S.1 Act.2 神様、いつもの服にして!
今日のお出かけの予定が潰れてしまい、やることがなくなった。テクラはまだ日本に来て日が浅く、周りに知り合いがほとんどいない。叔母のたまきと、
毎日のそんな生活もそろそろ飽きたので出かけることにした。気晴らしにはやはり散歩である。
この家に引っ越してきてから出歩くこともなく、このあたりの事をよく知らない。何があるのか少し探検してみようと思った。
行ったことがある場所は、車でたまきと一緒に行ったスーパーと、その敷地内にある飲食店くらいだ。それらは自宅から見て西側にあったので、今日は反対側の東側に行ってみる事にした。
家からすぐ近くに国道24号線が走っている。和歌山と奈良を結ぶ幹線道路で、昔は渋滞もすごかったらしい。今は無料の高速道路が出来たため交通量も少なくなったが、今でも生活道路として使われるため、夜間を除いて交通量はまあまあある。
◇ ◇ ◇
国道に出た。車は相変わらず多いので、あまり散歩している気にならない。近くの紀の川の土手か河原を歩けばよかったと後悔した。
もう少し歩くと大きな交差点に出る。ここは建物の関係か、丁字路がふたつ連続しているような交差点になっている。そのため右左折の車が多く、今でもよく渋滞する。
――ん? あれ? なんで私そんなこと知ってるんだろう?
はて、おばあちゃんに教わった? それとも誰かが言ってた? 昔来たことがある? 何だろう? とても不思議だった。
ふと交差点の方を見ると、おばあちゃんが横断歩道を渡ろうとしている。信号は青。おばあちゃんは足腰が弱っているのか、かなりフラフラしながら横断歩道をゆっくり歩いている。すっごく危ない感じ。
しかし、ちょっとおかしい。
交差点はかなり先だ。しかも、道はカーブしていて直接横断歩道は見えない。にもかかわらず、すごくはっきり見えるのだ。
おばあちゃんは上下紺のシャツと茶色のズボンを履いて、4輪の手押し車を押している。麦わら帽もかぶっているとか、そんなことまでわかるのだ。
まるで障害物となっている建物が透明になって、さらに、すぐ目の前にいるかのようにわかる。この感覚は何なんだろう? 研ぎ澄まされた? それとも単にそう思っただけ?
再度おばあちゃんを確認すると、やはり見える。おばあちゃんの横断を待っている右折待ちの車も見えるし、その横を走っている自転車もわかる。音すらも聞こえて来るような感覚だ。
そしてもうひとつ、
――あのおばあちゃんは交通事故に遭う。
何故かそう思ってしまったのだ。
視線をずらすと、交差点の右側から車が猛スピードで走って来ている。今は紀の川に架かる橋を爆走中だ。よく見ると、運転手は居眠りしているようだ。こちらもはっきりわかる。距離とスピードから考えると、あの車が事故を起こすに違いない。
そう思った瞬間、おばあちゃんの元に駆け出した。
何故そんなことをしたのかわからない。無意識に足が勝手に動き出す。まるで、私の意志ではない「別の何か」がそうさせているような感覚だ。
――あれ、私こんなに運動神経良かったっけ?
走り出すとびっくりするほどスピードが出た。ありえないくらい早さで国道を駆けている。
運動音痴で何のスポーツもやってもダメな彼女だが、今は体が軽くて、トップアスリートにでもなったかのような体の動きになっている。
反対車線の車の列を見ると、不思議なことに車が全部バックしている? いや違う、車のスピードよりも彼女の方が速いのだ。向こうもそこそこスピードが出ているはずだが、そんな車の列を追い抜かしている。
――人間って、こんなに速く走れるもんなんや……って、そんな訳ないやん! これ、やっぱりおかしいで!
