S.1 Act.4 もうドイツに帰れない

 テクラが目覚めたこの建物は、和歌山のおとなり、奈良県の「五條庁舎」と呼ばれている合同庁舎だそうだ。国が土地を持ち、県が庁舎を建設し、県と市が道路維持施設や消防施設、納税事務所などを開設している。日本の行政制度がわからないため、このあたりは軽く聞き流しておく。


 で、お誕生日席の課長さんが……

「早速ですが、今日は彼女、テクラさんの事につきまして、事実確認と言いますが、まあ、ご本人の確認とか、そのほか諸々の話し合いを経てですね、んー、こちらとしてはできる限りのサポートをさせていただいてですね、前向きに対応していこうじゃないかと。ま、開花の自覚とか、あと、認証の手続きをですね。出来ればと思っております」

 …………と、要領を得ない発言をする。

 私は漢字こそ不得意だけれど、ひらがなとカタカナは完璧にマスターした。会話もおばあちゃんと一緒にいて特訓を受けた。ドイツにいた頃は近所に日本人もいたので、日本語は完璧だと思っている。


 だからこそわかる。課長さんは何かを隠そうと、言葉を選んで発言している、と。


 ここからはあかりとの一問一答となった。

「で、テクラちゃん。今日のこと、どこまで覚えてる?」

「覚えてる?」

「今日、いろいろあったよねー」

「んー」

 そうだった、さっきのベッドで起きる前の記憶が曖昧だった。何故あそこで寝ていたのかがわからない。


「朝、テクラちゃんの家で私に会うたんは覚えてる?」

「え? あー、はい。そうですね。思い出しました」

「そこで、ネックレスプレゼントしたよね?」

「ああ、はい。これですよね」

 首にかけているネックレスを触る。

「そのあと、お散歩に行かんかった?」

「あー、何か行ったような気がします」

「気がする? 本当に行った?」

「えーと、はい。行きました」


「ふんふん……で、そのあとに……おばあちゃん、助けへんかった?」


 びっくりしてあかりを見た。え、なんで? この人、なんで私の夢を知っているんだろう? さっき寝ていた時だと思うけど、夢の中でそんな感じのやつを見たからだ。


「そのあと、赤い服に変身した」

「……」

「で、その場から離れて空を飛んだ。というか、浮いた?」

「……」

「で、なぜか、川に落ちて溺れかけた」

「……ちょっと……」

「でー、目を覚ますとそこはベッドの上だった。名前はまだない」

「……なんで知ってるんですか……」

「うーん、私も人から聞いただけやから、本当かどうか確かめたかってん」

「あれ、夢やないんですか」

「あー、夢かー。そっかー、夢だと思いたいわなー。でもなー、現実……やねんなー」


 うーん。あー、何となく思い出してきた。

 お散歩していたら、なぜか遠くの交差点でおばあちゃんが、事故に遭うような気がしたんだ。

 そしたら、なぜか急に走りだした。とんでもないスピードで、私の意志とは関係なく。

 はねられそうになったおばあちゃんを間一髪で助けたら、何故か変な格好に変身していて、慌てた私はその場を逃げました。だって、注目されるのは苦手だから。

 その後、よくわかんないうちに私は宙を浮いてました。そこで誰かに話しかけられたような気がするけど、このあたりから先はよく思い出せない。


 これ、夢のような話だけれど現実?? ありえない。


「どこまで思い出した?」

「えー、宙に浮いて誰かに話しかけられるところ?」

「うんうん。そのあたりまでやね。で、思い出した気分はどう?」

「待って、これやっぱり夢やわ。ありえへん」

「うん。紛れもない事実やねん。だから今、その事について話してるんよ」

「空飛ぶとかありえへんし」

「そうよねそうよねー。ありえへんけど、ほら、私が知ってるんやから夢でもないでしょ?」

「うう…………」


 頭が混乱してきた。確かにさっき見ていた夢を誰かに話した訳でもなく、あかりさんが知っているのもおかしい。寝言を聞かれた? いや、私は寝言なんか言う訳ないし、そこまで詳しく知っているのはやっぱり?

 頭がボーッとしている時に、こういう変な事を言わないで欲しい。まだ目覚めた時のふらつく感覚が残っているのに。熱が出そうだ。

 いや、もしかするともう熱が出ているのかも知れない。


 その時、横に座っていた真面目君が切り出してきた。

「今回こちらに来てもらったのは、おばあさんを助けたことの事実認定と、ウィッチの能力開花を認知していただこうと思いましてご足労頂いたのです」

「あ、おいちょっと」

「え? ウィッチ?」

 びっくりしている時に、さらに追い打ちをかけるように事実を知らされる。ウィッチって、何?


