研究室
中に入ると、そこには、花畑が広がっていた。幻なんかではない。
近づいて見てみると、花の一つひとつはとても鮮やかで、どれも良い香りがした。
その花畑の真ん中のスペースに不自然に置かれたデスクに博士は座っていた。
「どうだい、なかなかいいだろう。私のとっておきの場所さ」
博士は、デスクの上に大量に置かれた紙だのノートだのを整理しながら、
「いやぁ全く、人が来ないもんだからさ、片付けなんて久しぶりにするよ」
と、苦笑しつつ、続けて話した。
「ここが私の研究室だ、驚いたかな。天井を見たまえ。…ガラス張りになっているだろう?そこから日光を取り入れているんだ。そのガラスは窓にもなっているからね、本気を出したら開くんだよ。割りそうで開いていないだけでね。」
机上は未だ乱雑なままだが、博士はどうやら気が済んだらしく、私の顔をまじまじと見てくる。これは、うちの研究所だけかもしれないのだが、職業病のせいか、観察力が長けているだけなのか、一点をじっと見つめている研究員が多い。
視線の先は猫がいたり、植物があったり、人の顔だったりと、その人の興味によるが、見られている側からするとかなり居心地が悪い。そっと視線を逸らす。
何か話題はないかと思考を巡らせると、一つの疑問が上がった。
「博士は何の研究をしているんですか?」
花であることに間違いはなさそうだが、そこから先が何もわからない。
またしてもうちの研究所の話になってしまうのだが、うちは、全員が同じ大学の卒業生で、皆、大学の教授としても活躍する所長の教え子なのである。所長が他の企業から仕事を貰ってきて、それを私たちがチームを組んでこなす。たまに、所長の講義のアシスタントなんかもする。それ以外の時間は、研究所の備品などを自由に使って各々の好きなように研究をしていていいのだ。奥さんを亡くし、息子もいたが自立してしまった所長にとって、私たちは子どものようなものらしく、「ちゃんと就職したくなるまでここにいていいからね」と言われている。
私たちはそれに甘えて、勤務時間のほとんどを自主研究の時間に充てている。虫の研究をしている人から、薬学をひたすらに勉強している人、なぜかギターを弾いている人など、皆、言葉通り好き勝手している。真面目そうな顔をして訳の分からない研究をしている人も何人かいるため、それぞれがどんな研究をしているか、お互いに全く知らないのだ。
博士がどんな研究をしているかなんて皆目見当もつかなかった。
博士の方に再度目を向けると、博士はにこりと笑ってこう言った。
「自殺。」
最初は、意味がわからなかった。ジサツ。自殺?なんで博士がそんな趣味の悪い研究をこんな美しい研究室でしているのか。私は相当怪訝な顔をしていたのか、博士は、変な顔、と吹き出した。
「自殺と言ってもね、首吊りだの飛び降りだのじゃないよ、もっと綺麗な死に方さ。」
「綺麗な死に方?自殺なのに?」
「毒だよ。」
毒。毒の研究をしている人は研究所内にも少なからずいるけれど、自殺のために研究している人なんてもちろん誰もいない。
「なんで博士はそんな研究を…?」
博士は、少し目を泳がせて、「秘密だよ。…美女には秘密の一つや二つ必要だろう?」と話を濁した。
毒の花 海原シヅ子 @syakegod_umi
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