ひとりでツッコミを入れるほど、頭の回転も速くなっている気がする。
暴走している車の方は、橋の欄干に車を接触させてしまう。そのお陰で運転手がびっくりして起きたようだが、体がこわばってしまったのかアクセルを全開にしてしまった。
車の挙動は激しく、左右に蛇行して今にも横転しそうだ。
◇ ◇ ◇
間もなくおばあちゃんのところに到着する。その時、車よりも速いスピードで走っているテクラは、ふと思った。
――これ、止まれるのか??? いや、無理やろ
考えるのが遅かった。足を地面に激しくこすりつけ止まろうとするが、オーバーランしてしまう。軽くおばあちゃんを追い抜いて、横断歩道を渡りきったところでようやく止まった。
すぐに戻っておばあちゃんのもとに駆け寄るが、その時に車は、あと数メートルのところまで迫っていた。
おばあちゃんを抱え込み、車を見た瞬間、
「あ、無理……」。
目をつぶり、体をこわばらせて耐え忍ぶ。
『ああ、せっかくドイツから日本に来たのに、ほとんどどこにも行かずに終わるのはなんだかもったいないな。
これならもっと出歩けば良かった。
日本に来る時に飛行機でトラブったときも、東京を通ったんだから見物してくれば良かった。
ドイツの友達はどうしてるかな。せっかくパーティーをしてくれたのに、彼だけは来られなかったのが心残りだな。
冬に一旦戻るよって言ったのに、約束守れなくてごめんね。
好きだった日本のアニメもろくに見られなかったな。
せっかくおばあちゃんに日本語教えてもらって読み書きも出来るのに、ほとんど役に立たなかった。
おばあちゃん。おばあちゃん!
私の14年間、結構短かったけど楽しかったよ』
車がぶつかるまでの短い間、いろんな事が走馬灯のように頭に浮かんだ。
バーン!!!!
背中に衝撃が走ったと共に、大きな音が響きわたった。
車はテクラに衝突した後、弾みで交差点反対側のガードレールにぶつかり、また大きな音がして止まった。運転手は大丈夫かわからない。
周りの車は急ブレーキをかけて止まる。
近所にいた人は建物から飛びだして辺りを見回した。
おばあちゃんを抱きしめていたテクラは、どうなったか確認するため目を開けてみた。交差点の先には、車がガードレールにぶつかってフロント部分が大破して止まっている。あれは暴走していた車だろうか? 周りでは、車から人か降りて来て私たちに向かって歩いてきているのがわかる。
「いや、びっくりしたねー。お嬢さん大丈夫?」
「え、あ、はい。」
意外にも、おばあさんは冷静だった。
「それにしてもここら辺で見ない魔法少女さんだねえ。外人さんかい?」
??? おばあちゃんが何を言っているのかさっぱりわからなかった。ああ、そうか。魔法少女が助けに来てくれたのか。だから私は助かったのか。でも、どこにいるんだろう。辺りを見回してもそれらしき人は見当たらない。それ以前に、あれだけの衝撃を受けていたのに、体は何ともなさそうだった。
おばあちゃんを抱きかかえるのをやめて立ちあがろうと思った時に、自身の姿に異変があることに気づいた。
「ええぇぇぇぇ~~~何これ~~~!!!」
◇ ◇ ◇
私の姿は全身赤。赤。赤ずくめ。
真っ赤な革ジャンに赤いラメが入ったピンクの長袖Tシャツ、派手すぎるわ! おまけに真っ赤なグローブまで付けている。いつ付けたのよ私。
下は絶対に着ないような超ミニスカートによくわからない真っ赤な長靴。いや、これは革のブーツかな? ヒールが全くないので長靴にしか見えない。
そしてこちらも絶対着けないタイツを履いている。ただし色は何故か黒。タイツだけは黒。私ここまで黒いタイツなんて持ってないよ!
て言うか、今日の衣装は私のお気に入りのブルーのワンピースだよ。そもそも赤い衣装なんて持ってないんだから。
何これ何これ何これ何これ!?
こんな場所で私、何してんの?
こんな服、これが同人誌即売会でやってるコスプレならまだわかる。でもここは和歌山県の片田舎。交通量の多い国道の交差点。事故。そしておばあちゃんを守った痛いコスプレ少女。って、注目が集まらないわけがないじゃない。
私インドア派だからコスプレなんて絶対にしない。人から注目されることも大嫌い。それが今、この交差点、ぶっちぎり注目度ナンバーワンじゃないか!
あ、車から人が降りて来た……通行人とか、近所の住人が次々に「大丈夫?」と声をかけて来てるよ……何か返さなくちゃ……
「え……いや……あ、はい………………えっと……」
もうワケがわからない。考えがうまくまとまらない。どうしてこうなった!