「ええ、今回あなたに身体能力の向上・ウィッチ服への変身・飛行能力など、ウィッチの基本能力が備わったと考えています」

「私が……ウィッチに……なった?」

 目の前が真っ暗になりそうだった。私が魔法少女ですって?

 冗談と言って欲しい。ありえない。あんな人間じゃない「モノ」に私がなったって???


 その時、すかさずあかりが堀江を制止する。

「堀江、ちょっと、その話はダメ。まずいの。ほら、あかりちゃーん。おばあちゃん助けたじゃない? あれで和歌山県警から表彰されるよー。和歌山県は交通事故でけが人救助したらクオカード5000円もらえるのよ。やったねー! あ、新聞の取材も来てるんだけれど、どうしよう。13時までに記事に出来たら夕刊の締め切りに間に合うらしいよー。早速入ってもらう?」

「ダメ」

 押し殺したような、低い声を上げて拒否するテクラ。声は震えている。


「えーなんでー、一躍ヒーローだよー。そんなこと言わずにー。ああ、テレビの方は現場の防犯カメラがあればいいんで、もうちょっと後でいいよね。」

「え、テレビも来てるの? やめて恥ずかしい!」

「うーんもったいない」

「それよりも、ウィッチって何ですか……」

「あー、えーっとねー……」

 我慢の限界を超えそうなテクラ、どう取り繕うかと必死なあかり。


「ええ。今回ウィッチと認定されると、魔法少女に関する権利と義務の関係を説明して……」

「いや、だから堀江黙って!」


「何でそんなことしたんですか!!!」


 ついに、気持ちが高ぶってしまって大声を上げてしまった。


「え?」

 テクラの感情をわかっていない堀江、あかりは頭を抱えた。


 何かを隠している課長、私のご機嫌を取る主任、そして、この私がウィッチになったと平然と言い切った堀江という男が、淡々と魔法少女になったという事実を語った。

 何が目的かよくわからなかったが、何かに嵌められたと思った。横にはおばあちゃんがいるのがひっかかるけど、とにかくこの場にいちゃいけない気がした。だって自分が魔女になったって宣告されたんだから!


「ええっと、ちょっとテクラちゃーん。私のお話を聞いてほしいなーって。」

「何で私を魔女にしたんですか! 何が目的ですか! こんな体にしていいと思っているんですか! いい加減にして下さい!」

「あ、落ち着いてテクラちゃーん。ここは日本だからそのあたりは……」

「落ち着いていられますか! 私を、私を返して下さい!」

「聞いてテクラちゃん。大丈夫よー、日本人優しいよー。」

「……」


 勢いよく会議室から飛びだしたテクラ。

「テクラちゃん待って!」

「テクラ!」

「堀江、捕まえて!」

「あ、はい」

 会議室に残された人たちは呆然とした。尋常ではない激変した彼女を見て、皆、なにか予想しない出来事が起こるのではないか心配した。


「遠藤君、これ、ちょっとまずくないか」

「堀江捕まえられるかな?」

「彼女、まだ魔力酔いが残ってるんじゃないか?」

「やっぱりまだ早かったんじゃないかねえ?」

 残っている人が、口々に、今の会議の感想を述べた。


「確かに魔力酔いみたいなところはあったし、魔法少女の開花を急いだのは認めるわ。けどな、あんなに早よ開花するとか完全に想定外やし、あの堀江がバカ正直に魔法少女の話するから!」

 あかりを筆頭に、みんな頭を抱えてしまっている。

「とにかく、テクラちゃんを至急確保しないと、なんかとんでもないことが起こりそうな予感がするのよ。元赤石ウィッチの感が……」


◇ ◇ ◇


 テクラは部屋を飛びだした後、先ほど廊下で見た階段を下りていき、外へ出るためとにかく走った。

 1階の外に通じる自動ドアが開くよりも早くテクラの体がドアにぶつかってしまい、大きな破裂音と共に、見事に自動ドアのガラスが割れた。やはり、ウィッチの能力だろうか、体が軽いし何しろ早い。

 割れたことをテクラは認識したようだが、構わず外に出て走り去ってしまう。走らなければどうにかなりそうな気分だったからだ。

 その後を堀江が追う。しかし、ウィッチの能力を開花させた彼女には到底追いつけず、庁舎を出るところで既にどこにもいなかった。


『私が魔女になった? 冗談じゃない。なんでこの年で犯罪者の仲間入りにならなきゃなんないの。バカなの。魔法使いなんて人から恐れられる存在じゃない。昔なら火あぶりの刑よ。よくもまあそんなウィッチの能力がありますよ。なんて本人に向かってよく言えるわよ』


 ドイツは、今でこそ犯罪者にはならないが、昔はウィッチとなった途端に一部の自由を奪われて、一定の地域で軟禁・隔離を余儀なくされる政策がとられていた。

 今でもウィッチに対する偏見は根強い。そんな体になったんだ。


――もうドイツに帰れない。

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