第五話

 夜になると雨が降って来た。霧雨だ。花が散って新緑が本格的に見えて来る。ちなみにこの城下町は驚くべきことに水道水が直で飲める。煮沸の必要性が無い。トイレもある。製薬会社を持つ以上清潔は水質が重要なのだそうだ。だからカラに聞くとこの国には浄水場や下水処理場まであるという。だから下水処理水は血まみれにならないとのこと。人間界は衛生状態が悪いから多産多死なのだという事も教えてくれた。本当の死神は人間が作っているということまでも。それが元人間族でありながら吸血族の勇者になるきっかけであった。命を救うのが勇者の使命ならまさに同じ使命ではないか。


 一旦、人間を裏切ってしまうが。霧雨はユーリルの心の涙を具現化したような感じに見えた。霧雨は音がしない。でもユーリルの心の中では泣いている。一緒だ。


 扉を叩く音がする。


 「夕食持って来たよ」


 さっそくユーリルは開ける。


 配膳車を押すカラ。


 お皿に載っているのはステーキやサラダにパンであった。いつもより豪華であった。


 「今日はなにかいい事でもあったの?」


 「うん、だって明日は私たちの出陣式でしょ?」


 「えっ? 聞いてないよ」


 「ごめん、言うの忘れてた」


 「そっか……」


 「勇者……これから私たちの戦いはつらいよ」


 「うん……」


 「ちなみに食事は人間とほぼ変わらないから」


 「そうなんだ」


 「吸血鬼って血ばっかり飲んでるイメージでしょ」


 「そうだよね」


 「ちなみに、このステーキはガーリックソースたっぷりだから」


 「へっ?」


 「人間界には変なデマあるけど『吸血鬼はにんにくに弱い』とか『太陽光に弱い』とか『銀の杭を打つと死ぬ』とかあれ全部……出鱈目でたらめだから。だって私たち平気で昼間歩いてるでしょ」


 「そうなんだ……」


 「それと翼を出した状態だと人間なんて軽くひねりつぶせるからね。だから翼出すときは人間界では本当にいざと言う時だから」


 「ありがとう、気を付けるよ」


 「出陣式には王立製薬工場の営業マンも来るわ」


 「そっか……」


 「人間界では『サングイス製薬株式会社』と呼んでね。本当は株式会社でもなんでもないけど」


 「サングイス? 薬局でよく見かける」


 「吸血鬼族の昔の言葉で『血』という意味よ。人間には『太陽の』という意味ですと答えているけどね」


 くすっと笑う。怖い。


 「『サングイス』とは『私たちが本当に欲しいのは人間の血』って意味の隠語」


 「身もふたもないね」


 「そうしないといつまでも血で血を洗う世になるから。そういう世はまっぴらって意味もあるの」


 「そっか……」


 「まさか一週間でこんなに元気になるなんて」


 「それはあなたも人間の血を飲んだからよ。それに吸血鬼族の回復力は人間とは比べ物にならない」


 ユーリルは意識を失っている間に既に人間の血を飲んでいたことが今更分かった。


 ユーリルが食べ終えた皿を回収しカラが配膳車を押しながら部屋を去っていく。しばらくしてカラの顔から笑みが消え憎悪を露わにし配膳車を一旦止めてオードブルナイフをギシギシ言いながら握り締めていた。


 ――いつか……殺す


 周りに居た者は憐みの表情を浮かべながら誰も声を掛けなかった。

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