◇ ◇ ◇
「魔法少女さん、お礼がしたいので名前聞かせてくれるかねえ?」
おばあさんはテクラに声をかける。集まった人のうち、何人かがスマホを出してこちらに向けてくる。写真を撮ろうとしているのだろう。
さらには、遠くからパトカーのサイレンらしきものも聞こえてきた。事を荒立てるとまたニュースに出てしまう。
「あ、無理……」
本日2回目の言葉を口にしながら、テクラは事故現場から全速力で立ち去った。
「ごめんなさい~!」
見物人のすき間をかき分け、逃げるようにして走った。また車よりも速いスピードで走っているのはわかった。どうしてこんなにも早く走れるようになったんだろう。
そう考えながら走っていたのだろうか、足がもつれそうになった。右足を地面で蹴って、左足を着地させようとするも、一向に足が地面に付かないのだ。
「あ、転ぶ」
運動神経のない彼女はよく転ぶ。今回もそういう感覚が彼女を襲ってきた。
自身にとってはよくあることのようで、こういう時はあせらず騒がずに受け身の姿勢を取るようだ。
今回はあまりの早さに足が付いて来なくなったので、この場合は前のめりになるはずだ。なので、とっさに腕で顔を隠すような姿勢を取った。コケないように体勢を立て直す事を考えずに、コケた時のダメージを最低限にする。コケること前提で物事を考える。これがどんくさい人間がやる行動なのだ。
しかし、一向に転ぶ気配がない。おかしい、もうそろそろ腕がアスファルトに当たって激痛が走ってもいいのに。
ふと辺りを見回すと、なんと、地上から数十メートルの高さで宙に浮かんでいてのだ。
眼下には川が流れている。和歌山県下最大の河川、紀の川だ。眼下には大きな橋が架かっており、橋を渡ったところに事故があった交差点がある。今もぶつかった車があらぬ方向で止まっているのが見え、付近は結構渋滞している。
先ほどまで色々なことが起こり彼女も気が動転していたようだが、今は空中でひとりになったお陰か、冷静に現状を分析しだした。
「あれ?これもしかして死んだ?」
そう。そう考えた方がしっくりくる。テクラは交差点で事故に遭って死んだ。そして今はで魂が抜けた状態だと思った。
――死んだ直後、こういう景色を見ることがあるってどこかの本に書いてあった。
そして、ゆりかごに入れられているみたいに体がフワフワしている感覚があった。
「そうか、やっぱり死んだんかー」
テクラは未体験ゾーンに入る。これから死んでどうなるのか、少し考えてみてもわからない。不安しかなかった。
空中に浮きながら交差点を見る。消防車とパトカーが到着して、色々やっているようだ。おばあちゃんは救急車で無事に運ばれたみたい。警察は事故処理をしているのかな。カラーコーンを置いたり急がしそうだ。
ふと自身の姿を見て思った。
赤の革ジャン・ミニスカに革のブーツ、本当に変な「カッコウ」である。もしかしてこれって、天国に行くために着替えさせられたのかな? どうも、テクラはこの衣装は気に食わないらしい。
――天国に行くのならこの服はちょっと。神様、いつもの服にして。こんな服は嫌や。
どうやら車にはねられたことを後悔することより、今の自分の姿にご立腹のようだ。
「ここらじゃ見かけないけど、あなたどこの郡から来たの?」
「うわぁ!!!!」
ぶつぶつ独り言を言っていた時に声をかけられてびっくりした。
こんな空中で話しかけられるなんて思ってもみなかったから。
声のした方を見ると、私の上空にひとりの女性が浮いていた。私と同年代の子だ。多分、この方が天使様だろう。私を迎えに来たんだ。と思った。
体のふわふわ感はさらに増えてゆき、とても心地よい感じだ。もうそろそろ天国に出発するのかな?
「あなたは天……」
天使様ですか?と聞こうとした瞬間、天使は急にテクラから離れて飛んでいってしま……ったわけではなく、テクラが空中から落下し始めたのだった。
「あわわわわわわ!」
手足をバタバタさせてもどうしようもない。どうにもできない。数秒後、紀の川に水柱をあげて落ちてしまった。
いきなり落ちために体勢が取れず、どちらが上かどうかわからない。呼吸しようとして水を吸ってしまい、胸が苦しい。テクラは生まれてから一度も泳いだことがない。幼少の頃、薄氷の張った極寒のレヒ川で溺れたことが脳裏に浮かぶ。
もがいていたら、誰かに引き上げられた。先ほどの天使様が助けてくれたのかな?
「大丈夫?とりあえず岸へ……」
彼女に抱きかかえられたような気がする。
このあたりから意識が朦朧として、自分が誰か、何をしようとしているのかもわからなくなった。
何度も呼びかけてくれたにもかかわらず、意識が途切れてしまった。
「とりあえず……服を……着替え…………たい……です………………」
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