすごい。

 しかし、この言葉を、この指令室にいた人が聞き逃さなかった。

「お前な、今度赤点とったらヤバいって言ってるよな。これからひとり増えるのが確実なんだから、特務を外してみっちりと勉強に集中させてあげてもいいんだけど」

「は? 私魔法少女なのに特務なしってどんだけ?」

「ほう、私に口答えするのか。お前どんだけ偉くなったと思っているんだ?」

「あー! 痛い痛い! ギブギブ!!!」

 かずさにアイアンクローをかけている人は、この司令室選任のリーダーでもある室津室長である。女性でありながら破天荒な言動・対応で誰からも恐れられ、「極道の妻」という二つ名まで頂いている。しかし、これでも教育委員会生涯学習部青少年対策室の係長だ。

「かずさちゃん、それくらいにしないと後で酷い目見るからねー。って、もう遅いか」

 あかりは今の現状を見て、かずさに同情した。まあ浮かれていたかずさが悪い訳だが。

「それよりも室長、大変です。テクラちゃんがここから逃げ出しました。魔力酔いが残っているので危険な状態です。」

「は? どういうことだ?」

「堀江が、彼女に面と向かってウィッチになりました。っていうから、テクラちゃん怒って会議室から飛びだしたのー」

「うん。で?」

「追いかけたんですが、見失って現在警察などで捜してもらっています」

「問題あるのか?」

「ありありですよ。彼女、今魔力の操作全く出来ないんですよ。しかも、あの膨大な魔法操作能力。魔力酔いの状態で全速力で逃げましたからね。暴走状態ですよ」

「ああ……」

 〈暴走〉という言葉を聞いて、室長が頭を抱えだした

「ああ、魔力酔い状態で逃走となるとやはりまずいな。身柄確保が最優先か……」


 魔力酔い。主に魔法少女の初心者が起こす現象だ。魔法は正しく使わないと魔力酔いを起こしてしまうので、最初に訓練で制御する方法を身につける。

 魔力酔いになると体調に異変が起こり、薬物中毒に似た症状が出る。情緒不安定、視覚・知覚などの認識力の低下、睡眠障害など、人によって出てくる症状は様々だ。その後、麻疹やめまいなどを経て、重い場合は失神、意識不明になる場合もある。

 おそらくテクラはこの魔力酔いの症状が出ているとみていいだろう。このような状態で街中に放置するのはとても危険だ。魔法の力による暴走で、通行人や建物へ被害を与えることもある。一刻も早く止めないといけない。


「室長、どうします?」

「まずは……JRを止めてくれ。あと、県警にヘリを出動させた方がいいかもな」

「いちおう県警には伝えていますが、ヘリも動員ですか?」

「出来るのならな」

 あかりはそこまでするものかと思ったが、魔法少女と関わって数十年の室長だ。これはしたがっておくべきだろうと思った。

 そこにかずさが笑顔で室長に話しかけてくる。

「ねえ、私は私は? 私。特務で受けるよ」

「かずさか。そうだな。おまえもテクラを探してもらいたい」

「よっしゃー!」

「かずさに特務を発令、ここから半径5キロで同心円状にテクラの捜索」

「わっかりました!」

 これでベンキョウしなくて済むと思ったのか、元気に司令室の部屋に置かれたリュックを背負い、無線機を腰につけた。魔法処女の出動スタイルである。


「それじゃ、ま、閃雷の青かずさ出発します!」

「よーし、エイドバッグ氏名」

「エイドバッグ、青2番よし!」

「無線」

「無線よし!」

「GPS」

「GPSよし!」

「青2番、特務開始11時52分」

「出発します!」

「うん。がんばってねー」

 あかりは、かずさに手を振った後、電話でJRに対して和歌山線を止めるように要請した。


◇ ◇ ◇


 かずさは司令室の隅にある螺旋階段を登っていく。

 3階建ての2階にある司令室は、螺旋階段の部分のみ吹き抜け構造になっており、屋上に出られるようになっている。

「あ、そうだ。かずさ」

「何ですか、室長」

 螺旋階段を登って、もうすぐ屋上の出口まで来ていたかずさを呼び止めた。

「今回の特務は報奨金なしだからな」

「はあああああ??? 何でですか」

「身内の不祥事にもなり得る事態だし、これ、どこからも要請が下りて来ていないからな」

「もしかしてただ働き?」

「まあ……そうとも言うが、それが何か」

「え……」

 室長に睨まれて何も言えなくなったかずさ。ウィッチエイドはボランティアだが、一応報奨金や出動手当みたいなものは出る。それを目当てに頑張る魔法少女も多いが、今回はそういうものが全く出ないらしい。


 出口に来るとウィッチ服に変身し、屋上の鍵を開け、扉を開けると勢いよく空に舞い上がって捜索を開始した。一刻の猶予もないと言いながら、既にテクラが飛びだしてから15分はゆうに経過していた。果たして見つけることが出来るのだろうか。


 なお、かずさの魔法に人捜しの能力はないのだが……

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