第1話 魔法少女になっちゃった?
Scene.1 Action.1 不思議なネックレス
ジュワジュワジュワジュワジュワジュワジュワジュワジュワジュワジュワジュワジュワジュワジュワジュワジュワジュワジュワジュワワワワワーーーーーー!
「う、…………うるさい…………」
――前から聞いていたよ。おばあちゃんから。日本の夏は暑いって。とにかく、今はクーラーがないと生活できないって。でも、ドイツよりもちょっとだけ暑いくらいだろうって思ってた。けど……
「あー、うるさーい!」
8月上旬の日本は、クマゼミの大合唱で朝の1日が始まった。
和歌山のとある町、築60年以上の日本家屋に住む少女は、ドイツ人少女テクラ。14歳。
あまりの暑さとクマゼミの五月蠅さに少々ご立腹で、起き上がると同時に枕を窓に投げつけた。聞いたことのない喧噪は、朝の惰眠をむさぼろうとした少女を起こすのにちょうどよかった。
――窓を開けて寝てたからあかんかったな。
イライラで完全に目が覚めてしまったようで、ベッドから立ちあがり、パジャマのまま二階の自室から一階の居間に下りる。
◇ ◇ ◇
居間のソファにはたまきが座っていた。テクラの大好きな祖母である。
「おはよう。ずいぶん遅いね」
「おばあちゃん。寝れへん」
「暑かった? クーラーかけへんかったんか?」
「うん。あと、セミ」
「あー、セミなあ。そらしょうがないなー」
「こんなん聞いてない」
「日本の夏はまだまだこれからやで」
「おい、その前に居候。メシ食え。片付かへんから」
「う~」
ダイニングキッチンから朝ごはんを食べるよう催促するかえで。たまきの次女である。がさつでぶっきらぼうで、ちょっとやちょっとでは動じない肝っ玉母さんである。スタイルはいいのにもったいない。
テクラの動きは緩慢だ。セミの大合唱のお陰か、昨日夜遅くまで起きていたせいか……
ソファーに寝そべろうとすると、
『ゴンッ!』
テクラの頭に何かが当たり、ソファーの後ろに落ちた。見るとタマネギが落ちている。
「えー、かえでさん痛いー」
「何ならもっと痛くすんで?」
かえでがソファーの後ろに落ちたタマネギを拾い、テクラの後ろに座ると、いきなり両肩を持って強く握ってきた。
「ギャウウウウウウウウウウ!!!」
「わかった? やったらとっととご飯食べる。いーとぶれっくふぁーすと!」
一気に目が覚めた。かえでさんは怪力の持ち主というのを忘れてた。これ以上は怒らせちゃまずいので、おとなしくごはんを食べよう。そう思った。
ダイニングキッチンに移動する。かえでさんの作った料理は美味しいとは思うけど、正直日本食は合わない。特に朝ごはんは食べられないものが多い。納豆とか海苔とか、その中でも特に梅干しは大の苦手のよう。
今日は、前日の残り物のロールキャベツだったようで、手がすすむようだがため息をついた。
ごはんを食べているとたまきがやって来た。
「テクラちゃん。今日買い物に付き合ってほしいけど、ええかな」
「うん。どこ行くん?」
「スーパーや。この前行ったとこや」
「うん。行く。暇やし」
今日は大好きなたまきと出かける約束が出来た。
テクラが日本に来たのは、たまきと一緒に住むためだった。両親が仕事の都合で中国の重慶に行く事になり、本来なら一緒に引っ越す予定だった。しかし、本人がたまきと住みたいとわがままを言ったので引き取ったのだ。それほどおばあちゃん子である。
子供の頃からたまきと一緒に過ごして、いろんな話を教えてもらった思い出がある。
遊びに行く時は、友達と仲良くなる方法、みんなで出来る遊び方。公園に行ったら、植物や昆虫のこと。その他に、日本のこと、世界のこと、宇宙のこと。あとは、勉強のやり方、生きる意味などなど。
