S.1 Act.3 私、酔ってません!

 気づいたら、テクラは見知らぬ部屋で寝ていた。


 ここはどこだろう。

 部屋を見回してみるが、ベッドがひとつ置かれているだけの殺風景な部屋。それ以外は掛時計があるだけだった。

 寝ているベッドは、病院のベッドでもなく、ドイツにある自宅のベッドでもなく、ふかふかでもなく、寝心地の悪いものでもなく、どこにでもある普通ベッドだ。


 服はパジャマでもなく、ジャージのようなのものを着ていた。誰の物だろう。私はこんなジャージは持っていなかった? あれ?持ってたっけ? 何故か記憶が曖昧だ。

 記憶を辿ろうとするがうまく思い出せない。まるで夢を見ているようだ。現実のような、それでいてファンタジーのような。体験したような、体験していないような。不思議な感覚が襲ってくる。


 寝ていてもしょうがないので、ベッドから立ちあがり、ここはどこなのか確認することにした。

 起き上がるときに、めまいのような感覚があった。不快で、例えると乗り物酔いに似たような少しふらつく感覚があった。

 足下には自分が履いていたらしい靴が置いてある。多分自分のもののようだが憶えがない。履くとぴったりのサイズなのできっと私の靴なんだろう。でも、何故か少し湿っている。


◇ ◇ ◇


 部屋を出るとそこは教室だった。机が10卓くらいあり、ひとりの女性教師とひとりの女生徒が、マンツーマンで授業をしているところだった。どちらも黒髪で東洋系の人物だ。

 女性教師が私に気づいたようで声をかけられる。

「お、気づいたようなや」

 ドイツ語ではない何かで話しかけられた。

 ああ、思い出した。私はおばあちゃんの後を追って日本で生活しているんだった。


「ここはどこ?」

「ちょっと待って。連絡する。……あー、もしもし。気づいたみたい。どうしよう。そっち行ってもらう?」

「寺原先生私が連れて行こか?」

「うん。うん。」

「え、私行くで」

「おい、そうやってバックレるつもりやろ。こっちに来てもらうから。あー、テクラちゃんやったっけ? ちょっと待ってな。担当の者が来るから」

「あ、はい」


 生徒の方は元気はつらつで、「いや、すぐそこやからバックレへんわ」とか色々言ってはいるが、どうも信用がないらしく、教師から相手にされずふてくされている。

 その彼女、テクラと同じくらいの年齢だ。その子が笑顔で手を振った来た。えらく気さくだけれど、私は彼女とどこかで会ったのだろうか。思い出せない。不思議に思っていると、教室に女性が入ってきた。


「テクラちゃんお待たせー。もう大丈夫? 心配したんやでー。まさか開花後あんなお手柄とか私もびっくりやわー。やるとは思ってたけど、まさかあんな完璧にこなせるなんて本当にすごいー。きゃー!!! 好きー!!!」

 そう言いながら私に抱きつく。

 何だこの人と思ったら思い出した。この人、今日私の家に来てた人じゃん。私の首にネックレスをかけた人。えーと、名前は……何だっけ?


「よーし、じゃあ説明するから会議室まで行こー!」

「え、あ、はい」

「え、大丈夫かな? まだ酔ってる感じするけど?」

 教師が心配するような声で話しかけてくる。

「えー、テクラちゃんまだ酔っ払ってる?」

「はい? いや、酔ってませんよ」

「ふふん。ほら、大丈夫だって言うてるから、連れて行くねー」

――私が酔っ払ってるって、ちょっと酷い。日本に来てからはまだ全然飲んでいないのに。でも……

「ああ、ちょっと頭が痛くて熱っぽいかも……」

「うーん、大丈夫?」

「はい、大丈夫かなと」

「そう。まあお話しするだけやし、大丈夫だいじょーぶ!」

「大丈夫かな?」

 先生の方は気にしていたが、彼女は気にしていないようだ。


◇ ◇ ◇


 彼女と腕を組みながら、引っぱられるように一緒に教室を出る。教室を出たら廊下になっており、廊下の片方は事務所のようで、窓から中を見ると皆急がしそうに仕事をしている。大きな会社だろうか。反対側はトイレや階段、倉庫のような部屋がある。

 複数ある事務所の入口のひとつから部屋に入る。入口の横には何か書かれていたが、まだ漢字は知らないものも多いので、どういう意味かはかわからなかった。


◇ ◇ ◇


 入ってすぐのところにある小部屋に入る。中は会議室として使われているようだった。

「おばあちゃん!」

 そこにいたのは彼女の祖母、たまきだった。その他に、若いスーツ姿の真面目そうな男性がいた。お誕生日席には、今日私の家に来ていた40代の男性もいる。


「え、なんでおばあちゃんがおんの?」

「役所に行くって言うてたでしょ。それよりも、結構大変やったんやない?」

「大変?」

「はいはーい。まずはいろんなところから説明しなやけど、まずは自己紹介のコーナー!」

『あ、何か始まるんや』


 会議室の手前に座らされ、隣にたまき、向かいにあかり、若い男性の順。お誕生日席に男性と、5人が揃う。

 そのお誕生日席の男性から、おもむろに名刺を渡された。

「わたくし、奈良県教育委員会生涯学習部教育支援課の課長をさせていただいております鈴木です」

「あ、どうも」

 課長。偉い人のようだ。

 マシンガントークの人も同じく名刺を渡される。

「おなじく、教育支援課ウィッチエイド担当、主任の遠藤あかりです」

 若いのにちょっと偉い人のようである。ウィッチエイドという聞き慣れない単語が出てきたが、どういう仕事だろうか。

「おなじくウィッチエイド担当の堀江と申します」

 うんうん。真面目。それ以上もそれ以下の感想もない。


 一通り自己紹介が済んだところで、ここから信じられない話が始まるのだった。

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