少々哲学的なのは、たまきが大学の先生をしている影響かもしれないが、生きるため、生活のためのライフハックは、彼女の心にグッと刺さったようだ。そのためか、テクラの母親よりもたまきの方に懐いている。
ごはんを食べたあとお風呂場でシャワーを浴びて汗を流す。さっぱりして気持ちがいい。着替え終わってお風呂場から上がると同時にインターホンが鳴る。どうもたまきのお客のようだ。
客間に通されたのはスーツ姿の男性と女性のふたり。男性は40代、女性は20代くらいだろうか。今でもたまきは地元大学の客員教授をしているので、よく客が訪ねてくる。
女の人は美人さんやな。上司と部下の関係かなあ。と思いながら見ていると、その女性と目が合い、
「うふっ」
と、ウインクをされてしまう。
――えー、誰あの人。
少しは気になったが、大人の話に興味はないので縁側で待つことにする。しかし、夏の暑さは容赦がなく、南側に面した縁側はかなり暑い。5分もしないうちに退散する。
◇ ◇ ◇
自室に戻ってスマホをポチポチやったり、テレビを見たりするも、やることがない。
少しすると、たまきが部屋にやって来た。
「テクラちゃん、今日買い物に行けんようになった。ごめん」
「えー、なんで?」
「今から役所へ行かなあかんねん」
「あー、そうなんや」
「また明日行こうな」
「うん」
声をかけられた瞬間何となく分かった。今日はたまきとお出かけするのは無理なんだなあと。
先ほど目が合い、ウインクしてきた20代の女性が声をかけて来る。目を輝かせてながら強引にたまきの後から割って入り、肩をつかまれた。
「あなたがテクラちゃんよね?」
「はい」
「あーん、可愛いー。未来のホープ!って感じや。やさしさにも気品があふれてるわー」
そう言って私に抱きついて来る。
「ええ、ちょっと……」
「ねえ、彼氏はおるん? 学校はどうすんの? やっぱり地元の公立に行くんかなあ? 私は隣の学区の中学卒業やねんけど、この前行ったら校舎が建て替えられとってびっくりしたわあ。今私は五條の方に引っ越したけれど、そっちもええ町やねん」
「は、はあ」
テクラの苦手なフレンドリーでマシンガントークな彼女だった。あまり積極的な性格でないテクラは、ぐいぐい来る人と相性が良くない。少し困惑の表情になる。
「あー、私ばっかり喋ってごめんなさい。わたしあかり。遠藤あかり。よろしくね」
「あ、はい」
彼女は美人で、ボディはかなり魅力的だ。出るところは出て引っ込むところは引っ込み、大人の魅力を感じさせる。セミロングの髪をアップしていてアグレッシブな感じを受ける。未来の私だと思った。ただし、喋りはマシンガントークのイケイケタイプなのが残念だ。
「早速やけど、これな、ちょっと持ってくれへん?」
「はい?」
あかりから手渡された小さな箱は、表面が透明のフィルムになっていたのですぐに中身がわかった。
「これ、ネックレス?」
「そう、はーい。どうぞー!」
いきなり渡されて有無を言わずに受け取ってしまった。
すると、あかりは今までのようなマシンガントークをやめてじっとネックレスを見る。
「うん。光ってる。光ってるわー。これは期待できるなー」
「?」
ネックレスには5つの石が埋め込まれてある。左から、白、青、赤、緑、紫の色で、中でも真ん中の赤い色の石がひときわ大きく、見ていると吸い込まれそうになるくらい素敵だった。そして、その石がどういうわけか中から光っているように見えた。
「ねえ、これ、着けてみーひん? 絶対にええよー」
「え」
「遠藤君、ちょっと早すぎないか?」
「そう、もうちょっと慎重にした方が……」
「課長も師匠も大丈夫やて。お試しで。ちょっとだけ。ちょっとだけー」
「いや、それにはいろいろと手続きもあるし、本人の意思確認もまだだし」
「やーんもー。慎重になるのはテクラちゃんとお話しすると・き・で・しょ? 彼女が嫌や言うたら外せばええだけだしー」
「外せなくなった場合いろいろと厄介だし。私たち公務員は慎重に事を運ばないと、また私が謝らなきゃいけ……」
「そんな、解除の石くらい私も持ってるって。ほら、テクラちゃん。ほら、ほら」
あかりの後ろで聞いていた上司の男性も、たまきも、テクラがネックレスを付けるのを何故か嫌がっているように聞こえた。そして、あかりは持っていたネックレスを箱ごとテクラから奪い取り、中のネックレスを取り出す。
「はい、ちょっと髪あげて」
「うん」
言われるままに首と髪にすき間を空けて、ネックレスを付けやすくした。
「はい。どう?」
「どうって?」
再度ネックレスを凝視するあかり。そして満面の笑みがこぼれた。
「うん、やっぱり光ってる。キャー! もしかすると、あなたは逸材になるかもー、キャッハー!」
と言われて、また抱きつかれた。正直スキンシップは勘弁してほしい。何故そんなことをされたのか意味がわからない。逸材って何のことだろう? と、テクラは不思議がる。
「ほう、どれどれ」
あかりの後から、40代の男性が私のネックレスを触ろうとしてきたので、とっさに後ずさりをしてしまう。
「あ! ちょっと課長、それ、セクハラになりかねないですよ」
「ああ、ごめん」
「ホーント、課長はこういうことに関してはデリカシーないんですから」
「いや、ちょっと興味あったから」
「もう」
「あの、あかりちゃんね、やっぱり一応テクラちゃんに確認してから……」
「あ、師匠。大丈夫です。私か責任を持って立派に育てますから!」
「いやだから遠藤君、本人の希望を聞かないと。」
「はい、その前に私たちでミーティングしましょー!」
終始あかりのペースで事が運んでしまっている。課長と呼ばれる人も大変だな。そう思った。
――それにしても、このネックレスは何だろう?何故光るのかな?
そう思って光っているネックレスの石を見る。外からの光が反射しているわけでもなく、本当に中から光っているように見えた。電池が入っているようなおもちゃではないし、原理がわからない。熱くもないし。
その石を見続けていると吸い込まれそうな感覚になる。不思議な気分だ。
ハッと我に返ると、叔母もあかりさんも不安そうに私を見ている。
「えーと、大丈夫? もしかして、何か気分、悪くなった? 休む?」
「え、うん。大丈夫だけど?」
「じっと石を睨みつけているみたいで、何も反応なかったのよ。おばあちゃんちょっとびっくりしたよ」
「ふふ、石に魅せられるとか、本当に素質ありやわ-。教え甲斐あるわー」
「……はあ……」
「じゃあテクラちゃん、師匠、借りていくからねー」
「……テクラちゃん、ごめんね。おばあちゃん行って来るね。」
「ううん。気にしないで」
たまきに謝られてしまったけれど、これは何に対しての「ごめん」なんだろうか。買い物に行けなくなった「ごめん」ではなく、もっと別の何かがあるように感じられた。
あと、あかりがたまきのことを「師匠」呼びしていたのも気になる。おそらくたまきの恩師に当たるのだろうが、それなら「先生」って呼び方でいいんじゃないか? などとも思った。
それにしてもこのネックレスの赤い石はとても素敵だ。いつまでも見ていられるのだが、魅力的とか、綺麗とかではなく、もっと別の、何と言うか「禍々しいもの」のようにも感じられた。
14歳はおませな年頃である。ネックレスなどの宝飾品にも興味が出始める頃だ。
――せっかく貰ったんだし、今日はこのままつけていようっと。
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